2008/06/29

演奏会のご案内

東京在住のお二人(MJさん、ゆうぽんさん)、そしてつくば在住の二人(N、kuri)で、四重奏の演奏会を行います。啼鵬さんが編曲した「ブエノスアイレスの四季」を中心に、四重奏、デュオなどを演奏いたします。場所は、中央線沿いの荻窪(新宿の近く)!ぜひお越しください。

【Ensemble TX サクソフォン・コンサート】
日時:2008年8月9日(土) 14:00開演
会場:音楽専用空間クレモニア ホール
(交通:JR中央線または東京メトロ丸ノ内線荻窪駅より徒歩3分)
(地図:http://philstone.at.infoseek.co.jp/mapnew1.html)
料金:入場無料
プログラム:
R.クレリス - かくれんぼ
M.トーク - July
A.ピアソラ/啼鵬 - ブエノスアイレスの四季

後援:
日本サクソフォーン協会
お問い合わせ:
http://ensembletx.exblog.jp/
ensembletx@excite.co.jp

松雪明先生の門下のサクソフォン発表会

出演したわけではなくて。

昨日、Tsukuba Saxophone QuartetのソプラノのN(ちさ)が出演する、とのことで、セルマー・ジャパンまで聴きに行ってきたのだ。アンナホールは久しぶりだった…もしかして、昨年のラランさん×原さん×大石さんのジョイントコンサート以来だ。アンナホールでは今後も、ラランさんのCD発売記念演奏会、冨岡祐子さんの帰国記念演奏会、原さんのレクチャーリサイタルなどの開催が予定されているようだ。

さて、プログラムはこんな感じ。さすがに管打楽器コンクールの年だけあって、サクソフォンを学ばれている方は全員、課題曲を吹いていたようだ。バッハが多いですね(たしか二次の課題曲)。一次課題曲のリュエフがなかったのが不思議。アマチュアで演奏されている方は全部で3人、ということだったのかな?

J.S.バッハ - 無伴奏チェロ組曲第一番より1, 2, 3, 6
P.ランティエ - シシリエンヌ
H.クローゼ - デュエット
J.S.バッハ - 無伴奏チェロ組曲第一番より1, 2, 3, 6
C.サン=サーンス - オーボエ・ソナタより1, 2
P.モーリス - プロヴァンスの風景より4, 5
J.S.バッハ - 無伴奏チェロ組曲第一番より1, 2, 3, 6
I.ゴトコフスキー - 悲愴的変奏曲より3, 6
H.トマジ - バラード
J.S.バッハ - 無伴奏チェロ組曲第一番より1, 2, 3, 6

面白かったなー。興味深く聴いたのは、やはりバッハ。ここまで違いが明確に出ますか、という感じで、素人目にもこちらの方よりこちらの方が上手い、というのが一瞬で判ってしまう。つくづく、過酷な課題なのだなと思う。と、終演後に知人とそんな話になった。

前回のアドルフ・サックス国際コンクールで、一次課題曲として演奏された「Ge(r)ms」という作品を思い出した。あの曲も、一瞬で振り分けがされてしまうタイプの曲だったっけ。特殊奏法やフラジオをかなりに含むものだったが。

あと、やっぱりロンデックス編のこの楽譜、変だ。最初の音がGではなくてAsから始まるというのも気持ち悪い。でも、Gからはじめると#が4つもついてしまうし、最低音に対応できないし。そして、第6楽章のアクセントの不自然なこと!だから、要項にはアーティキュレーションは参考程度に、という話が載っていたのかな。どうやって吹くのが最適解なのだろうか。

アマチュアの方も、すごく上手かった。専門で学ばれている方と一緒のプログラムの流れのなかで吹いたところで、違和感が無い。これは、専門で学ばれている方が云々ということではなくて、アマチュアの方がすごく頑張っているということだろう。ちなみに、Nはサン=サーンスを吹いておりました。お疲れ様でした。

Leduc楽譜の価格

ミュンシュ指揮ボストン交響楽団の、ミヨー「世界の創造」なんてCDが800円で売っていたので、「もしかしてサックスはミュールか!」なんて喜び勇んで買ってきたのだが、良く見たら録音年が1961年。ぐはっ、ミュールのわけがない…。オーケストラも、全体的にいかにも往年の、という感じの音程感や音色で、いまいちでした。サックスは、低音域がややラッシャー・ライクなのだが、完全には断定できない。やっぱお気に入りはバーンスタイン盤だな…(´ω`)

