イギリスの作曲家、エリック・コーツ Eric Coatesをご存じだろうか。1886年生まれ1957年没、"ライト・ミュージック"という、ポピュラー音楽ほど大衆的ではないけれどクラシック音楽ほど厳格でもない、その中間を埋めるようなジャンルに、数多くの作品を提供した。王立音楽院を卒業したのち、クイーンズホール管弦楽団の主席ヴィオラ奏者として活躍したが、キャリアの後半にはその職を退き、専ら作曲活動に精を出した。
そんなバックグラウンドがあるものだから、サクソフォンを含むいくつかの作品を書いている。最も有名なのは、シガード・ラッシャーに捧げられたアルト・サクソフォンとオーケストラのための「Saxo-Rhapsody」。冒頭の、まるでロマンス映画のオープニングで流れるかのような甘い主題が大好き!という向きも多いだろう。ラッシャー自身による録音があるほか、最近ではNaxosレーベルもケネス・エッジ Kenneth Edge氏を独奏に迎えて吹き込みを行っている。そういえばエッジ氏、実はリバーダンス好きにはおなじみのプレイヤーだ。究極の完成度を誇るDVD「ライヴ・イン・ジュネーヴ」の、サクソフォンを務めているのがエッジ氏なのである。ここでエッジ氏は、クラシック、ジャズ、ケルトと、様々なキャラクターを使い分けながら、すばらしい舞台に華を添えている。初めて知ったときは驚いたものだ。閑話休題。
さて、管弦楽のために書かれた「4つの世紀」である。こちらはサクソフォン協奏曲ではない。タイトル通り、4つの世紀にまたがる音楽を題材にとった傑作で、各楽章には次のような名前が付けられている。
Prelude and Hornpipe (17th Century)
Pavane and Tambourin (18th Century)
Valse (19th Century)
Rhythm (20th Century)
楽章タイトルを見るだけでワクワクしてしまうではないか!ふとピアソラの「タンゴの歴史」や、モリネッリの「ニューヨークからの4つの絵」を思い出したが、編成を固定したまま、4つの異なった音楽世界を描き出すという意味で、コンセプト的には近いのではないか。ライト・ミュージックの分野だけあって、難解さは皆無…理屈抜きに楽しめる音楽となっている。例えば、第1楽章は、中世からの呼び声のようなフルートのソロ(全体を通し、フルートに重要な役割が多く与えられている)に導かれ、オーケストラが複雑に入り組んだフーガを奏でる。ホルストかヴォ-ン・ウィリアムズかと言われてもおかしくないような、快活な音楽だ。第2楽章や第3楽章も、タイトルから連想される響きそのままで、聴きながらポンと手を打ちたくなってしまう。個人的には第3楽章が好きだなあ。
サクソフォンは、ご想像の通り第4楽章で活躍する。20世紀初頭、ジャズが登場する以前のダンス・ミュ-ジックのスウィングのリズムに乗せて、奏でられるご機嫌な楽章だ。ミュートしたトランペットとともに主題を提示するのがサクソフォンのソロ。後半ではセクションワークも出てきて、にぎやかに終わる。これ、サクソフォンは全部で何本入っているのかなあ。すっきりとした聴後感、シリアスな音楽だけではなくて、たまにはこういうのも良いですよね。
Naxosから、コーツ自身が指揮をした演奏が復刻され、コーツの作品集としてリリースされている(9.80191)。1953年、おそらくスタジオ・オーケストラによる演奏だが、往年のサクソフォンの音色が実に味わい深くこの曲の魅力を伝えるに相応しい。おすすめ。
ということで、サクソフォンを含むオーケストラ作品としてこんなものがあるよ、という一例のご紹介だった。サクソフォンを学んですぐ、「ボレロ」「アルルの女」「展覧会の絵(ラヴェル編)」「ラプソディ・イン・ブルー」あたりを耳にすることだろう。探せば探すだけ、魅力的な作品は溢れているのだ。
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