2011/01/19

JacobTV Showの曲目解説:前半

昨日の記事に引き続き、曲目解説の本編である。

・Pitch Black [サックス四重奏+ゲットブラスター]
 ジャズトランペット奏者、そしてヴォーカリストとしても名を馳せた、チェット・ベイカー(1929 - 1988)の肉声と、サクソフォン四重奏をミックスした作品。オランダのアウレリア・サクソフォン四重奏団のために書かれ、1998年に初演された。
 チェット・ベイカーは、かつてマイルス・デイヴィスを凌ぐほどの人気を誇ったが、1950年代からドラッグ(ヘロイン)に手を出し、しばしば警察に勾留されていた。1966年にはドラッグ絡みのケンカによって唇と前歯を負傷し、演奏活動の一時停止を余儀なくされるほどであった。破滅型の人生とも称されるベイカーだが、その哀愁を帯びた演奏に、現在でもファンが多い。
 1998年、ベイカーはアムステルダム滞在中に、自身の経歴についてインタビューを受けた。ここで彼は、ドラッグが原因で逮捕された際の獄中での生活、そしてマイルス・ディヴィスやディジー・ガレスピーといったジャズ・ミュジシャンとの邂逅について語っている。本作品は、そのインタビュー内容を音素材としてコラージュし、ジャズ風のサクソフォン四重奏と組み合わせたものである。タイトルの"Pitch Black"とは、刑務所の自室で経験した、底知れぬ闇のことを指している。

Yeah I was locked up in ‘62
It was pitch black in there you know
And you couldn’t see anything
comin’ out of the sunlight
My eyes got used to the darkness
I looked around
and then I saw… oh I saw…

そう、クスリをやって逮捕された。1962年のことだ。
刑務所の中は、真っ暗で何も見えない…。
そう、太陽が沈むと何も見えないんだ。
目が少しずつ暗闇に慣れていって、
ふと辺りを見回すと、そう、そこには…

forty trumpet players!
in there!
Yeah no no
All the trumpet players in LA you know
I saw Dizzy & Miles & Oh I guess
Lee Morgan and all those guys you know
40, 40 trumpet players
No no I mean 60!

40人のトランペット奏者がいたんだ!
まったく、とんでもないことだ。
ロサンゼルス中のトランペット奏者が集まっていた
ディジー・ガレスピーやマイルス・デイヴィス、リー・モーガン…有名な奏者ばかりだった。
40人のトランペット奏者、いや、60人だったかもしれない。

 このインタビュー後、ベイカーは滞在中のホテルの窓から転落し、その人生に自ら終止符を打った。


・Postnuclear Winterscenario No.10 [サックス四重奏]
 ゲットブラスターを利用しない純粋な器楽作品。JacobTV自身の解説を下記に引用する。
 
 1991年1月23日、第一次湾岸戦争が開戦した直後のことです。その頃、私は恐怖で口をきけなくなり、作曲もすることができないような状態にありました。核戦争の可能性も取り沙汰される中、マスコミは"核の冬"について連日報道しています。これは、気象学者によると、核兵器の使用に伴う爆発の粉塵や延焼によって巻き上げられた灰が地球を覆い、日光が遮られて生態系が破壊される、というものでした。
 私は、この恐怖を音楽で表すことを決意しました。ピアノに向かうこと数時間「Postnuclear Winterscenario No.1」が完成したのです。この時出来上がった音楽は、私がそれまで書いた中で、おそらく最もシンプルなものでした。ほぼ全ての音楽的要素を削ぎ落とし、核となるメロディはたったひとつ"ミ"の音…これは、曲中ずっと繰り返されます。ハーモニーは"シ、ラ、ソ、ファ#"の音の4つの音のみで構成しました。明確なリズム、口ずさめるようなメロディ、和声進行は、「Postnuclear Winterscenario」の中には存在しません。
 初演者であるKees Wieringaは、世界中でこの曲を演奏してくれました。彼は、イラクのバビロン遺跡の寺院で弾いてくれたこともあります。その後、たくさんの音楽家たちが、各種編成へのアレンジを依頼してきました。これまでに、弦楽四重奏、合唱、パーカッション、エレクトリックギター、オーケストラといった編成のために「Postnuclear Winterscenario」に基づいた作品を書いています。それぞれの作品は、外観上は異なったものですが、その根底にあるテーマはただひとつ…すなわち、戦争に対する恐怖なのです。


・White Flag No.4 [サックス四重奏+ゲットブラスター]
 2007年にエレクトリックギター、ベース、ドラムスのトリオのために書かれた、イラク戦争に対するJacobTVの反戦歌である。この戦争で退役したアメリカ海兵隊員、Robert Serraの衝撃的なスピーチ、そしてKristien Kerstensによる映像が、曲の基礎を形作っている。その内容は、次のようなものである。
 
 「動くものは…男も、女も、犬も、子供も、猫も…何であろうと、撃ち殺せ」と言われた。私たち兵士は、とにかくその命令のとおりに行動したんだ。
 ある町での戦闘の合間のことだ。遠くから、ブルカ(イスラム圏の女性の黒い衣装)を纏い、腕にバッグを持った女性がこちらに向かってくるのが見えた。戦闘用車両に乗っていた兵士は、彼女に向かって「止まれ!さもなくば撃つぞ!」と警告したが、いくら警告しても彼女は近づくことをやめないのだ。
 彼女が150ヤード(137メートル)くらいまで近づいた時、私は確信した。「彼女はこの車両に近づいて、自爆するつもりだ。」すぐさま銃を構えて放った2発の銃弾のうち、一発が彼女に当たった。ほんの僅かの間の出来事だった。続いて仲間の兵士が40ミリ口径のマシンガンを放った。
 何発もの弾丸を受けた彼女は地面へと倒れこみ、バッグの中から…白旗を…そう、爆弾でもなく、銃でもなく、白旗(White Flag)を取り出したのだ。
 私は銃を捨て、ただひたすらに泣くしかなかった。


・Grab It! [テナーサックス+ゲットブラスター]
 テナーサクソフォンとゲットブラスターのために書かれた「Grab It!」は、1999年の所産。オランダを中心に多方面に活動を展開しているサクソフォン奏者、アルノ・ボーンカンプに捧げられている。作品にリンクする映像は、Michael Zegers氏の手によるもの。
 スピーカーから聴こえてくるのは、1978年にアメリカで製作されたドキュメンタリー映画「Scared Straight!」の中で発せられる受刑者たちの声。彼らが憎しみや絶望を込めて発する言葉の力強さに心を打たれたJacobTVは、サクソフォン・ファミリーの中でもひときわ強い個性を持つテナーサクソフォンと、その「声」を掛け合わせることを思いついたという。
 初めは断片的だった彼らの叫びは、曲が進むにつれて徐々にその姿をはっきりと現す。「あいつは鉄パイプの片側に縄を引っ掛け、首を吊ったんだ。緑色のビニールシートに包まれた亡骸は、つま先に番号札を付けられて、外の世界に運び出されていった…でも、死んじまったら何もかもおしまいなんだよ!」…刑務所という絶望的な状況の中では、自殺という行為すら日常的な出来事なのだ。この曲のテーマは、死が身近にある状況の中で、生きることの価値を認識すること。メメント・モリ(生の中で死を想え)ならぬ、メメント・ヴィヴェレ(死の中で生を想え)のメッセージが、隅々に散りばめられているのだ。

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