2015/08/06

楽隊用吹奏楽器教本より「第三章 サキソホーヌ」

 サキソホーヌ種は黄銅製なれども其性能に依る時は木製楽器の部類とす。
 此の種族は四種にしてソツプラノー、アルト、テノール及びバリトンの四種とす 而して之れ四種の楽器は吹奏団中に於て総て須要の位置を占むものなり。
 本器の構造は四種共各形状を異にして大小あれども指法は同一にして各種共六個の孔と十三の鍵とを有せり、ソプラノーの音色はクラリネットに近きも之れに比して酸音なり 然れどもクラリネットの代用たり得べし 而して音調の困難なる本器を以て真の美音を出す吹奏者は甚だ稀なり 難も時に独奏に用ひて好結果を博することあり 合奏中多くは吹き流し及びクラリネットの奏する所を重複するに過ぎず アルトは本種属中最美き音色を有する楽器にして女声に近く優美にして総て愉快なり 音階の鋭部は悲哀の意味ありて多く独奏中に之れを採用す 中部は稍大にして鈍部は威大なり 而して難所を奏するに容易く客に好く音力を増減するの能力あり 且つ流奏、「スタカト」等も見事に奏し得るも鈍より鋭に若くは之れに反するものを迅速に奏することは稍困難なり、テノールはセロに相類したる音色を有し鈍部は雄大にして中部は円滑温柔にして鋭部は稍鼻音なり、中鈍ノ二部はトロムボーヌ及びバリトンの代用たるを得て好果を奏することあり其他の鮎(?)は略アルトに同じバリトンはダブルバスの音色に相類し鋭、中、鈍共深厳なり 鋭部は微力悲哀なり 本器は独奏に美妙の成績あり 然れども困難の地位を吹奏すること容易ならず特に切れたる音譜に於て然とす 其他前項に同じ。

(一部、旧字体を新字体に直したが、送り仮名が違う箇所が多々あり、書きづらい…)

大正3年(1914年)発行の書籍、小畠賢八郎の「楽隊用吹奏楽器教本(十字屋楽器部)」から、「第三章 サキソホーヌ」を文字起こししてみた。全文(画像)は以下のサイトから参照可能だ。
http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/923582

内容は、非常に興味深い。なぜなら、現代においても通じる箇所がとても多いからだ。それだけ楽器や奏者の基本的性質が変わっていない、ということにもなるのだろうか。「而して音調の困難なる本器を以て真の美音を出す吹奏者は甚だ稀なり 難も時に独奏に用ひて好結果を博することあり」など、まったくその通りである。書き起こした箇所ではなく、音階部の説明書きには「…此の種族特有の美音を発するものは稀れにして反て酸音に陥る者多し 故に初学に富り音階を十分練習したる後に在らざれば楽曲に移るべからず」…ドキッ。ごめんなさい(誰に謝っているんだ)。

また、もう一点、音楽用語の違いが面白いと感じた。例えば"高音部"のことを"鋭部"と言っていたとは知らなかったし、汚い音のことを"酸音"と言っていたとは知らなかった。ストラップは、"釣革"だそうな。西洋音楽黎明期の日本の音楽教育界における、苦労の跡がかいま見える。

十字屋ってあの十字屋?とか、著者が参考にした本(きっと西洋の本から引き出した情報が多いのだろう)はなにか?とか、なぜサクソホーヌの章の演奏姿がバスクラなのか?とか、いろいろ疑問点は多いが、それにしても楽しい資料だ。サクソホーヌの章に限っては、画像ファイルは下記からも参照できる。

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