ブログ一周年記念企画として、バッハの「無伴奏フルートのためのパルティータBWV1013」をBbサクソフォンへと移調&浄書&公開した。ネットでフルート譜を探し、昨晩モタモタと数時間かけて入力を行っていたのだ。楽譜は[kuri_saxoのトップページ]→[サクソフォン楽譜のページ]と辿ってダウンロードしてください。自由に演奏などに使っていただいても良いです(むしろ嬉しいです)。音ミスなどありましたら指摘をお願いします。
入力しながら、別世界に飲み込まれていくようだった。たった一本の楽器から立ち上がる、無限に広がるバッハの宇宙。うーん、やはりバッハは一筋縄ではいかない。演奏してみたいけれど、ちょっと自分には技術的にも音楽的にも難しすぎるかなあ。
サクソフォンでの演奏は、リヨン音楽院教授ジャン=ドニ・ミシャ Jean-Denis Michat氏によるものが最高。おそらく音楽学者としての徹底したアナリーゼに裏付けられたのではないかとも思える、隅々に渡ったみずみずしい解釈と、ありえないほどのスーパーテクニックが聴きもの。
2007/11/30
Nicolai Kapustin「Toccata」 on YouTube
今日の記事は、サックスっぽさは希薄。クラシックのピアノ曲作曲家の中でも、私が特に好きなのが、ニコライ・カプースチン Nicolai Kapustinだ。大学の同期でピアノ愛好会のO氏に、はじめてその演奏を聴かせてもらったときは、大変な衝撃を受けたものだ(余りにショックで、その日だけはCDを聴き通すためにサークルを欠席したのを覚えている)。
当時閉鎖的だったソ連に生まれ、音楽家としての活動を続ける中で西側のラジオを受信しコピーするということにより、主にヨーロッパのジャズから影響を受けながら、作品のなかに独自の様式感を確立した。冷戦時代はその活動は国内に限定されており、カプースチンの活動を知るものは少なくなったが、今となっては、旧ソ連を代表する作曲家の一人と挙げても良いのではないだろうか。日本では21世紀に入ってから急速に認知されるようになった感がある。それは主に、このサイトの影響によるところが大きかったりする。自身が卓越したピアニストでもあり、いくつかのレーベルから発売されているCDでは、自作自演の演奏を聴くこともできる。オススメは、「8つの音楽的エチュード」など。
今回紹介する動画は、そのカプースチンが1964年に何かの映画に作曲家兼ピアニストとして出演した際の動画。曲はピアノとジャズオーケストラのための「Toccata op.8」。演奏はオレグ・ルンドストレーム・オーケストラ(当時カプースチンは同オーケストラのピアニストだった)。編成としてはジャズオーケストラのための作品ではあるが、れっきとしたクラシック作品。すべて記譜にそって演奏されている。
ご覧の通り、よもやソ連発とは思えないほど(?)の"すーぱーすぺしゃる"な動画である。かっくいーっ(o>▽<)oこのころはまだ社会主義も元気だったのだなあ。映像は全編に渡り何だかずいぶんシュールだが、カプースチンの超絶技巧は冴え渡り、バックのオーケストラのアンサンブルも凄い。サックスは…なんだかずいぶん旧タイプの楽器だが(アルトはベル部分のホールが、逆側についているぞ)、どこのメーカー製なのだろうか。
----------
ソ連のサクソフォン界の発展って、気になる。有名な奏者と言えば、ソビエト文化省交響楽団のクラリネット奏者としても有名なレヴ・ミハイロフ、ジャズ奏者としての活躍が目覚しいアレクサンダー・オセイチュク、グネーシン音楽大学のマルガリータ・シャポシュニコワといった名前が挙がるが、基本的に不遇の時代を送ったのであろうことが伺える。こんなキラキラして甘い音色の楽器だもの、ブルジョワーのための楽器だ、とか言われそうじゃないか。だが、たとえばサンジュレの「四重奏曲第一番」などはソ連のとある軍楽隊の倉庫から発掘された、という逸話があるなど、興味深い事柄もある。
いつだったっけなあ、パイパーズを立ち読みしたときに、旧ソ連圏~ロシアでのクラシック・サックス事情についてとーっても詳しく書いてあった記事があったんだよなあ。買っておけばよかった、といまさら後悔。ソ連、というかロシアには四重奏団が一つしかないよ、とか面白いことがたくさん書いてあった気がするのだが。何だか話が逸れてきたので、この辺で。
…ああ、これか。
http://www.pipers.co.jp/pipers/300-309/301.htm
当時閉鎖的だったソ連に生まれ、音楽家としての活動を続ける中で西側のラジオを受信しコピーするということにより、主にヨーロッパのジャズから影響を受けながら、作品のなかに独自の様式感を確立した。冷戦時代はその活動は国内に限定されており、カプースチンの活動を知るものは少なくなったが、今となっては、旧ソ連を代表する作曲家の一人と挙げても良いのではないだろうか。日本では21世紀に入ってから急速に認知されるようになった感がある。それは主に、このサイトの影響によるところが大きかったりする。自身が卓越したピアニストでもあり、いくつかのレーベルから発売されているCDでは、自作自演の演奏を聴くこともできる。オススメは、「8つの音楽的エチュード」など。
今回紹介する動画は、そのカプースチンが1964年に何かの映画に作曲家兼ピアニストとして出演した際の動画。曲はピアノとジャズオーケストラのための「Toccata op.8」。演奏はオレグ・ルンドストレーム・オーケストラ(当時カプースチンは同オーケストラのピアニストだった)。編成としてはジャズオーケストラのための作品ではあるが、れっきとしたクラシック作品。すべて記譜にそって演奏されている。
