過去に日本サクソフォーン協会誌へと寄稿した文章から、セルジュ・ビションに関連した箇所を抜粋する。ドゥラングル氏の師匠として有名だが、個人的に考える現代サクソフォン・トレンドの祖である。このことについては、下記の文章の抜粋元である日本サクソフォーン協会誌2017年版に寄稿した「録音から読み解く現代サクソフォン・トレンドの萌芽と発展」で論じている。
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セルジュ・ビション Serge Bichon(1935 - 2018)は、リヨン音楽院の教授を務めたフランスのサクソフォン奏者である。名教師として名を馳せ、多くの門下生をパリ国立高等音楽院へと送り込んだ。ビション・クラスの設立後、門下生の多く(1985年時点の実績で30人以上)が、フランス国内外でのみならず世界各地で教育者として活動している。例えば、パリ国立高等音楽院現教授のクロード・ドゥラングル、ピアニストであり現代最高のメシアン弾きとして活躍するロジェ・ムラロ Roger Muraro、ハバネラ四重奏団のシルヴァン・マレズュー Sylvain Malezieux、ファブリツィオ・マンクーゾ Fabrizio Mancuso、現リヨン音楽院教授のジャン=ドニ・ミシャ Jean Denis Michat、指揮者やアレンジャーとしても活躍するギョーム・ブルゴーニュ Guillaume Bourgogneなど、錚々たる面々がビションの下より巣立っている。
ビションは、マルセル・ジョセ、マルセル・ミュール、ダニエル・デファイエらにサクソフォンを師事し、1960年にパリ国立高等音楽院のサクソフォン科を、引き続き1961年に同室外楽科を、それぞれ一等賞を得て卒業している。リヨン音楽院の教授への就任は、パリ国立高等音楽院卒業前の1956年である。
ビションには、ピエール・マックス・デュボワPierre Max Dubois、ルーシー・ロベール Lucie Robert、アントワーヌ・ティスネ Antoine Tisneといった作曲家が、ビションのために作品を献呈している。
リヨン音楽院での教育活動のほか、エクス=レ=バン・サクソフォンコンクール、後述するギャップ国際サクソフォンコンクール、さらにそのアマチュア部門など、様々なコンクールのオーガナイズも手掛けた。また、1986年には、息子のフランク・ビションとともにBG Franceを設立、サクソフォン関連製品の開発にも携わった。
ドゥラングルのインタビュー記事より、ドゥラングルの音色に対する考え方について、師匠であるビション、そのビションの師匠であるジョセのエピソードを交えながら証言した部分を、以下に引用する。
---ビションは、『サクソフォンの音色は丸く、豊かで澄んでいて一定でなければいけない』といっていましたが、私は最近それをもう少し発展した考えを持つようになりました。ビションのそういった考え方は、マルセル・ジョセという先生からの影響が大きいと思います。ジョセはチェリストだったこともあって、音のつくり方など、実に具体的な説明ができる人でした管楽器の人は音色について割合とおおざっぱなイメージで捉えるのに対し、弦楽器の人はより具体的です。ですから、私の音に対する考え方も彼の影響を受けました。柔軟性を持ち、かつ安定したアンブシュアや支えられた息―そういった重要であるテクニックを残しながらも、他の楽器(ピアノ、オーボエなど)との室内楽の経験を通して、私自身が持っていたかつての考え方を広げることができたのです。それは、つまり”ほしい音が出せるようにすること”といえます。よい音は、ひとつではないということです。そして、それは”演奏相手により、必要に応じて音色を変化させること”ともいえます。
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