1958年生まれ。アメリカ出身で、サクソフォンをシガード・ラッシャー氏に師事。1981年にはラッシャー・サクソフォン四重奏団に参加。1994年にはAlloys Ensemble(サクソフォン、チェロ、ピアノ、パーカッションという編成)を創設。デュッセルドルフのシューマン・アカデミー、オスロのノルウェー・アカデミーで教鞭をとった。コンサートでの演奏、レコーディングも多い。後年には、ニューヨークのArcos Chamber Orchestraの指揮者として活躍していた。
私は、ケリー氏の音をライヴで聴いたことはない。しかし、幸いな事に多くの録音が存在している。最も有名なのは、イベール「室内小協奏曲」、マルタン「バラード」、ラーション「協奏曲」が収録されたこのArte Nova盤だろう。価格が安く、有名な作品が収録されていることもあって、よく出回っている盤のようだ。入手し、演奏を聴いてたまげた方も多いのではないだろうか。いや、決して演奏が悪いというわけではないのだが、いわゆる"華麗なフランス流派の演奏"を期待して聴き始めると、面食らうこと請け合いなのだ。
この理由はこれまでにも何度かこのブログで取り上げたとおり。例えば音色については、選択しているマウスピースに多くの要因がある。
http://kurisaxo.blogspot.jp/2007/12/blog-post_08.html
http://kurisaxo.blogspot.jp/2011/10/blog-post_27.html
ケリー氏を始めとするラッシャー派の演奏は、フレージング・センス(ここで"センス"という言葉を、"耳あたりの良い"という意味で使う)という点で言えば、残念ながらフレンチ・スタイルと比較し、受け入れられにくいと言えるだろう。音色に関しても、ヴィンテージ楽器、そしてチェンバーが広いマウスピースを使うことにより、ややこもり気味で落ち着いた(悪く言えば地味な)ものだ。しかし、聴きこんでいく中で不思議とその演奏に魅力を感じ始めるのだから、不思議である。一聴してこもり気味だと思われた音色は、様々な録音を収集する中で、とんでもなく純度の高い音色だということを気づく。無菌室で培養したような、ノイズを取り去った音色、そして、発音のクリアさや一音一音のとんでもない安定さに驚嘆する。バロック作品における見事な演奏、現代作品への積極的な取り組みなども、高く評価されるべきである。
マイケル・シーゲル著「サキソフォン物語」に、ケリー氏のインタビューが掲載されている。ケリー氏が、クラシック・サクソフォンというものをどのように捉えていたかがよく分かるコメントだ。
「わたしの上級セミナーに学生がはいると、楽句を演奏することも、その作品を自分の音楽体験にすることも、自分の体験を聴衆に伝えることも知らない。それで、どんな作曲家を知っているかときいてみる。『ブラームスは』『いいえ』『シューベルトは』『え、だれです』これが音楽院に通うサキソフォン奏者だ。サキソフォン奏者はほかのサキソフォン奏者に影響されたり、手本を求めたりするが、とんでもない間違いでね。だれかが演奏するとき聴きたいのは西洋音楽の曲の来歴であって、サキソフォン奏者の来歴ではない」
ラッシャー氏はもちろん、このたび鬼籍へと入ったケリー氏も、クラシック・サクソフォンを、真のクラシック楽器として世間に認めさせようとしていた。サクソフォンがサクソフォンの中で留まらず、外の世界へ飛び出し、認めてもらうための、彼らなりのアプローチを試行錯誤・理論構築し、演奏・指導に邁進していた。サクソフォン界はまたひとり、一流の奏者を失ってしまったのだ。
追悼の意味を込めて、YouTube上の映像をご紹介。ミヒャエル・デンホフ Michael Denhoffの「Gegen-Satze」である。ソプラノ:カリーナ・ラッシャー、アルト:ジョン=エドワルド・ケリー、テナー:ブルース・ワインバーガー、バリトン:リンダ・バングスという、超大御所メンバー(シガード・ラッシャーが抜けた後のメンバー構成)。
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