ご覧の通り、よもやソ連発とは思えないほど(?)の"すーぱーすぺしゃる"な動画である。かっくいーっ(o>▽<)oこのころはまだ社会主義も元気だったのだなあ。映像は全編に渡り何だかずいぶんシュールだが、カプースチンの超絶技巧は冴え渡り、バックのオーケストラのアンサンブルも凄い。サックスは…なんだかずいぶん旧タイプの楽器だが(アルトはベル部分のホールが、逆側についているぞ)、どこのメーカー製なのだろうか。
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ソ連のサクソフォン界の発展って、気になる。有名な奏者と言えば、ソビエト文化省交響楽団のクラリネット奏者としても有名なレヴ・ミハイロフ、ジャズ奏者としての活躍が目覚しいアレクサンダー・オセイチュク、グネーシン音楽大学のマルガリータ・シャポシュニコワといった名前が挙がるが、基本的に不遇の時代を送ったのであろうことが伺える。こんなキラキラして甘い音色の楽器だもの、ブルジョワーのための楽器だ、とか言われそうじゃないか。だが、たとえばサンジュレの「四重奏曲第一番」などはソ連のとある軍楽隊の倉庫から発掘された、という逸話があるなど、興味深い事柄もある。
いつだったっけなあ、パイパーズを立ち読みしたときに、旧ソ連圏~ロシアでのクラシック・サックス事情についてとーっても詳しく書いてあった記事があったんだよなあ。買っておけばよかった、といまさら後悔。ソ連、というかロシアには四重奏団が一つしかないよ、とか面白いことがたくさん書いてあった気がするのだが。何だか話が逸れてきたので、この辺で。
…ああ、これか。
http://www.pipers.co.jp/pipers/300-309/301.htm
2007/11/28
ブログ化一周年
ウェブページkuri_saxoのコンテンツ「ダイアリー」をブログに移行してから、11/21をもって一年が経過いたしました。駄文を書き散らしているだけのブログですが、読んでくださっている方、感謝申し上げます。裏でカウンタ(Google Analytics)を設置しているのですが、皆様の訪問によるカウントアップこそが更新のパワーとなっています。
初期のころはせいぜい一日あたり20~30セッション程度の訪問数だった本ブログですが、最近では国内&海外より一日あたり150~190セッションの訪問を頂いています。一年間の累計セッション数は33,000、ページビュー数はおよそ53,000であったとの事です(どちらかというと少ない部類に入る…のでしょうが、素直にうれしいです)。
今後とも、主に"マイナー、しかし広く知られて欲しいサックスネタを掘り起こすこと"に重点を置きながら、更新を続けてまいりたいと思います。また、何か取り上げて欲しいネタ&タレこみなどありましたら、メールやコメントなどでお知らせいただければ幸いです。それでは、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
…需要の小ささはわかっているつもりです(笑)
2007/11/28
kuri
メール:kuri_saxo@yahoo.co.jp
ウェブ:http://www.geocities.jp/kuri_saxo/
初期のころはせいぜい一日あたり20~30セッション程度の訪問数だった本ブログですが、最近では国内&海外より一日あたり150~190セッションの訪問を頂いています。一年間の累計セッション数は33,000、ページビュー数はおよそ53,000であったとの事です(どちらかというと少ない部類に入る…のでしょうが、素直にうれしいです)。
今後とも、主に"マイナー、しかし広く知られて欲しいサックスネタを掘り起こすこと"に重点を置きながら、更新を続けてまいりたいと思います。また、何か取り上げて欲しいネタ&タレこみなどありましたら、メールやコメントなどでお知らせいただければ幸いです。それでは、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
…需要の小ささはわかっているつもりです(笑)
2007/11/28
kuri
メール:kuri_saxo@yahoo.co.jp
ウェブ:http://www.geocities.jp/kuri_saxo/
2007/11/27
Saxopet!(雲井雅人&神代修&藤井一興)
日曜に渋谷のタワレコで捕獲してきたCD。かねてより楽しみにしていた雲井雅人氏の新譜で、なんと「サクソフォンとトランペットとピアノのための作品集」という、ありそうでない編成のアルバム。参加ミュージシャンは、雲井雅人氏に加え、トランペット神代修氏、ピアノ藤井一興氏&徳永洋明氏という、超豪華布陣。収録曲は、この編成での最重要レパートリーとも言えるリヴィエ、徳永洋明氏の新作、伊藤康英先生の作品を編曲したもの他…面白くないはずがない。
ところでこのアルバム、私にとっては驚くべき特徴を持つのだ。私…というより、大学時代の吹奏楽団の関係者にとって、かな。
・収録場所はなんとノバホール。
・「木星のファンタジー」入曲。
内輪ネタで申し訳ないが、アルバムが持つこの2つの特徴によって、すでに私としては冷静にレビューすることができない。いや、今まで書いた記事だって冷静であるはずがないが。だってノバホールで「木星のファンタジー」ですよ!吹奏楽団に在籍していたころ、まさに「ノバホールで『木星のファンタジー』」を演奏したのだ!私は指揮を振っていた…。それだけではなく、私にとってはこの曲、いろんな場面で演奏した大切な作品なのだ。四重奏でも演奏したことがあるし、新潟でも演奏したことがあるし(そのときは指揮ではなくサックス)…ああ、もう思い出がとめどなく溢れてきてしまう。…なんか文章が支離滅裂になってきた。
