2007/02/26

サミュエル・バーバー「思い出」

サミュエル・バーバー Samuel Barber は、20世紀アメリカの作曲家。作風はおおむねネオ・ロマンティックと言え、前衛にはほとんど足を突っ込まずに、美しい旋律・魅力的な和声を持った曲を多く書いた。「弦楽四重奏曲第一番」の第2楽章を、弦楽合奏用に編曲した「弦楽のためのアダージョ」は有名で、映画音楽やサウンドトラックとしても広く使われている。

「思い出 Souvenirs」は、バーバー自身が友達との楽しみのために書いたピアノ連弾曲を、本人がオーケストラ用のバレエ組曲としてまとめたもの。オーケストラ版が最初のバージョンになり、以降、ピアノソロ用、ピアノ連弾用が相次いでまとめられた。全体は6つの楽章からなり、次のようなエピソードが付与されている。

・ワルツ(ホテルのロビーにて)
・スコットランド舞曲(3階の廊下)
・パ・ドゥ・ドゥ(ダンス・ホールの片隅)
・ツー・ステップ(パームコートでのティータイム)
・ためらい~タンゴ(ベッドルームで)
・ギャロップ(次の日の昼下がり、浜辺にて)

うーん、男女が出会ってからくっつくまでの過程を描いたようにも、なんとなく思えます(というか、あからさまにそうです)。「思い出」という題名にしろ、男女の恋愛をあからさまに音楽で描写しているのを聴く(演奏する)のは、想像が広がって面白い。加えて、本当に美しくて素敵な曲なのだ。

例えば第1楽章、これはニューヨークの人通りの多い通りに建つ、とあるホテルの様子を描写しているのだろう。時に1914年。力強く演奏されるピアノの序奏は、まさにこれから起こる様々なエピソードを暗示しているかのようだ。そして序奏がふっと途切れた後に続くワルツ。面識もなかった男女が、お互いの存在に気付く。見初めあう2人。心の中で相手に問いかけるが(フレーズが2人の間で交換される)、しかし声は出ない…。そのじらしさは、取り巻きのダンスのエネルギーとなり、背後では華やかなワルツが踊られている。

第2楽章は、偶然にも宿泊階が同じだった2人が、ホテル三階の廊下で出会う様子だろう。ちょっと滑稽なスケルツォ。男性が話を取り付けるのに苦労しているのだろうか。第3楽章は、男性が女性をダンス・パーティに誘う様子。第4楽章は次の日のティータイム。第5楽章は、何といっても女性のためらう気持ちが、徐々に情熱的となっていく過程の描写がドラマティック。「ためらい」の部分の、2人が交わす二言、三言からはセリフまでも聞こえてきそうだ。第6楽章は、喜びにあふれた疾走。人生における春ですなあ(←何)。

さて、この曲なんと、サクソフォーンのために編み直された版が存在する。作曲家として有名な生野裕久氏の筆によるもので、この曲をソプラノ+アルト+テナー+ピアノのために編曲した版なのだ(委嘱は服部吉之氏)。私は今年の頭に3つの楽章を抜粋して(ワルツ、ためらい~タンゴ、ギャロップ)仲間とともに演奏する機会があり、サクソフォンを演奏する身としては、この素敵な作品に演奏側として触れることができて大変に嬉しかったのであった。本番の演奏に気を良くしたので、再演の構想もある。

願わくば、多くの方がこのメロディを享受できるように、出版されてほしいところだけれど、さすがに難しいかなあ。

サクソフォン3本+ピアノ版が収録されたケネス・チェ Kenneth TSE氏のCD「In Memory(Enharmonic ENCD00-014)」。

演奏は、林田和之(ssax)、ケネス・チェ(asax)、服部吉之(tsax)、服部真理子(pf)で、1999年に行われたチェ氏の日本でのコンサートでのステージを抜粋して収録したものだそうな。珍しくも、服部先生のテナーの音色を聴くことができる。他の収録曲&演奏もとても良く、サックスのCDとして大変オススメできる一品。

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