たまにはこんなスタンダード盤を聴きたくなることもある。普段からちょっと外れた場所(?)の音楽を聴いているせいか、こういったクラシック・サクソフォンの基本作品集に立ち戻ると、耳がリセットされるような感覚がする。ご存知、クロード・ドゥラングル教授が、ロシアの作品に取り組んだBISの名盤「The Russian Saxophone(BIS CD-765)」である。→Amazonへのリンク
ロシアのサックス…というと、最近ではマルガリータ・シャポシュニコワ Margarita Shaposhnikova教授門下のセルゲイ・コレゾフ Sergey Kolesov氏やニキータ・ツィミン Nikita Zimin氏の活躍がめざましく、演奏の面からサックス界を席巻している感じがするが、作品だって面白いものが多い。というか、ほんの10年前までは作品ばかり出まわって、肝心の演奏者に関してはミハイロフやらオセイチュクといった名前くらいしか聞かなかったというのに…。と、話が逸れたが、ドゥラングル教授のこのアルバムは、タイトル通りにロシアのサクソフォン作品を集めたディスクである。
ロシアのサクソフォン作品、と言われて何を想像するだろうか。一般的にはグラズノフ「協奏曲」「四重奏曲」と、デニゾフ「ソナタ」…くらいまでだろう。このディスクに収録されているのは、デニゾフよりも現代寄りの作品たちだ。
Edison Denisov - Sonata
Alexander Raskatov - Pas de deux
Sofia Gubaidulina - Duo Sonata
Vadim Karasikov - Casus in terminus
Edison Denisov - Sonata for Alto Saxophone and Cello
Alexander Vustin - Musique pour l'ange
デニゾフとグバイドゥーリナはともかく、その他は見たこともない作曲者の名前ばかりだろう。たしかに、少し聴いたことのない印象の響きが多いが、いずれも美しい曲たちばかりである。例えば、和声の美しさやメロディの美しさではなくて、瞬間的な煌きのような美しさがある。色とりどりの音楽、というよりも、暗闇に浮かぶ光の音楽とでも言えばいいのだろうか。
デニゾフの「ソナタ」は、最近は録音も増え、いまさら…と思って久々に聴き始めたのだが、いやあ恐れいった。とんでもなく上手い。ドゥラングル教授はデニゾフのアドヴァイスも直接受けたというが、そういったレベルで済まされるお話ではない。楽器のコントロールといった点で、跳躍やアーティキュレーション、特殊奏法まで含めて、ここまでのレベルを達成できる奏者が、2010年となった今でも果たして何人いるだろうか…と思ってしまった。名演である。
終始難解な響きが空間を満たす「Pas de deux(2人の歩み)」は、パリ国立高等音楽院の試験曲として書かれた。サクソフォン、ヴィヴラフォン、チェロのために書かれた「Musique pour l'ange(天使のための音楽)」は、調性感も伴っており、特に聴きやすい。この2曲は、いずれも隅々まで美しい響きに満ち溢れている。ヒーリングミュージックと言えば聴こえは悪いが、音楽というよりも環境音に近い部分にある作品なのかもしれない。秋の夜長に、少し明かりを落として、この響きだけに溺れていたい。
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