ジャン=ドニ・ミシャ Jean-Denis Michat氏は、フランスのサクソフォン奏者。フランス国立リヨン音楽院でセルジュ・ビション氏に師事し、その後1990年より1999年にかけてパリ国立高等音楽院に籍を置き、サクソフォン、作曲、音楽史、アナリーゼを学び、それぞれ一等賞を得た。サクソフォン科卒業後よりドゥラングル教授のアシスタントとして活動し、現在は母校であるリヨン音楽院のサクソフォン科教授職にある。
私自身は実演に触れたことはなく、わずかに手に入れられるのみの自主制作CDを楽しむしかないのだが、それら録音からミシャ氏の演奏の凄さをしっかりと感じ取ることができる。
氏の演奏を一言で表すならば、"精緻"。類まれな才能を持つサクソフォニストというだけではなく、作曲家として、また理論家としてのバックボーンがあるミシャ氏のこと、楽曲の分析能力に関しては、他の奏者と一線を画しているのだろう。高速なフレーズをセンスに任せて快速に吹き飛ばしてしまうという、フランスの伝統的な流儀とは正反対。どんな小さなフレーズ一つとっても、テンポ・ダイナミクス・非和声音の吹き方等々を解析した上で、サクソフォンでじっくりと奏でていく…という印象を受ける。
音色も実に美しく、ドゥラングル教授門下の奏者の中でも特に細身で澄み切ったサウンドは、まるで精巧なガラス細工を目前にするかのようだ。使用楽器はなんとヤナギサワのA9930とのことで、その辺も関係しているのだろうか。
入手可能なミシャ氏のCDは2つ。日本では(K氏に聞いたところによると)確かそれぞれ200枚ほど流通している(いた)はず…。
タイトルは「Mendelssohn-Grieg(JDM001)」。ピアノのシルヴェヌ・ネリー=マリオン女史との共演盤で、メンデルスゾーンの「無言歌集」と、グリーグ「叙情小曲集」を、アルト/ソプラノサクソフォンで吹いてしまったというアルバム。
ヴィブラートも控えめで、派手さはまったく感じられないが、聴けば聴くほどにじわじわと歌心が伝わってきて感動的。私も買った当初は余り聴いていなかったのだが、ある日突然に魅了されてしまうディスク。ふとした瞬間のクレシェンドごときが、いちいち心に響くのだ。
「Bach, Mozart, Schubert(JDM002)」。上記アルバムと同じく、ネリー=マリオン女史のピアノとの共演。こちらのCDには、なんとあのシューベルト「アルペジョーネ・ソナタ」が入曲。録音が2002年4月とのことだから、雲井氏の「Saxophone meets Schubert(Alquimista Records)」よりも早いことになる(アルペジョーネをサックスで吹く、というアイデアそのもの的にはどちらが早かったのだろうか…それとも、もしかしてもっと昔から一般的だったのか?)。
全体のプログラムは、バッハ「無伴奏フルートのためのパルティータBMV1013」、C.P.E.バッハ「ソナタト短調BMV1020」、モーツァルト「弦楽四重奏曲ヘ長調K.421」、シューベルト「アルペジョーネ・ソナタ」。弦楽四重奏の作品をサックス+ピアノでやってしまうというアイデアには、まことに恐れ入るばかり。また、冒頭に置かれた無伴奏作品の、なんと説得力のあることか!これはやはり、アナリーゼの深さによるところが大きいのだろう。
「アルペジョーネ・ソナタ」は、雲井氏や栃尾氏の録音と聴き比べてみると、ずいぶんと違いが感じられて面白い。音色の変化が小さいぶん、全体を通してみるとやはり派手さは控えめかな。だが、突然出現する第3楽章中間部の超速っぷりには、あまりの巧さに唖然とする他なし。
また、公式ページの情報によると「Cantos de Espana(JDM003)」というCDが、現在レコーディングが終了してリリースに向けて準備中とのこと。アルベニス、グラナドス、デ=ファリャ等の筆による作品が収録されているそうで、発売を楽しみに待ちたい(発売されても、入手する手段が無いなんて事にならなければ良いが…)。ミシャ氏の公式サイトでは、さっそく一部試聴も可能だ。
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