2022/11/05

Denis Levaillant「Trombone en Coulisses」

1985年制作の同名の短編フィルム向けに作曲されたDenis Levaillant「Trombone en Coulisses」という作品に、ダニエル・ケンジー Daniel Kientzy氏が参加、2021年にDenis Levaillant氏の作品集アルバムの中の一曲としてリリースされていることを知った。

「Denis Levaillant "Pastiches"」というアルバムの第2曲。カウンターテナーと多重録音によるサクソフォン、という取り合わせ。曲想として、教会の中で録音されたような、賛美歌風の調性感のあるトラックも。(わざわざケンジー氏が抜擢されたことには、若干違和感を感じる)。

フィルムの詳細は以下。

https://www.cinergie.be/film/trombone-en-coulisses

2022/11/03

セルジュ・ビション:現代サクソフォンの祖

過去に日本サクソフォーン協会誌へと寄稿した文章から、セルジュ・ビションに関連した箇所を抜粋する。ドゥラングル氏の師匠として有名だが、個人的に考える現代サクソフォン・トレンドの祖である。このことについては、下記の文章の抜粋元である日本サクソフォーン協会誌2017年版に寄稿した「録音から読み解く現代サクソフォン・トレンドの萌芽と発展」で論じている。

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セルジュ・ビション Serge Bichon(1935 - 2018)は、リヨン音楽院の教授を務めたフランスのサクソフォン奏者である。名教師として名を馳せ、多くの門下生をパリ国立高等音楽院へと送り込んだ。ビション・クラスの設立後、門下生の多く(1985年時点の実績で30人以上)が、フランス国内外でのみならず世界各地で教育者として活動している。例えば、パリ国立高等音楽院現教授のクロード・ドゥラングル、ピアニストであり現代最高のメシアン弾きとして活躍するロジェ・ムラロ Roger Muraro、ハバネラ四重奏団のシルヴァン・マレズュー Sylvain Malezieux、ファブリツィオ・マンクーゾ Fabrizio Mancuso、現リヨン音楽院教授のジャン=ドニ・ミシャ Jean Denis Michat、指揮者やアレンジャーとしても活躍するギョーム・ブルゴーニュ Guillaume Bourgogneなど、錚々たる面々がビションの下より巣立っている。

ビションは、マルセル・ジョセ、マルセル・ミュール、ダニエル・デファイエらにサクソフォンを師事し、1960年にパリ国立高等音楽院のサクソフォン科を、引き続き1961年に同室外楽科を、それぞれ一等賞を得て卒業している。リヨン音楽院の教授への就任は、パリ国立高等音楽院卒業前の1956年である。

ビションには、ピエール・マックス・デュボワPierre Max Dubois、ルーシー・ロベール Lucie Robert、アントワーヌ・ティスネ Antoine Tisneといった作曲家が、ビションのために作品を献呈している。

リヨン音楽院での教育活動のほか、エクス=レ=バン・サクソフォンコンクール、後述するギャップ国際サクソフォンコンクール、さらにそのアマチュア部門など、様々なコンクールのオーガナイズも手掛けた。また、1986年には、息子のフランク・ビションとともにBG Franceを設立、サクソフォン関連製品の開発にも携わった。

ドゥラングルのインタビュー記事より、ドゥラングルの音色に対する考え方について、師匠であるビション、そのビションの師匠であるジョセのエピソードを交えながら証言した部分を、以下に引用する。

---ビションは、『サクソフォンの音色は丸く、豊かで澄んでいて一定でなければいけない』といっていましたが、私は最近それをもう少し発展した考えを持つようになりました。ビションのそういった考え方は、マルセル・ジョセという先生からの影響が大きいと思います。ジョセはチェリストだったこともあって、音のつくり方など、実に具体的な説明ができる人でした管楽器の人は音色について割合とおおざっぱなイメージで捉えるのに対し、弦楽器の人はより具体的です。ですから、私の音に対する考え方も彼の影響を受けました。柔軟性を持ち、かつ安定したアンブシュアや支えられた息―そういった重要であるテクニックを残しながらも、他の楽器(ピアノ、オーボエなど)との室内楽の経験を通して、私自身が持っていたかつての考え方を広げることができたのです。それは、つまり”ほしい音が出せるようにすること”といえます。よい音は、ひとつではないということです。そして、それは”演奏相手により、必要に応じて音色を変化させること”ともいえます。