Saxopet!(Cryston OVCC-00048)
・リヴィエ「二重協奏曲」
・タネーエフ「コン・フォーコ」
・徳永洋明「海からの手紙」
・伊藤康英「木星のファンタジー」「チョコレート・ダモーレ」「オード」
・ケンツビッチ「黄昏」
笑い話を一つ書いておくならば、ケンツビッチさんをドイツの作曲家と思い込んで、さらに「黄昏」をオリジナルの作品であると思い込んで「Comprehensive Guide to the Saxophone Repertoire 1844-2003」をひいたということ…内緒にしておいて下され。知らなかったんだってば。
さて、そんなわけで、早速「木星のファンタジー」から聴き始めてしまったのだが、もう涙ちょちょ切れ。藤井氏のまるで幻想世界から紡ぎだされるかのようなピアノと、雲井氏の変幻自在なサックス…今に始まったことではないが、相変わらず音色が素敵すぎる。神代修氏の柔らかくよく響くフリューゲルの音。これはぜひつくばの吹奏楽団の人たちに聴いてもらいたいっ。ノバホールということで録音状態を心配もしていたが(吹奏楽団の本番で何度も苦しめられた)、杞憂に終わった。
ところで伊藤康英先生がこのメロディに目を付けたのは、平原綾香よりも早い1999年のことだったと言うが、まことに素晴らしい着眼点であったと感じる。しかも単純な再構成ではなく、主メロディがいったん落ち着いた後に、少しの間をおいて転調する、という仕掛けがとってもにくい。転調後のメロディは雲井氏が吹いているが、アウフタクトで入ってきた瞬間に鳥肌が立った。続く中間部でのノリもかっこよく、最初のスタイルが回帰した後の、最後のコーダもやや陰りが見える音色に変化していて、しっとりと美しい…。そんな気分のままほんのり温かい「チョコレート・ダモーレ」が始まるもんだから、涙腺も緩くなりますって。
良いなぁ、これ。そのうちmixi日記にもそのうち書くか。特につくばの関係者に聴いて欲しいからな。
…以上、なんだかマトモに記事を書ける状態じゃないので、後日もしかしたら追記するかもしれません。このままかもしれませんが。というわけで、Thunderさんとmckenさんによる、こちらのレビューをぜひお読みください(と、誘導してみる)。
Thunderさんのブログ記事
「SAXOPET」
mckenさんのブログ記事
「サクソフォンとトランペット、そしてピアノのトリオ」
mckenさんの「Fantastic Classical Saxophone」上のページ
「雲井雅人氏のCDレビューページ」
----------
(追記)
東京西新宿のドルチェ楽器で、リリース記念コンサートがあるそうだ。京青さん、情報ありがとうございます。
・神代+雲井CD「SAXOPET!」リリース記念コンサート
日時&場所:2008/2/2(土)15:00 ドルチェ楽器東京内アーティストサロンDolce
入場料:一般3000円 DMC会員2500円(当日成算は各500円増し)
問い合わせ:
03-5909-1771(ドルチェ楽器東京金管ブース)
…ということで、メインの取り扱いはおなじみのサックスブースではなく、金管ブースでの取り扱いになるとの事。年末、実家に帰るときに買っていこうっと。
ところでこのアルバム、私にとっては驚くべき特徴を持つのだ。私…というより、大学時代の吹奏楽団の関係者にとって、かな。
・収録場所はなんとノバホール。
・「木星のファンタジー」入曲。
内輪ネタで申し訳ないが、アルバムが持つこの2つの特徴によって、すでに私としては冷静にレビューすることができない。いや、今まで書いた記事だって冷静であるはずがないが。だってノバホールで「木星のファンタジー」ですよ!吹奏楽団に在籍していたころ、まさに「ノバホールで『木星のファンタジー』」を演奏したのだ!私は指揮を振っていた…。それだけではなく、私にとってはこの曲、いろんな場面で演奏した大切な作品なのだ。四重奏でも演奏したことがあるし、新潟でも演奏したことがあるし(そのときは指揮ではなくサックス)…ああ、もう思い出がとめどなく溢れてきてしまう。…なんか文章が支離滅裂になってきた。
Saxopet!(Cryston OVCC-00048)
・リヴィエ「二重協奏曲」
・タネーエフ「コン・フォーコ」
・徳永洋明「海からの手紙」
・伊藤康英「木星のファンタジー」「チョコレート・ダモーレ」「オード」
・ケンツビッチ「黄昏」
笑い話を一つ書いておくならば、ケンツビッチさんをドイツの作曲家と思い込んで、さらに「黄昏」をオリジナルの作品であると思い込んで「Comprehensive Guide to the Saxophone Repertoire 1844-2003」をひいたということ…内緒にしておいて下され。知らなかったんだってば。
さて、そんなわけで、早速「木星のファンタジー」から聴き始めてしまったのだが、もう涙ちょちょ切れ。藤井氏のまるで幻想世界から紡ぎだされるかのようなピアノと、雲井氏の変幻自在なサックス…今に始まったことではないが、相変わらず音色が素敵すぎる。神代修氏の柔らかくよく響くフリューゲルの音。これはぜひつくばの吹奏楽団の人たちに聴いてもらいたいっ。ノバホールということで録音状態を心配もしていたが(吹奏楽団の本番で何度も苦しめられた)、杞憂に終わった。
ところで伊藤康英先生がこのメロディに目を付けたのは、平原綾香よりも早い1999年のことだったと言うが、まことに素晴らしい着眼点であったと感じる。しかも単純な再構成ではなく、主メロディがいったん落ち着いた後に、少しの間をおいて転調する、という仕掛けがとってもにくい。転調後のメロディは雲井氏が吹いているが、アウフタクトで入ってきた瞬間に鳥肌が立った。続く中間部でのノリもかっこよく、最初のスタイルが回帰した後の、最後のコーダもやや陰りが見える音色に変化していて、しっとりと美しい…。そんな気分のままほんのり温かい「チョコレート・ダモーレ」が始まるもんだから、涙腺も緩くなりますって。
