2009/05/22
似ている
ラーションの「協奏曲(1934)」と、フォン=コックの「協奏曲(1976)」の、それぞれの第1楽章ってずいぶん似ているなあ…と、それぞれのオーケストラスコアをつき合せながら眺めている。拍子(2/2)、導入部分、第1主題の音形、途中から三連符ベースの音運びになるところ、第2主題の音形、フラジオの決め場、カデンツァの音要素、等々。面白いなあ。
両方ともラッシャーに捧げられており、フォン=コックがラーションの協奏曲を耳にした可能性は、大いにありうるだろう。ここまで似ていると、もしかして「第1楽章に関しては、ラーションへのオマージュとして作曲した」とかだったらステキですな。
2009/05/19
The Saxophone Symposium Vol.32
North American Saxophone Allianceの、Saxophone Symposium 2008年シーズンの論文誌?が届いた。特に2つの大きな論文が収録されていて、以下のようなタイトルであった。これってe会員でも届くんだな…。知らなかった。
Jamie Belling:
Preventative Maintenance in Saxophone Performance using Alexander Technique and Body Mapping
Eric M.Nestler:
Analytical Considerations in the Preparation for Performance of Marilyn Shrude's Renewing the Myth
それぞれの記事の内容はタイトルどおり。一つ目はアレクサンダー・テクニックと演奏の関係を描いたもので、もうひとつは言わずと知れたシュリュードの名曲、「Renewing the Myth」の分析。二つ目の論文は、譜例が多く載っていて、演奏を聴きながら読んでみると面白そうだ。[根音, 増一度, 増四度]トライアドの組み合わせ例で、イィンドジフ・フェルド「四重奏曲」の冒頭が引用されており、ちょっと面白かった。
2009/05/17
テッセラの春2009第一夜
【テッセラの春・第4回音楽祭"新しい耳"】
出演:原田敬子(navigation & program construction)、大宅裕、廻由美子(以上pf.)、鈴木俊哉(rec.)、菊地奈緒子(筝)、富永佐恵子(vc.)、中澤沙央里(vn.)
日時:2009年5月15日(金)19:00開演
会場:サロン・テッセラ(三軒茶屋)
プログラム:
S.シャリーノ - フェニキアのイメージ(rec.)
J.ケージ - トイ・ピアノのための組曲(toy pf.)
原田敬子 - 零刻(rec., 筝)
原田敬子 - NACH BACH(pf.)
Y.イサン - ピアノ三重奏曲(vn., vc., pf.)
G.ウストヴォルスカヤ - ピアノソナタ第5番(pf.)
A.ベルク - ここに平和が(vn., vc., pf., synth.)
2日経った今でもまだ消化しきれていないぐらいだ。廻氏と原田氏の、面白みあるトークを挟みながら、およそ2時間半の長きに渡ったコンサートは、なかなかに強烈な印象を残した。
まさに「眼前」で演奏され、リコーダーのパルスがざくざくと突き刺さったシャリーノ作品、ケージのトイピアノの組曲はけっこう好きな曲だったのだが、たどたどしくドレミファ…と弾き始めた子供が、数分のうちに名ピアニストへと変化していくような、そんな面白さを味わった。大宅氏のピアノの、実に遊び心溢れること!原田敬子氏の作品は「NACH BACH」が面白かった!24曲の平均律クラーヴィア曲集を題材として、驚くほどに多面的な技法を使いながら展開される各曲に、実にわくわくさせられること!
休憩を挟んだ後半は、さらにグレードアップして、ユン・イサンのピアノ三重奏曲に引き続いて、ウストヴォルスカヤ!全10楽章構成の、これもまたびっくりなソナタだった。初めて聴いたので表面的なものにばかりびっくりしていたのだが、これはかなり名曲かも!ぜひ聴きこんでみたい。主題を追いきれなかったのが悔やまれる…。ベルクの「ここに平和が」室内楽版は、実に感動的で、たった4人の身体から紡ぎ出される音楽が、どこまでも広がっていくような感覚を受けた。
すばらしかったなあ。昨日、今日と音楽祭は続き、今日はメシアンをやったようだが、こちらも聴きに行きたかった。
2009/05/12
記事書き
今年もサクソフォーン協会の協会誌用に記事を書いている。ネタは、これまでもブログに書き散らしている内容からピックアップしたため、ブログ読んでくださっている方には新鮮味がないかも(笑)。
それでも、新たに書き下ろした部分が30%くらいあるほか、すでにブログで紹介した内容についても、全面的に校閲を行っている。
2009/05/09
マタイ受難曲@ラ・フォル・ジュルネ
もう数日前のこととなってしまったが、ミシェル・コルボ指揮ローザンヌ声楽・器楽アンサンブルの演奏による「マタイ受難曲」をラ・フォル・ジュルネで聴いてきた。気付いたときにはチケットなど取れない状況だったのだが、たまたま行
けなくなった方からチケットを譲ってもらったのだ。当日は大雨。毎年のフェスティバルではにぎやかな屋外が、このときばかりは雨の音ばかりが響いていた。
会場は5000席のホールA。恥ずかしながら、「マタイ受難曲」を全曲通して一気に聴くのは初めてだったのだが、ちょっと言葉では言い表せない感動を覚えた。なんとなく普通の「マタイ」の演奏って、特に合唱部分はかなり威勢の良いイメージばかりがあったのだが、すべての音を両手の掌の中でそっと暖めていく、そんな音楽だった。実演と録音の違い?いや、それだけではないだろう。
対訳を手元に置きながら鑑賞していたが、得に後半の畳み掛けるような悲痛さ、そして最後の崇高な結末は、実に深く胸を打つことだ。想像を絶する美しい音楽と、目先にとらわれずに達観したような演奏…これ以上なにが必要だろうか。
2009/05/08
オルブライト「ソナタ」の第2楽章
コメントたくさん頂戴しているようですが、お返事できなくてすみません。PCをインターネットに繋げた折には、最優先で返信いたします。
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ウィリアム・オルブライトの「ソナタ」を聴いている。楽章構成や楽曲のスタイルから、(日本で演奏機会の多いフランス産楽曲と同様)およそ新古典主義的なものを感じる。国内での演奏機会がほとんどないのはなぜだろう。アメリカでは、ABCD(※)と同列に並べられているくらいなのに。
※A…オルブライト「ソナタ」、B…ベリオ「セクエンツァ9b」、C…クレストン「ソナタ」、D…デニゾフ「ソナタ」
第2楽章の、求心力って言えば良いのだろうか、この胸をかきむしるような悲痛なシャコンヌが素敵ですね。副題に"A Lament for George Cacioppo"とあるが、このCacioppoという人は、オルブライトも参加していた作曲家グループ"ONCE"の、創設者のひとりだそうだ。バロック時代のシャコンヌのスタイルで、淡々と奏でられてゆく旋律は、聴き手の耳を捉えて離さない。
2009/05/02
引越しほぼ完了
仮住まいから、ようやくアパートへ引越し!東京都民となった。住まいは東急多摩川線沿いで、落ち着いた雰囲気や各所へのアクセスの良さが気に入っている。午後から作業を始めて、母に手伝ってもらいながら16時ころにはほぼ部屋が出来上がった。
実家に置いてあったCDと、久々に再会(笑)イヤフォンでなくスピーカーを通してCDを聴くのも久々だなあ。今は、MA Ensembleの演奏で、「月に憑かれたピエロ」を聴いている。おーっと、次はクリカン・ラーションの自作だ。
あとは、冷蔵庫・洗濯機の購入に加え、インターネットの開通を急がねば…。ネットに繋がっていないパソコンほど、役に立たないものはない。