中沢けい著「楽隊のうさぎ(新潮文庫)」。普段あまり本を読まないのだが、いざ読み始めるとペースがものすごく早い(と手前味噌ながら思う)。読み終わるまでおおよそ3~4時間程度だったか。小説って、長距離移動の際にはもってこいです。
内容は、吹奏楽。花の木中学吹奏楽部という架空のバンドを舞台に、"克久"という名前の男の子の内面と外面、そして彼を取り巻く環境を描き出す、といった風。花の木中学の吹奏楽部は、全国大会の常連校とも言える強豪なのだが、「吹奏楽」「全国大会」という言葉から連想される"熱い青春"といったトゲトゲしい描写は、あまりない。彼が入部するところから、2年生のコンクールを終えるまでが、丹念に描写されている。
淡々と描写は進み、ところどころに仕掛けられた事件も、解決は比較的早い。誰かが交通事故にあって亡くなったり(LxIx○xE)、コンクールの申し込みをし忘れたり(○○ィング○ールズ)、マングースの着ぐるみをかぶって演奏会をしたり(の○め)、音楽を聴くことでセクシーになったり(○○○○バンバン)、そういった派手なエフェクトは、意図的に避けられているような気がする。こういった内容であると、ある種の期待を持って本を購入した読者は肩透かしをくらったりもするかもしれない。
この比較的フラットな日常は、我々のような中学で吹奏楽を経験してきた者に対して、とんでもないリアルさを描き出す。主人公の克久は打楽器奏者なのだが、「メトロノームを前にして、同期の女の子と並んで、ひたすらに机をスティックで叩いている」なんていう描写は、経験していない吹奏楽経験者のほうが珍しいだろう。私自身の中学~高校時代は吹奏楽部は弱小だった、そして、この本の中の吹奏楽部は強豪である…そんな違いを気にする暇もなく、むしろ共通点のほうが多く、ただただ、どこまでも現実感のある描写に関心しきりだった。
主人公の内面の一部を、"うさぎ"というキャラクターでもって表現していることが、面白かった。ここでのうさぎは、思春期独特の、自分ではどうにも捕獲できない心の一部と捉えれば良いのだろうか(違うかもしれない)。そうか、あれはうさぎだったのか…などと自分の過去を思い返してみると、そんな表現がぴったりとも当てはまるかもしれない。
ドラマティックな描写を求めるならば、野庭高校のドキュメンタリーでも読めばよい。決して明るい物語ではないけれど、あれはあれで読んでいて面白いです。「事実は小説より奇なり」は、この場合、使い方を間違っているが、なんとなく適用できる気がしなくもない。
あ、音の描写がなかなか面白いです。音楽に関係したメディアであるくせに音が出ないところが、小説の弱点ではあるのだが、「ほお、そう来ますか」という見事な表現である。だから、克久が2年生のときのコンクールの自由曲として標題音楽を選択したのは、無意識にということではないのだと思う。1年目の自由曲よりも、2年目の自由曲のほうが、ずっと演奏時の描写が多いのだ(何の曲であるかは、実際に読んでみて下さい)。
中沢けいさんは、もう一冊、吹奏楽に関する続編小説として「うさぎとトランペット」なる本を書いているようだ。興味が出たので、買ってみようかと思っている。あ、あと吹奏楽関連と言ったら、いしいしんじ著「麦ふみクーツェ」かな。こちらも、いつか買って読んでみよう。
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