良いなぁ、これ。そのうちmixi日記にもそのうち書くか。特につくばの関係者に聴いて欲しいからな。
…以上、なんだかマトモに記事を書ける状態じゃないので、後日もしかしたら追記するかもしれません。このままかもしれませんが。というわけで、Thunderさんとmckenさんによる、こちらのレビューをぜひお読みください(と、誘導してみる)。
Thunderさんのブログ記事
「SAXOPET」
mckenさんのブログ記事
「サクソフォンとトランペット、そしてピアノのトリオ」
mckenさんの「Fantastic Classical Saxophone」上のページ
「雲井雅人氏のCDレビューページ」
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(追記)
東京西新宿のドルチェ楽器で、リリース記念コンサートがあるそうだ。京青さん、情報ありがとうございます。
・神代+雲井CD「SAXOPET!」リリース記念コンサート
日時&場所:2008/2/2(土)15:00 ドルチェ楽器東京内アーティストサロンDolce
入場料:一般3000円 DMC会員2500円(当日成算は各500円増し)
問い合わせ:
03-5909-1771(ドルチェ楽器東京金管ブース)
…ということで、メインの取り扱いはおなじみのサックスブースではなく、金管ブースでの取り扱いになるとの事。年末、実家に帰るときに買っていこうっと。
2007/11/26
ドゥラングル教授の印象
まだまだ日本を横断してのレクチャーコンサートなどは続くが、ドゥラングル教授に対する印象の変化のことを、ちょこっと書き留めておきたい。「変化」というのは、今までCDでしか触れたことのなかったドゥラングル教授というサクソフォニストに、今回生で触れることにより変わった、自分の中での氏の捉え方…というようなニュアンス。
・演奏に関して
今まで:とにかく正確無比に、どこまでも管理しつくされた演奏をする印象ばかりが先行していた。「Solitary Saxophone(BIS)」を聴いてみても解るとおり、すでに人間を超越したようなテクニックと、どこまでも純粋な音色、そしてフレーズの歌い方は美しいがやや希薄…といったイメージ。前衛の闘士!といった感じ(若き日のブーレーズみたいな)。
今回聴いて:昨日、間近でドゥラングル教授の音を浴びたが、意外なまでに濃厚な歌い上げをすることに驚いた。細かなアゴーギクやアーティキュレーションの変化に重点を置いた演奏、といったところは、自分にとっては意外だった(CDというメディアに記録される音の限界なのかもしれないが)。7月にジェローム・ララン氏の「PCF」の演奏を聴いて、「ドゥラングル教授門下らしからぬ濃厚でロマンティックな歌い方」と書いたのだが、実は教授自身の演奏こそがその歌い方の極値であり、手本であったのだった。「セクエンツァVIIb」の捉え方…まさか正確さと同じくらい歌の要素が重要だ、なんて言葉がドゥラングル教授の口から聞けるとは思わなかった。←どこまで固定観念に染まっているんだよ、って話もあるが。
また、静岡のあの演奏会で「Mixtion」を聴いているときに、まるで機械的に演奏をすると思われていたドゥラングル教授がみせた、一瞬のスキが忘れられない(具体的に「Mixtion」演奏中の何々によって、というのは、曲を知っている方の中にはわかった方もいらっしゃるかもしれないが、一応伏せておこう)。そんなこともあり、今までよりもドゥラングル教授の人間らしさを演奏の中に見出すことができるようになった。
・人間性
今まで:気高く、気難しいイメージ。333でのレッスンは、とにかくおっそろしいと聞くけれど…ほら、ルマリエ千春さんのレッスン描写とか。
今回聞いて:「Grab It!」で見せたひょうきんさ、そして演奏会終演後に楽屋を訪ねたときに、疲れた顔一つ見せず対応してくださったことが、忘れられない。マスタークラスでの、冗談を交えながらのレッスンも、今まで抱いていたイメージとは違うものだった。もちろん演奏に対する容赦ない姿勢はまさに求道者と言うべき気高い精神を感じるが、それと同時に人間としての暖かさも印象に残ることとなった。
その他挙げていったらきりがないが、今回の来日により、さまざまに印象が変わったのは確か。しかも、ますますドゥラングル教授のことを尊敬するようになってしまったのである。自分の中では、これから先ずっと世界最高のサクソフォニストでありつづけるのだろう。
・演奏に関して
今まで:とにかく正確無比に、どこまでも管理しつくされた演奏をする印象ばかりが先行していた。「Solitary Saxophone(BIS)」を聴いてみても解るとおり、すでに人間を超越したようなテクニックと、どこまでも純粋な音色、そしてフレーズの歌い方は美しいがやや希薄…といったイメージ。前衛の闘士!といった感じ(若き日のブーレーズみたいな)。
今回聴いて:昨日、間近でドゥラングル教授の音を浴びたが、意外なまでに濃厚な歌い上げをすることに驚いた。細かなアゴーギクやアーティキュレーションの変化に重点を置いた演奏、といったところは、自分にとっては意外だった(CDというメディアに記録される音の限界なのかもしれないが)。7月にジェローム・ララン氏の「PCF」の演奏を聴いて、「ドゥラングル教授門下らしからぬ濃厚でロマンティックな歌い方」と書いたのだが、実は教授自身の演奏こそがその歌い方の極値であり、手本であったのだった。「セクエンツァVIIb」の捉え方…まさか正確さと同じくらい歌の要素が重要だ、なんて言葉がドゥラングル教授の口から聞けるとは思わなかった。←どこまで固定観念に染まっているんだよ、って話もあるが。
