2012年のドゥラングル教授の演奏会プログラム冊子には、次のような一文が書かれている:「アルシア・コント率いるチームがIRCAMで2011年に開発したアンテスコフォというシステムによってコンピュータが調和的に人間の演奏家と対話することが可能となった(要約)」。アンテスコフォによって、演奏形態に何らかのブレイクスルーが起こったことがわかる。つまり、2007年当時は、人の手(演奏者もしくはオペレーター)でサクソフォンの生演奏とエレクトロニクスパートの同期を図っていたのだが、2012年の再演時は同期が自動化されていたと推測できる。
ではそのアンテスコフォ Antescofoとは何なのか。簡単に言えば、コンピュータが演奏者が奏でる音のピッチとテンポを正確に追うことができるシステムだ。これまで、エレクトロニクス作品の演奏といえば、テープやクリック音を聴きながら演奏者がそれに生演奏を合わせこんでいったり、演奏者がペダリングによりエレクトロニクスパートを進める、といったオペレーションが必須であった。この考え方を根本的に変えるシステムが、このアンテスコフォである。事前に楽譜をアンテスコフォに記憶させ、楽譜のタイミングに応じて様々なアクションや調整を登録しておけば、演奏者の状況に応じて様々なアクションを起こさせることが可能になる、ということだ。また、単音を追っていくだけではなく、ポリフォニックな楽譜も追うことができるというから驚き。
これまで、エレクトロニクス作品の演奏における主従関係は、基本的にコンピュータが主、演奏者が従、というのが常だったが、それがこのシステムによってひっくり返るということ。
プラットフォームはMaxないしPureData。楽譜の入力はMidiないしMusicXML。楽譜に応じたアクションを、AscoEditorやAscoGraphなる専用ツールで入力してく、というワークフローモデルのようだ。非常に興味深いのは、トリガだけではなく、時間経過(スコア上の経過)とともに、時間経過で連続的に変化する「グラフ」を描くことができる、ということ。スコアの時間経過とともに、変調のためのパラメータを徐々に変えていく、という芸当は、これまでは演奏者が一人では決して実現できなかったものだが、それが実現できるようになるということだ。
極端な例だが、このシステムを使えば「私ではなく、風が…」を、マイク1本、コンピュータ1台、スピーカー1台、演奏者1人で演奏することも可能なのだろう。この曲、アンプリファイとエコーの、時間経過に伴う変化が要求されており、本来は個別の機能を持つ2本のマイク間を、サクソフォン奏者が楽器の位置を能動的に変えていく必要があるのだが、一本のマイクからの入力に適用するエフェクトを、スコア上の時間変化に伴って変化させる…という、そんなシステムが実現できそうだ。
ちなみに、アンテスコフォについて調べていると、以下のような文言も見つけることができる。アルシア・コントとマルコ・ストロッパが、まさに「Of Silence...」のために開発したシステム、ということのようだ。2007年当時の演奏の一部にはすでにプロトタイピングと思われるものが利用されており、「Of Silence...」その後、様々な音楽家や技術者の手によってブラッシュアップが図られていたことがわかる。
Antescofo was born out of a collaboration a researcher¥ (Arshia Cont), a composer (Marco Stroppa), and saxophonist Claude Delangle for the world premier of ... of Silence in late 2007. Antescofo is particularly grateful to composer Marco Stroppa, the main motivation behind its existence and his continuous and generous intellectual support. Since 2007, many composers and computer musicians have joined the active camp to whom Antescofo is always grateful: Pierre Boulez, Philippe Manoury, Gilbert Nouno, Serge Lemouton, Larry Nelson, and others… .
プログラムとドキュメント一式は、Ircamのウェブサイトから無料で入手可能。興味のある方は試してみてはいかがだろうか。まさに夢のようなシステムだが、実際の追従性や、スコアの複雑度、他声部への対応度、必要スペックはどんなものなのだろう。デモの演奏をYouTubeで観ると、かなり複雑な楽譜にも対応できているように見受けられるし、実際私が観た「Of Silence...」での演奏も、追従度は見事なものだった。何年かしたら、広く皆が使うようになっているかもしれない。
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