フランソワ・コンベル François Combelleのこと

赤松文治「栄光のギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団」より

アルト・サクソフォン主席のコンベルは、1880年7月26日にソーヌ・エ・ロアール県マルシニーで生まれ、1902年にクラリネット奏者としてギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団に入隊後、サクソフォン奏者に転向し、1904年にアルト・サクソフォン主席奏者に抜擢され、演奏会では独奏者としても活躍した。彼は作曲も堪能で、サクソフォン独奏のために「演奏会用独奏曲第1番」「スケッチ」「セヴィリャの理髪師第1番・第2番」「マウルの幻想曲」「イタリア夜曲」「3連音符のマズルカ」「キプロス幻想曲」「マルボロー変奏曲」「バラードと嬉遊曲」、二重奏のために「5つの二重奏曲」を作曲したほか、1920年に同僚のブリヤールとラッフィーのために舟唄「エソンで」を作曲し、更に「現代大教則本」を著したが、同年セルマーがサクソフォンの製造を始めたときテスター顧問となった。そして、1923年にミュールに熱心に入隊を勧めたのち退職し、ボーヴェー音楽学校校長、パリ6区吹奏楽団とバンセンヌ市吹奏楽団指揮者、ドルネ楽器会社顧問などをしていたが、1949年にレジョン・ドヌール5頭勲章を受賞し1953年3月3日に亡くなった。

Harry R. Gee「Saxophone Soloists and Their Music」より

もともとはオーボエ奏者であり、1902年にギャルド・レピュブリケーヌ軍楽隊に入隊、その後サクソフォン奏者となった。1923年、マルセル・ミュールに、楽団のオーディションを受けるよう熱心に勧め、ミュールは8月に21歳で入隊した。ユージン・ルソーによる、ミュールのインタビューを抜粋する。『コンベルは疑いようがなく、輝かしい独奏者であり才能のあるヴィルトゥオーゾで、頻繁に楽団における独奏者として演奏していました。楽団では、幻想曲、変奏曲などを演奏していました。』セルマーが1920年にアドルフ・サックスの工房を買収したとき、コンベルはテスター兼アドバイザーとなった。

コンベルの作品リスト:カッコ内は出版年
1er Solo de Concert
2eme Solo de Concert (1911)
Esquisse
Grande Methode Moderne (1910)
Le Barbier deSeville No.1
Sur L'Esson Barcarole (1920)
Frantaisie Mauresque (1920 to E.Hall)
Serenade Italienne (1920)
Triolette Mazurka (1920)
Rapsodie Cypriote (1932)
Malbrough (1938)
Ballade et Divertissement
Five Duets (1958)

コンベルに献呈された作品:
Maurice Decruck and Fernande Breilh 「Chant Lyrique, op.69」

コンベルが著した「Grande Methode Moderne」の表紙と、中身の抜粋(演奏姿勢指南のページ?)




「ヴェニスの謝肉祭」変奏曲。コンベルの写真も多数見ることができる。

2022/10/30

ロンデックスのジャン・リヴィエ評伝

ロンデックスが、ジャン・リヴィエについて論じた短い文章。「Le Saxophone No.32(1988-April)」より。

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1896年7月21日、ヴィルモンブル(セーヌ=サン=ドニ県)に生まれたジャン・リヴィエは、1987年11月5日にラ・ペンヌ=シュル=ユヴォーヌ(ブーシュ=デュ=ローヌ県)で死去した。第一次世界大戦中に毒ガスにさらされたが生き延び、1922年、パリ国立高等音楽院に入学し、ジャン・ガロン(和声)、ジョルジュ・カッサード(フーガと対位法)、モーリス・エマニュエル(音楽史)に師事。また、ピアノをブローに、チェロをポール・バゼレールに師事し、その後この楽器のために「オーケストラとのラプソディ(1927)」を作曲し、室内楽にも興味を持つようになった(4つの弦楽四重奏とトリオ、4本のサクソフォンのための「グラーヴェとプレスト」など)。彼の初期の作品には、鋭いエッジ、明確な音響建築のセンス、簡潔さへの著しい嗜好、しばしば「アール・グラヴュール」と呼ばれるスタイルが見受けられます。

1936年から1940年にかけて、ジャン・リヴィエはピエール・オクターヴ・フェローやアンリ・バローとともに「トリトン・グループ」に参加し、活躍した。1947年、パリ国立高等音楽院で作曲を教え、最初はダリウス・ミヨーと交互に、その後1962年から1966年までは単独で教鞭を執った。

彼の作品目録には、交響曲7曲(1932年から1961年)、ヴィオラ(1935年)、ヴァイオリン(1942年)、ピアノ(1953年)、サクソフォーンとトランペット(1955年)、クラリネット(1958年)、ファゴット(1963年)、金管とティンパニ(1963年)、オーボエ(1966年)などのための協奏曲8曲をはじめ、約100の交響曲、室内楽、合唱曲が含まれている。