また、静岡のあの演奏会で「Mixtion」を聴いているときに、まるで機械的に演奏をすると思われていたドゥラングル教授がみせた、一瞬のスキが忘れられない(具体的に「Mixtion」演奏中の何々によって、というのは、曲を知っている方の中にはわかった方もいらっしゃるかもしれないが、一応伏せておこう)。そんなこともあり、今までよりもドゥラングル教授の人間らしさを演奏の中に見出すことができるようになった。
・人間性
今まで:気高く、気難しいイメージ。333でのレッスンは、とにかくおっそろしいと聞くけれど…ほら、ルマリエ千春さんのレッスン描写とか。
今回聞いて:「Grab It!」で見せたひょうきんさ、そして演奏会終演後に楽屋を訪ねたときに、疲れた顔一つ見せず対応してくださったことが、忘れられない。マスタークラスでの、冗談を交えながらのレッスンも、今まで抱いていたイメージとは違うものだった。もちろん演奏に対する容赦ない姿勢はまさに求道者と言うべき気高い精神を感じるが、それと同時に人間としての暖かさも印象に残ることとなった。
その他挙げていったらきりがないが、今回の来日により、さまざまに印象が変わったのは確か。しかも、ますますドゥラングル教授のことを尊敬するようになってしまったのである。自分の中では、これから先ずっと世界最高のサクソフォニストでありつづけるのだろう。
2007/11/25
クロード・ドゥラングル教授の公開レクチャー
私がこのブログでドゥラングル氏のことを取り上げるときはほとんど、名前の後に「教授」の敬称をつけるのが習慣化している。それはもちろん、クラシック・サクソフォンの演奏者としてだけでなく、教育者や研究者としてのドゥラングル氏の顔にも敬意を払っている(つもりの)ものからなのである。今日は、その一端を垣間見ることができるのだろうな、と期待しながら渋谷のアンナホールに伺った。
今回のイベントは、次のような形式で進んだ。まずはマスタークラス。東京藝大の大学院に籍を置いていらっしゃるお二方がそれぞれ、ドゥラングル教授から公開レッスンを受けるもの。続いて(やや製品プロモーションの意味合いも含むのかな、と思うが)4種のサクソフォンと4種のマウスピースを吹き分けながら、ドゥラングル教授が実際に曲を吹くというもの。以下に、それぞれの様子を書き連ねてみよう。
ちなみに公開レッスンの受講者は、伊藤あさぎさん(東京藝大大学院)と佐藤淳一さん(東京藝大大学院博士課程)。おととい静岡でお会いしたばかり、そして今日もまた、とのことで、驚いてしまった(知らなかったのだ)。ピアノは沼田良子氏。ドゥラングル教授の通訳は、フランスから一時帰国中の大石将紀さんが務めた(大石さんの通訳が、大変解りやすくすばらしかったことを付記しておく)。
会場はどえらい混み様で、うろうろしているうちにどんどん席が埋まってしまい、仕方なく2列目へ。かなり間近で音を受けることになった(結果的にこのポジショニングは良かったと、後で思ったのだが)。
伊藤あさぎさんの受講曲は、デザンクロ「PCF」。最初にピアノつきで全曲通しで演奏されていたが、さすがというか何というか、やっぱり上手いなー。小柄な外見に似合わない(?)「プレリュード」におけるロマンティックな歌い上げと、「カダンス」での貫禄と安定性、といったところが印象に残る。音色やヴィブラートのコントロールは最近の傾向に合わせて変化が少ないが、むしろそれに伴う清潔感を獲得している感じだ。ドゥラングル教授のレッスンは、主に「フィナーレ」を中心に。…マスタークラス、と言うものを今回初めて聴いたのだが、聴き方が良くわからなかったので、なんとなく周りに合わせてメモをとってみた。
・会場の小ささによる、響きの捉え方。音のコンセントレイションを、会場に合わせて的確に拡げるべき。マウスピースを咥える深さ、ピラティス(姿勢)などを変化させることによって。
・「finale」の意味。単に終曲、というだけでなく、"heroique"とか"romantique"というような意味も含む。
・「フィナーレ」冒頭部分、弱いアーティキュレーションを基準とすることで、表現の幅を拡げることができる。
・ピアノとの(強弱の面を始めとする)繊細な対話。ピアノの色の中へ潜り込んでいくようなイメージ。
ドゥラングル教授が見本を吹いてみせていたのだが、アーティキュレーションの激的な変化や、歌い方の濃厚さを聴くことができた(実はこの点、かなり意外だった)。ヴィブラート、アゴーギクの繊細な変化は、意識下でのコントロールを行っているというのか。
続いて、佐藤淳一さんの「セクエンツァVIIb」の受講(持続H音は、伊藤さんとドゥラングル教授が担当!)。佐藤さんは、サクソフォンによるベリオ演奏のスペシャリストの一人であり、最初の通し演奏のときも、曲に対する確固たるイメージを発散させている様をうかがうことができた。また、佐藤さんのスケールに対して、会場は小さかったかなとも感じたのであった(アンナホール自体もともとかなり小さいのだよなー)。ぜひ一度大きなホールで聴いてみたいな。手元のメモは、こんな感じ。
・基準となるH音の指使いの違いによる音の変化を繊細に捉えるべき。
・イタリア→オペラ→歌。そう、この作品の本質は「歌」なのです!エレガントなフレーズの捉え方を意識する。
・自由な表現、テアトル(演劇)的な表現を盛り込む。音を一つのオブジェとみなし、再発見を行う。ベリオの、まるで料理をするかのような自由な指揮から着想を得た曲の捉え方。
・高音と重音に関するフォルテは、軽く。
