イィンドジフ・フェルド Jindřich Feldは、チェコの作曲家。プラハ音楽院で作曲を学び、母国に根ざした作曲活動を精力的に行った。1925年生まれで、2007年の7月死去、つまり昨年亡くなっていたということか。どこかでそんな情報を見た気もするが、すっかり忘れてしまっていた。
サクソフォンの世界とフェルドのつながりは、かなりに強いもので、特にユージン・ルソー Eugene Rousseau氏とのコラボレーションは有名である。1975年、ルソー氏の妻であるノルマ・ルソー Norma Rousseauが、チェコ語の研究生としてプラハの大学に入学した。ノルマは、当時よりサクソフォンのレパートリー開拓に余念の無かったルソーから、「面白い音楽…特に管楽器に関するものを見つけたら、録音を送ってくれないか」との依頼を受けていたのだという。その中で、チェコの作曲家の作品集をいくつか送ることになるのだが、そこに含まれていたのがフェルドの室内楽作品集だったのだ。ルソー氏はフェルドの音楽に大変興味を持ち、作品を委嘱したのである。
それまで、フェルドはサクソフォンのための作品を手がけたことがなかったそうだ。そんなわけで、あまり乗り気でなかったようなのだが(笑)、ルソー氏が自分の録音…もちろん、あのグラモフォンの協奏曲集も…をフェルドに送ったところ、インスピレーションを受け、最終的に委嘱を引き受けることになったのだということだ。
フェルドの作品で最も有名なのは、アルト・サクソフォンとピアノのための「ソナタ」ではないだろうか。ルソーに献呈され、ピアニストの服部真理子さんとともに、1991年日本において世界初演。それをきっかけとしたのだろう、デュオ服部の服部吉之先生が各所で取り上げ始めてからというもの、日本でのフェルド認知度が上がっている。服部先生は、Momonga Recordsから出ているCDにも「ソナタ」を吹き込んでいるし。
しかし実は、フェルドのサクソフォンのための処女作は「サクソフォン協奏曲」なのである。前述の委嘱により1980年に完成し、1982年、ニュルンベルグにおける第7回世界サクソフォン・コングレスにおいて初演されたもの。ルソーとの最初のコラボレーションが、この作品のなって結実したのだ。
1981年には、ソプラノサクソフォンとピアノのための「エレジー」を作曲。これはルソーの依頼ではなく、メイヤー・クップファーマン(どこかで名前を聞いたことがあると思ったら、コレジオQの録音で聴ける「ジャズ・エッセイ」の作曲家じゃないか!)の委嘱により作曲された。さらにフェルドは、四重奏のための作品も手がけている。「サクソフォン四重奏曲」がそれで、1982年に完成してデファイエ四重奏団に献呈されている。これら献呈がどういうった経緯で行われたのかは、大変興味あるところだ。
CDをご紹介しよう。まずおすすめは、ルソー氏によるフェルドのサクソフォン作品集「Eugene Rousseau performs music of Jindřich Feld(RIAX RICA-1004)」。代表曲アルトサクソフォンとピアノのための「ソナタ」のほか、オーボエ作品からの改作となるソプラノサクソフォンとピアノのための「ソナタ」、ソプラノサクソフォンとピアノのための「エレジー」、そして大曲「サクソフォン協奏曲」が収められている。RIAXのオンラインストアから購入可能なほか、たしかタワレコでも扱っている。
録音にややクセがあるものの、ルソーの演奏は見事としか言いようがない。特に「サクソフォン協奏曲」の演奏の充実さは特筆に価するもので、ヤナーチェク・フィルの熱演と相まって、資料的価値を超えた名演奏となっていると思う。金管がちょっとアレだが…。ルソーはソプラノ、アルト、テナーを持ち替えているが、最終楽章、フラジオ音域を大量に含むヴィルトゥオーゾ的なフレーズを、高いテンションで切り抜けている様子は、圧巻。
ところで、「ソナタ」に関しては個人的にこちらを強烈にオススメする。服部吉之先生と服部真理子さんのデュオ・アルバム「Embraceable You(Momonga Records MRCP-1004)」。技術的な完成度と、この曲の背景を感じさせる悲劇的バックグラウンドの同居、そしてサクソフォンのCDの中でも屈指の録音の良さが華を添える。そのほかのパスカルやガロワ=モンブランなどの収録曲目も、サクソフォン奏者としての模範たりえる演奏であり、フェルド作品以外の点でも素晴らしい。モモンガレコードから直接購入可能。
「サクソフォン四重奏曲」は、残念ながら現在入手可能な録音がない。かつてルデュー四重奏団のCalliope盤が存在したが、現在は廃盤となっている。デファイエ四重奏団がグラズノフ、シュミットとともにCrestレーベルに吹き込んだというウワサもある(このデファイエ四重奏団のCrest盤に関しては、世界中のコレクターから、果たして本当に発売されたのかどうか、という疑問が投げかけられているという)。大変パワーのある作品なので、ぜひ日本の四重奏団にも積極的に、できれば録音媒体となるような形で取り上げられてほしいところだ。
ここまでいろいろ聴いてみて面白いのは、ある特定のフレーズが、様々な作品に渡って引用されていること。例えばこの音形、鏡像形も含めて、「サクソフォン四重奏曲」第5楽章、「ソプラノサクソフォン・ソナタ」第3楽章、「サクソフォン協奏曲」第3楽章の、3つの作品に出現するのだ。作曲時期が近いこととも関係あるのだろうが、どの曲を聴いても有機的な発見があり、楽しい。
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