というわけで、じっくりレポートを。今回のリサイタルを聴くことができて本当に良かった!
【松下洋サクソフォーン・リサイタル Vol.3~天恍のロマンス~】
出演:松下洋、福田亨、丸場慶人、上野耕平(以上sax)、黒岩航紀(pf)
日時:2014年4月6日 19:00開演
会場:横浜みなとみらいホール・小ホール
料金:一般2000円、学生1500円
プログラム:
第一部「デュッセルドルフの思い出」
ヨーゼフ・ヨアヒム - ロマンス
クララ・シューマン - 3つのロマンス
ロベルト・シューマン - 幻想小曲集
ロベルト・シューマン - ピアノ五重奏曲変ホ長調より第1楽章
ロベルト・シューマン - 天使の主題による変奏曲
第二部「天恍のロマンス」
ヨハネス・ブラームス - 4つの厳粛な歌
クララ・シューマン - バラード
ロベルト・シューマン - クララのための4つの歌
ロベルト・シューマン - ミルテの花
そもそもなぜこのようなリサイタルをやろうかと思ったか、について、打ち上げで松下君に伺うことができた。若干うろ覚えな部分もあるが、書いておきたい:「愛」をテーマにしたリサイタルをやろうと、作品を探していた時にブラームスの「4つの厳粛な歌」に出会い、その成立背景を調べていったところ、ロベルト・シューマン、クララ・シューマン、ヨハネス・ブラームス、ヨーゼフ・ヨアヒムというロマン派の偉大なる音楽家たちの人生に触れ、のめり込んだそうだ。リサイタルの構築にあたっては、非常に多くの文献を当たり、それらを読んでいた時間がとても長くなってしまったとのこと。
その深い理解・周到な準備は、20ページを超えるプログラム冊子に現れていた。「永久保存版」とも言えるような、これを最初から最後まで読めば観客はすっとかれらの世界に入って行くことができるような代物。彼らの人生のエピソードを絡めた見事な曲目解説、そして書簡の抜粋を含む作曲家たちのプロフィール文。短時間では読みきれないほどの内容、そして情報量。最後には松下君自身による、作品についての考察も。リサイタルの空いた時間に眺め、帰ってきた後はじっくりと楽しんでいる。
ブラームスをシューマン夫妻に紹介した、当代随一のヴァイオリン奏者、ヨーゼフ・ヨアヒムの、ヴァイオリンのための小品から1曲。まずはさり気なく…と思いきや、やはりヴァイオリン作品をサクソフォンで演奏するにあたっての広い音域や高速フレーズなどが立ちはだかる。しかしそこは松下君、さすがの演奏で見事に曲としてまとめていた。もちろん、ごく稀にサクソフォンの弱点である低音域の弱音の難しさや、ド→レあたりの音色の不均一性といったところも聴こえてきたが、そういった議論が無駄に思えるほどの説得力のある演奏に感心した。そして、またまた室内楽作品以外はすべて暗譜という徹底ぶり。恐れ入るばかりだ…。
以降は、シューマン夫妻とブラームスの作品。クララの「3つのロマンス」は、ヨアヒムに捧げられたヴァイオリンのための作品なのだそうだ。初めて聴いたが、ロマン派の代表的な作品として取り上げられてもおかしくないような、驚くほど完成度の高い作品。ピアノパートの面白さは特筆モノで、これはクララ・シューマン自身が優れたピアニストだったから、というのもあるようだ。松下君と、ピアノの黒岩さんの室内楽としてのアンサンブルの妙を楽しむことができた。黒岩さんも、さすがの名手…!