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さて、楽譜の価格に関して「へえっ」ていう感じのことを知ったので、書き留めておく。今日、セルマー・ジャパンに伺ったときに、店員さんと楽譜の値段の話になった。「最近はユーロ高で…」「それでも据え置きで…」などという他愛の無い話をしていたのだが、そういえば楽譜の値段ってどうやって決めているんだろうと思い、尋ねてみたのだ。私はてっきり、仕入れ時に、フランスのユーロ売値をそのまま日本円に置き換えているのだと思っていたのだが…。

特にAlphonse Leducの楽譜に関して、表紙の「Réf. : 」という項目を参照してみていただきたい。アルファベット二桁の記号が書かれていると思うのだが、この記号こそが値段を決める指標になっているのだそうだ。つまり、AAから始まって、AB → AC → AD →…→ AZ → BA → BB → BC → BD →…という風に、楽譜の価値が上がっていくのだとのこと。

お店の楽譜や、手元の楽譜をいくつか調べてみたところ、こんな感じだった。

Christian Lauba「Neuf Études Cahier1」→AU
Jacques Ibert「Concertino da camera」→BH
Jean-Marie Londeix「Hello! Mr.Sax」→BP
Edison Denisov「Sonate」→BR
Jindrich Feld「Quatuor」→CD

これらのアルファベットを元に、ある時点での価格を設定し、為替相場の変動により価格改定を行っていく、ということだそうだ。価格が据え置かれているものに関しては、新たに出版された楽譜と比較して、日本での売値が逆転しているものもあるようだ。

あ、すいません。小文字もあったかもしれない(小文字のほうが小さい)。とにもかくにも、アルファベットの昇順なのだそうだ。

いやー、知らなかったなー。え、もしかして常識?

2008/06/27

微分音にうなされる

どうもー。kuri@研究室でお昼ごはん中です。

最近、とある四重奏の曲をさらっていたら、微分音を出す必要が出てきてしまいまして。しょうがないのでダニエル・ケンジー氏の「Les sons multiples aux saxophones」を買ってきたんですよ。まあ他にも、とあるプロジェクトで重音について詳細に調べる必要があったので、ちょうど良かったんですが。

そしたらなんと、重音に含まれている微分音は載っているけど、単音の運指が載っていない!なんとなんと!これは困った。

しょうがないので、開き直ってロンデックス氏の「Hello! Mr.Sax」を探すことにします。けっこう高かったような気がするんだけどなあ。あー、「サクソフォーンの学習方法」もほしいですね。上田啓二さんが日本語に訳しているやつ。最近サクソフォン関連書籍の増えっぷりが激しいので、またブログ上でぼちぼち紹介していきたいと思います。

(書きながら気づいたのですが、文体がdosaさんっぽくなりました)

ではまたー。

2008/06/25

Letters from Glazunov(グラズノフ「協奏曲」)

André Sobchenkoというロシア出身のサクソフォン奏者がSaxophone Journal上で書いた、Letters from Glazunovという記事がある。これは、グラズノフの書簡をもとに、彼が作曲したサクソフォンのための二作品…「サクソフォン四重奏曲作品109」と「サクソフォン協奏曲」…の作曲経緯を紐解いてゆく、というものである。あの雲井雅人氏も「素晴らしい。読まねばならぬと思う」と評すほどの興味深い内容だ。

以前、「サクソフォン四重奏曲作品109」に関する部分については翻訳したのだが(→2007年2月17日の記事)、「サクソフォン協奏曲」の部分については、ずっと懸案事項であった。ここ最近、暇を見つけては翻訳作業を進めていたのだが、ようやく終わったので、ご覧いただきたい。

転載許可をとっていないため、まずかったら消します。というか、André Sobchenkoの連絡先が分からないんですわ。困った…。あと、翻訳ミスがあったらご指摘くださいm(_ _)m

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シュタインベルクへ
1933年12月26日
今日は休み休み、35分ほど作曲をやったよ。

このころから、時系列的な手紙のやり取りを追うことができなくなる。以下の情報は、シュタインベルクによる失われた手紙のスケッチである。二重引用符付きのテキストは、グラズノフ自身の言葉である。

1934年、グラズノフは再び病に侵される。今度は、インフルエンザと気管支炎にかかってしまったのだ。3月には、彼はサクソフォン協奏曲の作曲を開始する。"ドイツのサクソフォン奏者であるシガード・ラッシャーのリクエスト…というよりもむしろ、サクソフォンでこんなことができるのか!というインスピレーションによって"…グラズノフはそのインスピレーションを受けたときの様子について、3月17日の手紙で述べている。作曲は大変早く進み、4月4日には協奏曲が完成したと、やはり手紙の中で述べている。