私自身はこの作品に対して、かなり厳格かつ機械的なイメージばかりを抱いていたのだが、ドゥラングル教授の解説によればむしろ「歌」のイメージも同じくらいに大切であるとの事。これには目からウロコ。確かにドゥラングル教授の演奏するフレーズは、まるでオペラ歌手のような跳躍としなやかな音色、といったところが強調されていた。今後、この曲に対する聴き方が変わるだろうな。
最後に話された、作品成立の経緯も、興味深いことこの上なし…オーボエとオーケストラのCheminを聴いて編曲を開始するも、あまりの難易度の高さに一度あきらめ、「Solitary Saxophone(BIS)」のレコーディングに際して再チャレンジを行い、ベリオとの共同作業を経てついに完遂したとのこと。へえー。
マスタークラス後は、ドゥラングル教授による楽器とマウスピースを変えつつのコンサート。プログラムと楽器の対応は、以下。思い出しながら書いたので、間違っているかも。
・グラズノフ「協奏曲」:シリーズ2 GL+Vandoren A17
・ブートリー「ディヴェルティメント第1楽章」:シリーズ3 GL+Vandoren AL3
・ブートリー「ディヴェルティメント第2,3楽章」:シリーズ3 GP+Vandoren A28
・ピアソラ「エスクヮロ」:Reference+A5
・ウィリアムズ「エスカペイズ」:Reference F#なし+A5
~アンコール~
・ピアソラ「オブリヴィオン」:S.Sax
演奏に関して言えば、大きなスケールとテクニックで、曲をばったばったと切り裂いていくかのよう。ドゥラングル教授、かなり細身ではあるが、生み出されるサウンドはおそろしいまでの太さ。圧倒されっぱなしだった。このすばらしい演奏で、古典とも言うべきグラズノフとブートリーを聴けたのは、幸いだった。ウィリアムズは、吹奏楽団と共にレコーディングを行ったばかりのはず。最後は、「オブリヴィオン」にてしっとりと。
楽器による音の違いだが、私はあまり耳が良くないため、ReferenceのF#ありとF#なしの違いなどはまったく解らなかったのだが、たとえばReferenceとシリーズ3 or 2の使い分けによるサウンドの違いは、かなり興味深かった。そもそも、音が聴こえてくる場所が違うのだ。シリーズ3やシリーズ2はマットのように会場へと広がる音だが、Referenceは奏者の体の中心から聴こえてくる…といった具合。面白かったなあ。
さて、今回特に感じたのが、ドゥラングル教授の耳の良さである。はっきり言って、我々素人には理解できない別次元レベルの耳を持っているようで、こまかなニュアンスの違いや音程、楽器による音色の違い…そういった繊細なものを聞き分けて、具体的な言葉として表現していたのだ。いったいどうしたらそんな耳を持つことができるんだろうな。
----------
終演後は、いろんな方にご挨拶。そういえば、大石将紀さんの「B→C」チケット、買わなければ。そして佐藤さんより、大変貴重なものをいくつか頂戴したのだが、またブログ上にてご紹介します。アクタスを出て、タワレコでようやく「SAXOPET」を捕獲。こちらに関しても、またレビューします。
今回のイベントは、次のような形式で進んだ。まずはマスタークラス。東京藝大の大学院に籍を置いていらっしゃるお二方がそれぞれ、ドゥラングル教授から公開レッスンを受けるもの。続いて(やや製品プロモーションの意味合いも含むのかな、と思うが)4種のサクソフォンと4種のマウスピースを吹き分けながら、ドゥラングル教授が実際に曲を吹くというもの。以下に、それぞれの様子を書き連ねてみよう。
ちなみに公開レッスンの受講者は、伊藤あさぎさん(東京藝大大学院)と佐藤淳一さん(東京藝大大学院博士課程)。おととい静岡でお会いしたばかり、そして今日もまた、とのことで、驚いてしまった(知らなかったのだ)。ピアノは沼田良子氏。ドゥラングル教授の通訳は、フランスから一時帰国中の大石将紀さんが務めた(大石さんの通訳が、大変解りやすくすばらしかったことを付記しておく)。
会場はどえらい混み様で、うろうろしているうちにどんどん席が埋まってしまい、仕方なく2列目へ。かなり間近で音を受けることになった(結果的にこのポジショニングは良かったと、後で思ったのだが)。
伊藤あさぎさんの受講曲は、デザンクロ「PCF」。最初にピアノつきで全曲通しで演奏されていたが、さすがというか何というか、やっぱり上手いなー。小柄な外見に似合わない(?)「プレリュード」におけるロマンティックな歌い上げと、「カダンス」での貫禄と安定性、といったところが印象に残る。音色やヴィブラートのコントロールは最近の傾向に合わせて変化が少ないが、むしろそれに伴う清潔感を獲得している感じだ。ドゥラングル教授のレッスンは、主に「フィナーレ」を中心に。…マスタークラス、と言うものを今回初めて聴いたのだが、聴き方が良くわからなかったので、なんとなく周りに合わせてメモをとってみた。
・会場の小ささによる、響きの捉え方。音のコンセントレイションを、会場に合わせて的確に拡げるべき。マウスピースを咥える深さ、ピラティス(姿勢)などを変化させることによって。
・「finale」の意味。単に終曲、というだけでなく、"heroique"とか"romantique"というような意味も含む。
・「フィナーレ」冒頭部分、弱いアーティキュレーションを基準とすることで、表現の幅を拡げることができる。
・ピアノとの(強弱の面を始めとする)繊細な対話。ピアノの色の中へ潜り込んでいくようなイメージ。
ドゥラングル教授が見本を吹いてみせていたのだが、アーティキュレーションの激的な変化や、歌い方の濃厚さを聴くことができた(実はこの点、かなり意外だった)。ヴィブラート、アゴーギクの繊細な変化は、意識下でのコントロールを行っているというのか。