1940年以前から、ジャン・リヴィエは、抽象的な言語の探求よりも、むしろ音楽表現を優先するという、当時はまだあまり普及していなかったロマン派の傾向を代表していた。ユーモアのセンスがあれば(『ヴェニチエンヌ』やサクソフォン協奏曲のフィナーレ)、最も説得力のあるシンプルさを実現できるのだ。

品質、厳格さ、心、感性を備えた彼は、実際「伝統的な形式に忠実であり」「想像力豊かで、フランスならではの視覚的な」(これは特に戦間期の作品に顕著)な人物であり、強い意味での自立者でもある。

若い頃、マスタード・ガスにやられたジャン・リヴィエは、生涯を通して健康状態がよくなかった。極限状態、つまり死という永遠の危機について、その精神的な体験を、人に伝えることを可能にする…しかも、音楽によって…そのレベルに成熟するまでは非常に時間がかかった。まず1953年の「レクイエム」で、次に1967年の「クリストゥス・レックス」で、彼は卓越した筆力と最高の表現力で、地上生活を超えた、人間の形而上的運命への信仰を表現している。

ベルナール・ガヴォティとダニエル・レザーによれば、「ジャン・リヴィエはとても親切で、とても控えめで、5分もすれば20年来の友人と接しているのかと思うほど歓迎してくれる」そうだ。音楽家がシステムを持っているのと同じように、彼には先入観がない。世界的な偉人であると同時に、誠実な友人でもある。音楽家としては、まるで建築家のようなスタイルを取った。ありきたりなものとセンセーショナルなものの両方を避けるのが、リヴィエの選んだ道であるように思う。



2022/10/29

Pierre PETIT「Andante & Fileuse」のデファイエ氏の演奏

木下直人さんが最近入手されて、YouTubeにアップロードしてくださった録音。放送用に準備された録音のようだ。

作曲家の名前は初めて知った。ジャン=ミシェル・ダマーズ氏やジャニーヌ・リュエフ氏とほぼ同世代にあたる。1942年にパリ音楽院に入学し、アナリーゼをジョルジュ・ダンドロに、和声をナディア・ブーランジェに、対位法をノエル・ギャロンに、作曲をアンリ・ビュッセルに、それぞれ学んだ。パリ音楽院、パリ理工科学校等で教え、ORTFに入社後は要職を歴任した。

デファイエ氏の音楽性と技巧面を両面から良く伝える演奏内容で、とても心動かされた。こういった演奏が、商用録音としてリリースされていなかったことが惜しいとは思うが、木下さんの探究心に改めて頭が下がる思い。

ニコラ・プロスト氏のデファイエ復刻録音集にも収録されているが、木下さんの復刻のほうがクリアに聴こえる。 


東京藝大ウインドオーケストラの「エルサレム讃歌」

指揮:山本正治、東京藝大ウインドオーケストラのセッション録音。

若手奏者を中心とした、極めて精度の高い演奏。さらに解釈も極めてスタンダードなもので、万人に勧めることができる演奏と言えよう。TKWOの演奏に続く、新世代の標準盤として、併録の他作品の録音とともに(特にC.T.スミス作品は奏者の力量がダイレクトに表出する)筆頭盤として位置づけられるものと感じた。

録音が「おや?」と思えてしまう状態なのは残念。ミキシングなのかマスタリングなのか、妙なカタマリ感があり、どこかで失敗しているような印象。

サクソフォンの布陣は、上野耕平、住谷美帆、田島沙彩、宮越悠貴(以上asax)、戸村愛美(tsax)、田中奏一朗(bsax)(敬称略)。


2022/10/16

広島ウインドオーケストラの「エルサレム讃歌」

指揮:下野竜也氏、広島ウインドオーケストラの演奏。かなり新しいCDで、「エルサレム讃歌」は第55回定期演奏会におけるライヴ録音とのこと。

"なにわ"を聴いてしまうと、ソリスト/各奏者の力量等の差が気になってしまうが、そういったアラ探しのような真似は無意味。この「エルサレム讃歌」の演奏の中核はずばり、最後のコラール変奏だろう。下野氏の独自解釈なのかと思うが、必要以上に劇的なフォルテを強調せず、mf~mpで、そこに至るまでの全てを優しく包み込むような印象。

同じ物語なのに、語り部を変えたことにより、ここまで印象を変えるのかと、心底驚いた。「極めてヒロイックな物語の最後に、読者が知り得なかった主人公の痛みと悲しみの心情を滔々と語ることにより、ここまでの寓話の真意を描き出しているかのよう」…これは全くの架空の話だが、そういった読者の心を捉えて離さないような、見事な結末を提示する。

サクソフォンの布陣は、宮田麻美、前田悠貴(以上asax)、日下部任良(tsax)、石田大輔(bsax)、西川佑太(bssax) (敬称略)。