後半に演奏された作品の曲目解説。
・Syracuse Blues [サックス四重奏+ゲットブラスター]
2008年にイタリアのシチリア島を訪れたJacobTVは、東海岸に位置するシラクサ市の魚市場で、"競り"の声にじっと耳を傾けていた。たまたま所持していた携帯レコーダーで、魚市場中に飛び交う競りの掛け声をいくつか録音したJacobTVは、その音素材を基に「Syracuse Blues」を作曲した。
日本で競りといえば、激しい声が飛び交う場所を想像するが、シチリア島の競りは少し違う。声は大きいのだが、あくまでも美しくメランコリック、大きなグリッサンドを伴ったメロディをオペラ歌手が歌うような声で競りが行われていたのだ。ここで使われている言語は、ギリシャ語とアラビア語の混合言語。おそらく、何百年、何千年も前からずっと同じスタイルで続けられてきたのだろう。
音素材の由来からは想像もつかないが、実はこの曲は海に対するラメント(哀悼の詩)だ。昨今の海洋汚染事故や魚乱獲などの海の生態系を狂わせる人間の行い…これこそが「Syracuse Blues」の主たるテーマである。
・BUKU [アルトサックス+ゲットブラスター]
JacobTV作品のサウンドトラックは、声をミックスしたものが多いが、この作品では珍しいことに生楽器の音がミックスされて使用されている。しかもその音たるや、チャーリー・パーカー、キャノンボール・アダレイ、アート・ペッパーというジャズの巨人たちのサックスの音。演奏者は、このサックス奏者たちと時代を超えて共演する。
ところで"BUKU"とは何だろうか。これについて、JacobTVは、チャーリー・パーカーがジャズ・トランペット奏者のディジー・ガレスピーについて語ったインタビューの次のような節を紹介している。
「はっきりとは覚えていない。だが、俺がただひとつ言えることは、ヤツはまるでBUKUの母国語のように楽器を操るんだ」
インタビュアーが訊き返しても、パーカーは「BUKUはBUKUだよ」としか言わず、この言葉が何を意味するかは謎に包まれたままである。ある者はアフリカの奥地の地名ではないかと言い、ある者はフランス語で"とても"を意味する"beaucoup"の事ではないかと言う。JacobTVはこのエピソードにインスピレーションを受け、録音されたパーカーの音と生楽器を共演させるアイデアを思いついたという。
・The Garden of Love [ソプラノサックス+ゲットブラスター]
1757年生まれのイギリスの詩人、ウィリアム・ブレイクが著した詩集「無垢と経験の歌 The Songs of Innocence and of Experience」所収のうちの一篇「愛の園 The Garden of Love」を基にした作品。2002年にオーボエとゲットブラスターのために書かれ、その後ソプラノサックス版、フルート版などが制作された。曲の冒頭でイギリスの俳優、Ralph Richardsonによって読まれる詩の内容は、次のようなものである。
I went to the Garden of Love,
And saw what I never had seen:
A Chapel was built in the midst,
Where I used to play on the green.
And the gates of this Chapel were shut,
And "Thou shalt not" writ over the door;
So I turn'd to the Garden of Love,
That so many sweet flowers bore,
And I saw it was filled with graves,
And tomb-stones where flowers should be:
And Priests in black gowns were walking their rounds,
And binding with briars my joys and desires.
この詩で描写されているのは、人々を幸せにするはずの宗教が、眼前の繁栄に躍起になったばかりに人から幸せを奪っている様子だ。ウィリアム・ブレイク自身は伝統的なカトリック教会のあり方に疑問を抱いていたとも伝えられており、この詩はその反骨精神の現れとも言うことができるだろう。
この詩を基にしたJacobTVの「The Garden of Love」の中には、ブレイクが感じた悲しみや怒りといった感情は表立って現れない。華やかなエレクトロニクスサウンドと鳥の歌で彩られた総天然色の音絵巻、といった趣である。映像は、Amber Boardmanによるものである。
・The Body of Your Dreams [サックス四重奏+ゲットブラスター]
さあこのテレビをご覧のみなさん!今日ご紹介するのはダイエット界に革命を起こす商品です!テレビの前の奥さん、そう、その皮下脂肪やお腹のたるみ、気になりませんか?でも運動は面倒だし、汗をかくのだって気持ち悪いし、疲れるのだってイヤですよね!さて、どうしましょう…まずは落ち着いて、自分の身体を見つめてみましょう。そして、想像sてみましょう。何も苦労することなく、引き締まった身体を手に入れるのです!あなたが夢見る抜群のスタイルの身体(Body of Your Dreams)を…!
アメリカに滞在していたJacobTVは、テレビの通信販売番組を通じてダイエットベルトの存在を知り、実際に購入して利用した…かどうかは定かではないが、彼の注意を引きつけたのはダイエットベルトそのものよりも、むしろその過剰な宣伝を行う通販番組そのものだったようだ。ハイテンションに何度も繰り返される、通販番組の司会者の文句から、音楽的なポテンシャルを感じ取り、音楽作品としてまとめ上げることを思いついたのだという。
そう、通販番組のコメントは、実に音楽的な要素に満ちあふれている。最初のつかみ、うれし泣き、わざとらしいほどの興奮、繰り返されるオススメ発言。肉声素材のコラージュを得意とするJacobTVにとって、通販番組は恰好のターゲット素材だったと言えるだろう。
本作品のオリジナルバージョンは2002年に書かれ、オランダのピアニスト、Kees Wieringaによるラジオ収録演奏が初演となった。さらに2004年に改訂され、アメリカのピアニスト、Andrew RussoによってCDレコーディングされている。余談だが、元の音素材に引っ掛けて、Andrew Russoがフィットネス用のタンクトップ&ハーフパンツ姿でこの作品を演奏する姿を、YouTube上で観ることができるようだ。
本日演奏される四重奏バージョンは、テネシー大学出身のサクソフォン奏者、Jose Oliver Riojasによってアレンジされたスペシャル・バージョン。もちろん日本国内での演奏は初めてとなる。
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