続いて、佐藤淳一さんの「セクエンツァVIIb」の受講(持続H音は、伊藤さんとドゥラングル教授が担当!)。佐藤さんは、サクソフォンによるベリオ演奏のスペシャリストの一人であり、最初の通し演奏のときも、曲に対する確固たるイメージを発散させている様をうかがうことができた。また、佐藤さんのスケールに対して、会場は小さかったかなとも感じたのであった(アンナホール自体もともとかなり小さいのだよなー)。ぜひ一度大きなホールで聴いてみたいな。手元のメモは、こんな感じ。
・基準となるH音の指使いの違いによる音の変化を繊細に捉えるべき。
・イタリア→オペラ→歌。そう、この作品の本質は「歌」なのです!エレガントなフレーズの捉え方を意識する。
・自由な表現、テアトル(演劇)的な表現を盛り込む。音を一つのオブジェとみなし、再発見を行う。ベリオの、まるで料理をするかのような自由な指揮から着想を得た曲の捉え方。
・高音と重音に関するフォルテは、軽く。
私自身はこの作品に対して、かなり厳格かつ機械的なイメージばかりを抱いていたのだが、ドゥラングル教授の解説によればむしろ「歌」のイメージも同じくらいに大切であるとの事。これには目からウロコ。確かにドゥラングル教授の演奏するフレーズは、まるでオペラ歌手のような跳躍としなやかな音色、といったところが強調されていた。今後、この曲に対する聴き方が変わるだろうな。
最後に話された、作品成立の経緯も、興味深いことこの上なし…オーボエとオーケストラのCheminを聴いて編曲を開始するも、あまりの難易度の高さに一度あきらめ、「Solitary Saxophone(BIS)」のレコーディングに際して再チャレンジを行い、ベリオとの共同作業を経てついに完遂したとのこと。へえー。
マスタークラス後は、ドゥラングル教授による楽器とマウスピースを変えつつのコンサート。プログラムと楽器の対応は、以下。思い出しながら書いたので、間違っているかも。
・グラズノフ「協奏曲」:シリーズ2 GL+Vandoren A17
・ブートリー「ディヴェルティメント第1楽章」:シリーズ3 GL+Vandoren AL3
・ブートリー「ディヴェルティメント第2,3楽章」:シリーズ3 GP+Vandoren A28
・ピアソラ「エスクヮロ」:Reference+A5
・ウィリアムズ「エスカペイズ」:Reference F#なし+A5
~アンコール~
・ピアソラ「オブリヴィオン」:S.Sax
演奏に関して言えば、大きなスケールとテクニックで、曲をばったばったと切り裂いていくかのよう。ドゥラングル教授、かなり細身ではあるが、生み出されるサウンドはおそろしいまでの太さ。圧倒されっぱなしだった。このすばらしい演奏で、古典とも言うべきグラズノフとブートリーを聴けたのは、幸いだった。ウィリアムズは、吹奏楽団と共にレコーディングを行ったばかりのはず。最後は、「オブリヴィオン」にてしっとりと。
楽器による音の違いだが、私はあまり耳が良くないため、ReferenceのF#ありとF#なしの違いなどはまったく解らなかったのだが、たとえばReferenceとシリーズ3 or 2の使い分けによるサウンドの違いは、かなり興味深かった。そもそも、音が聴こえてくる場所が違うのだ。シリーズ3やシリーズ2はマットのように会場へと広がる音だが、Referenceは奏者の体の中心から聴こえてくる…といった具合。面白かったなあ。
さて、今回特に感じたのが、ドゥラングル教授の耳の良さである。はっきり言って、我々素人には理解できない別次元レベルの耳を持っているようで、こまかなニュアンスの違いや音程、楽器による音色の違い…そういった繊細なものを聞き分けて、具体的な言葉として表現していたのだ。いったいどうしたらそんな耳を持つことができるんだろうな。
----------
終演後は、いろんな方にご挨拶。そういえば、大石将紀さんの「B→C」チケット、買わなければ。そして佐藤さんより、大変貴重なものをいくつか頂戴したのだが、またブログ上にてご紹介します。アクタスを出て、タワレコでようやく「SAXOPET」を捕獲。こちらに関しても、またレビューします。
2007/11/24
クロード・ドゥラングル(ドラングル)教授ライヴ"Quest"@静岡音楽館AOI
ある意味では今年最も楽しみにしていたコンサート。言わずと知れたパリ国立高等音楽院サクソフォン科教授クロード・ドゥラングル(ドラングル) Claude Delangle氏の、今回の来日では唯一のコンサート。会場は静岡音楽館AOI。鈍行を乗り継ぎさらに帰りは夜行で、という強行日程にて、がんばって行ってきた。せっかくなのでコンサートの様子を詳細に書き連ねてみよう。
静岡へは16:00ごろに到着。ホテル・アソシアで京青さん、そして初対面となる浜松サクソフォンクラブのあかいけさんと待ち合わせをし、引き連れていったト○さんも一緒に4人で駅近くの喫茶店で1時間ちょっとおしゃべり。面白い話がいっぱい…楽しかったな~(ありがとうございました)。17:30ころにAOIへと移動。会場ロビーには、新幹線でいらっしゃったThunderさんが。ジョイントコンサート以来となる、原博巳さんにも、ご挨拶。
・ドゥラングル サクソフォンライヴ"Quest"
出演:クロード・ドゥラングル、平野公崇、波多江史朗、井上麻子、有村純親(以上sax)
2007/11/23(金・祝)17:30開場18:00開演
静岡音楽館AOI
プログラム:
- G.シェルシ「3つの小品」
- P.ジョドロフスキ「Mixition」
- L.ナオン「センドロス」
- G.スピロプロス「SAKSTI(日本初演)」
- C.ドゥラングル「アラウンド(日本初演)」(L.ベリオ「セクエンツァVIIb」)
- A.マルケアス「Perilepsis(世界初演)」
