今日は、お世話になっている木下直人さんのお宅を訪問した。朝早くに実家を出発し、飯田線に揺られて目指すは飯田市。中央・南アルプスの景色を楽しみつつ、およそ2時間ほどの行程であった。東京の電車と比べて1/2くらいの速度で進むため、ゆったりで良いですなあ。カーブだらけ、橋だらけなのだが、そもそもこんな断層地帯の中腹に電車を通したことがすごい。
駅までは木下さんが迎えに来てくださった。ご挨拶ののち早速お宅へと向かい、オーディオルームにお邪魔すると目に飛び込んでくるのは巨大なスピーカー、アンプやターンテーブルを始めとする再生装置、おびただしい数のレコード!まずは、再生装置でいくつか写真に収めてきたものを紹介しましょう。
タンノイのスピーカー:オートグラフ。発売当時、家庭用では最高といわれた代物。1953年のモニターシルバー組み込み型を復刻したものであり、1950年代後期~1960年代のレッドとは違うものなのだそうだ。モニターシルバー独特のホコリ防止のカバーがかけられているのが見える。これが2本。定位置で聴くサウンドは、恐ろしいほどの空間的拡がりと密度を聴かせる。レッドにはレッドに合う木の材質が、シルバーにはシルバーに合う木の材質があり、その組み合わせを取り揃えるのに苦労されたそうだ。
右下に見えるユニット、ステレオでは世界を見渡しても最高の再生環境。当時の状態を目指すべく完璧にオーバーホールされたトーレンスのターンテーブルと、オルトフォンのカートリッジ。左上はマランツのFMチューナー10B(吹奏楽三昧でギャルドが放送されたときに、木下さんが録音を行ったのはこのチューナー)。その下はイコライザや電源部にも、こだわりがあるというマランツのアンプ"Model 1"。そしてCD-R録音装置が2台。周りを取り囲むLPやCDの数々。左側には"Model 7"の姿もあった。右上に切り取って載せたのは真空管。Telefunken EL34だが、左側が1950年代からあるベース端子がメタルのもの。右側が、後期のもの。ベースがメタルのものは、なかなかに手に入りづらいものであるようだ。
ピーエル・クレマン Pierre Clementのカートリッジ(SP用とLPモノラル用)。一部のフランス国立放送局ご用達のカートリッジで、フランスのギャルド関連やサクソフォン関連のLPやSPは、これらのカートリッジを使用しての復刻を行うべく準備を進めている段階だそうだ。木下さんがおっしゃることには、例えばヨーロッパでプレスされた盤とアメリカでプレスされた盤を比較したときに、当該地の機器で再生することにこそ意義があるということだ。なるほど…。フランス固有の音…もっと言えば、フランスの音楽性を再現するために、そういった再生環境が必要なのだということだ。
再生機器だけでも驚きっぱなしなのに、それに加えてレコードのコレクションである。とにかく、次から次へと紹介していただき、写真を撮る暇もないくらい&息つく暇もないくらいだ。例えばソシエテのラヴェル全集一つとってもイギリスの初版盤、ルボンの唯一と言われるフルートソロや室内楽、サクソフォン関連やギャルド関連のLondonやERATO発の超貴重なオリジナル盤、ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団のフランス国内盤・日本国内盤、パリ警視庁吹奏楽団のオリジナル盤、ロームがソプラノを吹くギャルド・レピュブリケーヌサクソフォン四重奏団のLP、フランスの放送用録音をLPで限定的に発売したもの…まだまだほかにもたくさん!管楽器のコレクションとして、これ以上ないというほどのものばかり。値段など、とうていつけられる代物ではない。
そんな中、オーディオルームの環境でかけていただいたのは、クリュイタンスが振り、ソシエテが吹くラヴェル「スペイン狂詩曲」。もちろん、イギリスのオリジナル盤ボックスセットのうちの一枚。当時の最高の状態の機器から再生される、えもいわれぬ音に酔いしれた幸福な時間。
そして、なんと3時間以上にわたって、時間も忘れていろいろにお話させていただいた。本当に、音楽に対して情熱・知識・経験のある方だ。私も今まで身につけてきたすべての知識と経験(といっても高が知れているが)の引き出しを開けて応じた。木下さんから発せられる言葉の一つ一つが、音楽を歴史の流れの一現象として捉える眼差しを感じる。例えば、この言葉は印象的だったなあ。「ブランとブートリーとブーランジェの何が違うか…なぜ、行進曲を振ったときにあんなに違うのか…戦争を経験しているか経験していないかの差だよ」と。
そうか、と妙に納得してしまった。コンサートマーチ云々ではなく、もっと根本的な差だったのか。環境こそが、指揮者を育て、演奏者を育て、機器を育て、音楽を育てるのだ。しかし、その中には確かに同時代の"糸"というものも存在することに間違いはないと。ブランとルボン、そしてリシャールが出会った奇跡、マランツ・トーレンス・オルトフォン・タンノイが同時期に存在していたという奇跡…。木下さんが行っている復刻は、単なる復刻ではない。その当時のATMOSPHERE(変な言い方だが、偶然と必然の産物とも言えるか?)を、現代に音という形で再提示しているのだということなのではないだろうか。
時間はあっという間に過ぎて、お昼前には失礼するつもりが、奥様も同行でお昼ごはんまでごちそうになってしまった。「かつ禅」という駅前のお店で食べたヒレカツ定食と角煮が、これまた美味。キャベツだけでご飯一杯食べられました(笑)。別れ際に再訪問を約束し、飯田線で一路北へ。午後から降り出した雨は、時間が経つにつれてますますその勢いを増していくのでした。
最後に、なんとお土産にと譲っていただいた、ロンデックスの室内楽曲集EMIフランス盤(パテ・マルコニ)、デファイエとデルモットが組みアンドレ・ジラールがORTFを振ったリヴィエのダブル・コンチェルト(RTF-Barclay)、マルセル・ミュールのSP4枚組(Selmer)の写真。そして、飯田名物の一二三まんじゅう…こちらも美味しくいただきました。
いやあ、凄かった。とても貴重な時間を、ありがとうございました。
2 件のコメント:
ピエール・クレマンの音の傾向というのは、仏発のインタネットラジオwww.classicandjazz.netと同じような、中低域の軽快さと高域の滑らかさを保って高低間のレスポンスバランスをよく
して、音の本体を把えるというよりも
音の快を極めるというようなものでしょうか? Ebayで落とす際の参考にさせていただきたいと思っています。
> elegantia様
コメントありがとうございます。
私は音に関してはドシロウトでして、「素晴らしい音」ということは良く判るのですが、それを比較したりといったことは、数を聴いていないため、ちょっと判りません。ということで、申し訳ありませんが、コメントは控えさせて下さい(汗)
木下直人さんが目指しているのは、本文中にも書きましたが、いわば「芸術の復刻」です。そういった観点からすると、やはり当時の仏盤についてはPierre Clement以外考えられないのではないでしょうか。
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