フレデリック・ヘムケ氏が、アメリカの作曲家Anthony Donato「Discourse II」という作品を演奏したライヴ録音を見つけた。ピアノはMilton Granger氏で、有名なLP「The American Saxophone」や「The Music for Tenor Saxophone」でもヘムケ氏との共演歴がある。
https://archive.org/details/cd_music-of-anthony-donato-vol-5_anthony-donato/disc1/
Anthony Donato氏、という名は知らなかったが、どうやらノースウェスタン大学で要職に就いていたことが以下の経歴からは読み取ることができる。ヘムケ氏との関係性も、その中で生まれたのだろう。
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アンソニー・ドナートは、1909年3月8日にネブラスカ州プラハ生まれ。イーストマン音楽学校で音楽学士(1931年)、音楽修士(1937年)、音楽博士(1947年)の学位を取得した。1931年から1937年まで、ドラーク大学でヴァイオリン科のヘッドを務め、オーケストラも指揮した。また、1937年から1939年までアイオワ州立教員養成大学、1939年から1946年までテキサス大学でヴァイオリン科のヘッドを務め、テキサス大学では作曲も教えた。1947年、ドナートは音楽の准教授としてノースウェスタン大学に着任。1950年、理論と作曲の教授に就任。1976年、名誉教授となった。
1947年から1958年、および1961年には、大学室内管弦楽団の指揮者も務めた。ドナートはフルブライト研究員で、1951年から1952年にかけてイギリスのバーミンガム大学で現代アメリカの音楽作曲について講義するなどした。また、ハンティントン・ハートフォード財団研究員でもあり、1961年の夏には音楽作曲の研究を進めた。
ドナートの演奏キャリアとしては、1927年から1931年にかけてロチェスター・フィルハーモニー管弦楽団、1929年から1931年にかけてホフシュタイン四重奏団のメンバーとしての活動が有名。また、1929年から1937年にかけては、多くのラジオ局で生演奏を行ったが、四重奏団の指揮と演奏も行った。ドナートは、ソリストとして、また米国各地で演奏する様々な室内楽団体のメンバーとして数多く出演した。作曲家としての活動も目覚ましく、オーケストラ、バンド、合唱、オペラ、様々な室内楽の組み合わせ、ピアノ、オルガン、独唱、ピアノを含む様々な楽器のための作品を作曲した。
ドナートと伴奏者のキャロリン・スコットは、1931年12月30日に結婚した。 1990年10月29日、ドナートはフロリダ州ブレーデントンの自宅近くの介護施設で亡くなった。
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以下の写真は、当時のプログラム。この作品よりもむしろ、同時に演奏されたデザンクロやフサの作品などが気になるが、それらの録音は見つけられなかった。