Gemini AI Proプランを年間プランで契約している。もはやこれなしでは日常も仕事も回せないほど活用しており、また、Geminiに限らず最近のLLMの進化の速さには驚かされるばかりだ。いわゆる「Transformer」論文に端を発する、最近のLLMは、汎用対話型を経て、自律エージェントの実現にまで至っているのは、周知の通り。
ところで、最近LLMを活用していくなかで、なかなかブログを書く気になれなくなってしまった。
世界中の様々な情報をGoogle検索で探し当て、こんな興味深いものがある、という紹介は、もはやテーマさえ決めればその場で自動的にいくつもの世界中のサイトを巡って調べて、引用元を明らかにしつつ日本語のきれいな文章でしっかりとまとめてくれるため、私がせっせと書く必要が無くなっていることを感じる。論文のまとめだって一瞬だ。テーマを決めて、文章を作らせて、面白そうなものを判断して掲載する‥だけでも良いのかもしれないが、そうなるともはや手を下すところがほぼ無くなってしまう。市場アナリスト、市場リサーチャー、といった職業が、欧米を中心に急速に淘汰されているのと同じだ。
この流れは、今後のソフトウェアの開発の傾向に似ているところもある。人間は、何を作るかを決めること、もし大規模なプロダクトであれば、何を作るかを複数人が深く理解していることが大切である。開発者はプロトタイプをいくつも作る指示を出し、そのプロトタイプのプログラミングの大半はLLMが担う。プロトタイプの中から、何がよいかを判断するのが人間であり、それを決めたらチームにリリースして全員がテストする。このような未来が、思った以上に早くやって来る、といわれているし、すでに最先端の会社はこれを実現して驚異的なスピードでプロダクト開発を進めているそうだ。
こういった世の中で、どのような職業が残っていくか(私は半導体エンジニアだが、この分野もいつ、どれだけ早くAIに置き換わっていくか分からない)、LLMなどのAIをどう使いこなしていくか、また、子どもの学校の宿題を眺めていると、今の子どもたちは何を学んで、何に力を入れていくべきなのか、という答えに対する解が難しくなってきているようにも感じる。身体的な話や、官能的な話は、きっといつまでも残っていくのだろう。この辺を、ときおり、家族や同僚と議論するのが、楽しくもある。この先をいろいろ想像してしまって怖くもあるのだが。
さて、ブログの話に戻ると、人間が汗をかいてやる価値が出てくるのは、インターネット上に転がっていないものを、調べたり紹介していくことなのかなと思う。歴史的な録音や、図書館に保管されているもの、実際の人に話を聴くことなど、そういったところをやっていくことがきっと、価値を残していくのだろう。また、実際の演奏会を聴いたレビューなど、定性的な話などはまだ書けそうでもある(アメリカにいる間は、ほとんどそういったものに触れる機会が無いので、難しそうだが)。