そしてロベルトの作品、クラリネットとピアノのための「幻想小曲集」。類まれな文才を持っていたロベルトだが、音楽評論誌「音楽新報」では、性格の異なる「オイゼビウス(保守的・夢想家)」と「フロレスタン(前衛的・情熱家)」という架空の人物を創りあげ、ロベルト共に3名の人物が音楽論を展開していたという。その3人が、この曲のそれぞれの楽章に登場する、と考えると、このある意味不思議な器楽曲…たゆたうような第1楽章のメロディや、甘い第2楽章、そして激烈でひたすらに疾走する第3楽章、それぞれが途端に意味を持って立ち上がってくる。なるほど、そのような理解のもとに演奏されるなら、まさにピッタリとはまるような演奏だった!この曲は、メロディの美しさをただなぞるだけではダメなのだったのだ!と、松下君の解説を読み、演奏を聴いて感じたのだった。
ここでMCが入り、舞台が転換して「ピアノ五重奏曲」へ。まるで「幻想小曲集」と同じ曲とは思えない、ハイドンあたりの交響曲でも聴いているような印象を受け、しかし時折には夢想的な響きすらも聴こえてきて、だからこそ傑作とされるのだなと感じ入ったのだった。演奏者はもちろんそれぞれが素晴らしく、抑制された美しさを感じる。この調子で全楽章も聴いてみたいくらい!続いて第一部最後は、ロベルトの遺作である「天使の主題による変奏曲」を、松下君と旭井翔一さんによるサクソフォン四重奏のためのアレンジで、サクソフォンのオリジナルには決してない、独特の温度感が新鮮だった。
休憩を挟んで、まずはブラームスの「4つの厳粛な歌」。ブラームスが、クララのためにかいたこの作品は、一曲一曲が激烈な内容の歌詞(聖書から取られている)であり、死や愛について切々と歌われている。松下君はテナーサクソフォンにて演奏。ピアノのほのかに薄暗い音色と、テナーサクソフォンの雄弁な響きが相乗効果を生み出し、クララの死に接したブラームスが描いていた世界観を作り上げていた。
クララの「バラード」は、ピアノ・ソロ。いやー、やはり黒岩さんも凄いピアニストだ!さり気なく弾いているように見えて、実はものすごく絶妙なコントロールと高い技術に裏付けられた内容という…。今回のリサイタルで、あんなに美しい音色が聴けるとは思わなかった。まだ藝大の大学院一年生とのことで、今後ますます広く活躍してほしいものだ。他の作品の演奏における、素晴らしさを連想させる。
最後は、クララのための歌を4曲。シンプルなメロディ、もはやサクソフォンであることを忘れさせるような演奏であり、最後の作品に向けて、他の何もかもが蒸発してゆき「歌」だけが残って幕となった。サクソフォンでこういった演奏もめったに聴けないのではないか。
アンコールは、ブラームスの歌曲から「日曜日」。明るいメロディを聴いていると、それぞれの作曲家の激動の人生に次々に訪れる歓喜と悲哀を感じ、ほろりとさせられるのだった。
終演後は、本体打ち上げと同一会場の別席にて、横井君、やまぴーくん、浅井ゆかりさんと。様々な話題に花が咲いた。別席で飲んでいたのは、軽く呑んで切り上げるつもりだったから、なのだが…ついつい盛り上がって、結局ほぼ終電まで居座ってしまったのだった(苦笑)。もちろん、途中には、本体打ち上げにも乱入と相成った。
それにしても、シューマンいいなあ!このブログ記事は「リーダークライス」「詩人の恋」「ピアノ五重奏曲」を聴きながら書いた。調べてみると、バッハ研究の成果から生まれたような作品も数多く(中には「ヴァイオリンのためのパルティータ」に伴奏を付けた編曲作品なんてものも!)、バッハ好きとしてはもっと彼らの作品を広く知りたいと思うのであった。ここまで深く彼らを理解し、聴衆に向けて見事なプレゼンテーションを行った松下君に、改めて拍手を贈りたい。
会場に飾ってあった、フェルト人形。ちくちくノスタルジアさん制作の、左からクララ・シューマン、ロベルト・シューマン、ヨハネス・ブラームス、ヨーゼフ・ヨアヒム。なんと可愛らしい!ちくちくノスタルジアさんのブログを少し読んでみたのだが、シューマン夫妻&ブラームス周辺について広く書かれており(もともとシューマン夫妻やブラームスに興味があったということだ)、この見事な造形にも納得。ちなみに、過去の作品も見ることができるが、こちらも可愛い。
件のプログラム冊子(TSQのちさ氏がデザイン)、そして来場者にプレゼントされたポストカード。これまた嬉しい!ポストカードは計8種あるとのこと。
2 件のコメント:
あ、僕が編曲したのは最後の変奏だけなので、殆どようさん編曲ですね(他の人の手が入ってるかは存じませんが)
次回のリサイタルも楽しみですね!
旭井さん
おっと、そうなのですね!失礼しました。ご指摘ありがとうございます!
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