シュタインベルクへ
1934年6月4日
「サクソフォン協奏曲」の作曲を終えた。スコアとピアノの両方の準備ができたよ。そのうち、フランス人のミュールと、ドイツ人のサクソフォン奏者であるラッシャーの演奏を聴くことができるはずだ。この作品は、Es-durで書かれており、いくつかのセクションに分かれてはいるが間断なく演奏される。最初の提示部は、4/4のアレグロ・モデラート、Es-durから始まるが、最後にはg-mollで終わるんだ。その次にCes-dur(H-dur)で3/4のアンダンテが歌われて、展開部が続く。そして、束の間のカデンツァ。終結部は、c-moll、8/12のフーガ形式で開始する。フーガでは、それまで使ったテーマがすべて現れて、Es-durのコーダを導いていく。全体は、かなり濃密になってしまった…演奏時間は18分以内といったところだろう。伴奏は、div.部分を多く含んだ弦楽のスコアとした。ところで、曲中いくつかの場所で私は弦楽パートに管楽器の代役をしてもらうな書き方をしたんだ。それはこういった方法だよ:ある弦楽パートをオクターヴのユニゾンにして、上のパートを2艇のチェロとユニゾンにするんだ。この方法に関しては少し不安があったのだが、Yuli Konusの兄弟のMetner、それからチェレプニンにスコアを見てもらったところ、ポジティブな返事をもらったよ。それから、フォルテの場所では、ダブル・ノートをたくさん使った。ダブル・ノートに関しては、少し心配だったので、Yuli Konusに尋ねてみるつもりだ。彼とは以前、私の「ヴァイオリン協奏曲」で一緒に仕事をしたことがあるのだが、こういった区別に関するエキスパートで、あのチャイコフスキーに対してもアーティキュレーションの要求をしたことがあるそうだ。

シュタインベルクへ
1934年7月13日
「サクソフォン協奏曲」のスコアとピアノパートの準備が、すべて完了した。それと一緒に、私はこの作品を聴く機会を心待ちにしているんだ。なぜなら、私は今年のコンサート・シーズンには「Poeme Epique(Symphonic Poem)」の演奏をお願いしてしまったからだ。

シュタインベルクへ
1934年11月21日
「サクソフォン協奏曲」は、今シーズン、イングランドとスカンジナビアでの演奏会で取り上げられるはずだ。素晴らしいテクニックを持ったドイツ人のサクソフォン奏者で、シガード・ラッシャーという人物がいるのだが、彼が独奏を務めるようだ。パリでは、ギャルド・レピュブリケーヌの主席サクソフォン奏者でマルセル・ミュールという人物が、私の協奏曲を演奏したがっているよ。

シュタインベルクへ
1934年12月5日
「サクソフォン協奏曲」が、ついに初演された!スウェーデンの2つの大きな都市で、シガード・ラッシャーが吹いてくれたんだそうだ。来年、ついにパリで聴くことができそうだ。

1936年の3月21日、グラズノフは亡くなった。残念なことに、グラズノフ自身が果たして協奏曲を聴くことができたかどうなのか、ということを指し示す情報はない。ところで、グラズノフの「サクソフォン協奏曲」やそのほかの作品は、常に彼自身の「エゴ」を覆い隠すことで、完璧さを達成している。彼は、常に自分自身のアイデアや音楽的な構想を、音楽仲間や実際の演奏家に対して相談していたのだ。例えば、A.Y.Shtrimerに対する手紙の中では、こう書いている。

"親愛なるAlexander Yakovlevich、
「チェロ協奏曲」の最終更新版を送ります。ピアノスコアがいつ製版業者から出来上がってくるか、ちょっと分かりません。今日、パブロ・カザルスがパリに来るので、彼に会うつもりです。カザルスは私に、アーティキュレーション上の問題について手紙を送ってきており、いくつかちょっとした変更を私に教えてくれるようです。もしそれが良い示唆であるならば、とてもうれしいことです。おまけに、彼はすでに私の「チェロ協奏曲」を暗譜しているとのことです。"

その他、「サクソフォンと弦楽オーケストラのための協奏曲」に関しては、いくつか書くべき事実があります。ソヴィエト連邦時代、この曲はオーケストラのスタンダードなレパートリーではありませんでした。ソ連時代のもっとも有名なオーケストラである、E.スヴェトラーノフ指揮USSR交響楽団は、ロシアとソヴィエトの音楽を網羅して録音する、という企画を立ち上げていましたが、残念なことにグラズノフの「サクソフォン協奏曲」は省略されてしまいました。1936年、フランスの出版社Alphonse Leducは、ピアノ・リダクション版の楽譜に、不可解な追記を行いました。Leducは、A.Petiotの名前をセカンド・コンポーザーとしてグラズノフの隣に並べて書いたのです。しかし興味深いことに、グラズノフの書簡を辿る限りは、誰かと一緒に作業した、などということは一言も書かれていません!

グラズノフの死から36年後、1972年10月14日のことです。ソヴィエトの見識者たちは、グラズノフを、ロシアを代表する作曲家として公式にアナウンスしました。グラズノフの遺灰が、祖国に返還されることとなったのです。その遺灰は、レニングラードのAlexander Nevsky Lavraにある、偉大な芸術家たちが埋葬されている共同墓地へと運ばれ、再び埋葬されました。1970年代なかば、ソヴィエト連邦文化省はサクソフォンのための高等クラス設立を決定しました。そのクラスはモスクワのグネーシン音楽学校に開かれ、これが、ロシアで初めてサクソフォンの専門家を養成するための場となりました。この決定が下されるに至った支配的な理由の一つとして、ロシアの作曲家により書かれた音楽を永続させ、再評価するという目的があったことは言うまでもありません。

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以上。やはり、きちんと日本語に翻訳して読んでみると面白いですなあ。「協奏曲」に関する書簡の内容はもちろん、付加情報としてセルゲイ・コレゾフ Sergey Kolesovの母校である、グネーシン音楽学校のサクソフォン・クラスがいつ設立されたかなんて内容まで(ほとんど知られていないのではないか?)。

ところで、ロンデックスの評伝のなかでA.Petiotについての該当部分を翻訳してブログ上に載せた、数日前の記事なのだが、コメント欄でいろいろ議論がされている(DONAXさん、Thunderさん、コメントありがとうございます)。記事と一緒に、そちらも併せて参照していただきたい。

2008/06/24

Recitation Book on YouTube

ノースウェスタン大学(雲井雅人さんと佐藤渉さんの出身校)の学生で結成された、アメジスト四重奏団 Amethyst Quartetの演奏がYouTube上にアップロードされていた。しかも、なんと演奏曲目がディヴィッド・マスランカ David Maslankaの「レシテーション・ブック Recitation Book」とジェルジ・リゲティ György Ligetiの「6つのバガテル」!こいつぁ、驚きだ。

とりあえず、「レシテーション・ブック」だけ貼っておく。リゲティのほうは、辿ってみていただきたい。技術的にはかなりしっかりしたものだが、後はこれで雰囲気さえ良ければいいのに。雲Qさんの演奏と比べてしまうと、ちょっと貫禄に差がありすぎるかなあ、なんて。しかし彼らは、きっと雲Qさんのアメリカツアーを聴いて感銘を受け、取り組むことにしたのだろうなあ。もしノースウェスタンで聴いたということならば、彼らは世界初演の演奏を聴いたということになる。

ところで、アルトを吹いているSean Hurlburtはどこかで名前を見たことがあるなあと思ったら、ダールの協奏曲の動画で演奏している、ということでこちらの記事で紹介したことがあったのだった。

・第1楽章


・第2楽章


・第3楽章


・第4楽章


・第5楽章:技術的な安定度が高い(最後のトリルで循環呼吸を使ったり)のだが、中間部がなーんだか日常的な響きなんだよなあ。


「レシテーション・ブック」、少なくとも「マウンテン・ロード」よりは良い意味で奏者を選ばない曲なのかな、と思う。ぜひ、広く演奏されるようになってほしいものだ。

2008/06/23

書き直し中

合奏してみるとなかなか思ったような音が出ず、ラージ用の「セント・ポール組曲」の楽譜を書き直し中。作業内容は、主にフラジオ音域の削減。やっぱり、実際音を出してみないとわからないところだらけだ。

SSAATTBBの8重奏。ちなみに、Intermezzoは四重奏で終わって、Finaleは四重奏で始まる…というアイデアで書いてみた。下に載せたのは、Jigの楽譜。

以下、自分用のメモ。

・旋律の輪郭は自然な形で・跳躍の削減・フラジオ音域の削減(全体の雰囲気より優先)・ベースライン再考

・パート割をどうするか?(自分はどこを吹く?)・IntermezzoのViola-SoloをAlto Saxに移すか?

・アナログメトロを使用した練習・音源を聴く・シャープさらう