- 鈴木純明「凧」
- M.ストロッパ「...of Silence(AOI委嘱作品・世界初演)」
- J.t.フェルドハウス「Grab It!」
- M.タディニ「ブレリア(日本初演)」
プログラム最初は、グリゼーのバスサックス作品「アヌビスとヌト」が予定されていたが、ソプラノサックスの無伴奏作品G.シェルシ「3つの小品」へと変更。暗いステージ上へと現れたドゥラングル教授、スポットライトに照らされながら、楽章間ではぼんやりと光量が調節されるという演出。さらに、上手にセットされたディスプレイ上の楽譜を参照するという、なんとも奇妙な演奏姿。ちなみに演奏は「完璧」。楽譜が手元にあることもあって良く知っている曲なのだが、ソプラノの低音から高音までの完璧なコントロール、そして純度99.9999%とも表せることができるような、澄んだ音色。のっけから、今回のコンサートの雰囲気に呑み込まれてしまった。
シェルシが終了すると、そのままアタッカでジョドロフスキ「Mixtion」へと移行。今度は下手にセットされた台の上で、やはりディスプレイを参照しながら曲を進めていく。良く見てみると、足元にはペダルが2つ。右ペダルがライヴ・エレクトロニクスパートの制御用、左が譜めくり用であったと思われる。「Mixtion」は、これらライヴ・エレクトロニクスとサクソフォンという編成の作品の中でも個人的に大好きなもののひとつ。ジェローム・ララン氏のCD「Paysages lointains」にも収録されており、空で歌えるほど聴きこんでいるわけだが、ララン氏の演奏とは違った羽のような軽さが印象的だった。それは、サブトーンの多用から来るものなのかな、とも思うのだが、個人的にはもうちょっと密度の濃い感じで聴きたかったかも、なんて。エレクトロニクスのパートは、さすが豪華なPAを使っているだけあって、CDでは聴こえない音までもが聴こえてきたりと、興味深い発見がいくつかあった。
続いて、舞台中央のディスプレイを使用し、ナオン「分岐する小路」。2004年のパリ音楽院卒業試験曲で、その年の卒業生である井上麻子さんらによって初演されたソプラノサクソフォンとテープのための作品。テープのパートは、ソプラノからコントラバスまでのサクソフォンの音をサンプリングし、再構成した、とのこと。初めて聴いた曲であったが、再演されるべき曲だと感じた。だが、ソロパートは激しく難しそうだ。フラジオ音域までをも自在にコントロールするあたりは、さすが。
再び下手で、テナーサクソフォンのスピロプロス「Saksti」。人間が持つ呼気の音を作品に混ぜ込んだもので、会場内を飛び回る「声」とサクソフォンのブレスノイズが不思議なモアレ効果を生み出していた。先ほどの「Mixtion」とは違った照明で、ホラー映画のような効果。最後は突然の叫びにて幕(叫んだ瞬間の舞台上の様子が、イメージとなって脳裏に焼きついている)。
「アラウンド」は、ルチアーノ・ベリオの「セクエンツァVIIb」に、ドゥラングル教授自らが伴奏?パートを追加したもの。最初のHが演奏された瞬間に、ステージが通常の照明へと変化。気づけば、バルコニー下手側に平野公崇さん、上手側に井上麻子さんが(ともにソプラノ)。舞台上には、なんと暗譜で突き進むドゥラングル教授と有村さん(テナー)、波多江さん(バリトン)。特殊奏法を交えようとも、決してHから線がぶれることはないような演奏が印象的だった。…「Solitary Saxophone(BIS)」と同等か、いや、それ以上か?伴奏パートとの絡みは難しそう。基本的に細い5本の糸を手繰っていくような、ポリフォニックな編曲だった。楽譜見てみたいなあ。
アレクサンドル・マルケアスは、パリ周辺の作曲家のなかでも、比較的若い世代の作曲家であり、さらにはピアノの即興演奏でも有名。ハバネラ・カルテットへ作品をいくつか提供しており、名前は良く知っていたが(ララン氏のCDで即興演奏を担当していたりもする)、もちろんこの「ペリルプシス」を聴くのは初めて。アルトサクソフォンと(今日初めてののアルト)テープのための作品で、ややビートが前面に打ち出されたような曲。テープとサックスの絡みがかっちりしており、なかなか面白い。これは録音媒体で聴いても面白そうだなあ。
鈴木純明氏の「凧」。ソプラノソロ+ソプラノ2本、アルト、テナーのための作品で、雅楽をイメージして作られた作品なのだそうだ。確かにそれまでに演奏された作品とは根本的に時間や音程の扱い方が違う。時間感覚に関してはone by oneという表現が適切だろうか、そして、全曲中もっともFragileな響き。ソロだけでなく、そのほかのアンサンブル部隊もかなり難しそうだったが、ソロ、バックともに熱演だった。ちなみに、2005年のパリ国立高等音楽院の卒業試験曲である。楽譜は、相変わらず横に長そうな感じだった(笑)
ストロッパの新作(静岡音楽館委嘱作品)は、塔のように積み上げられた5つのスピーカーの周りで演奏された。…えー、この曲だけはちょっと理解しきれなかったので、コメントは控えておきます。演奏に関しては、相当レベルが高いような印象を受けたのだが。
フェルドハウス「Grab It!」。赤いキャップを後ろ向きに被り、ラジカセを担ぎながら客席を走って現れたドゥラングル氏。ノリノリの演奏!やはりこの曲が持つパワーは凄い。客席も、かなり沸いていた(モニタースピーカーがなかったせいで、アンサンブルは難しそうだったが)。最後にはキャップを客席に投げるというオマケつき。
そして最後にアンコールとして5分ほどで演奏されたタディニの「ブレリア」!この曲、ずばりカッコイイ!中間部には即興部分も含みながら、ソプラノサックスのサイドキー~フラジオ付近で繰り出されるファンキーなフレーズと、テープに含まれるピアノのサウンドが印象に残った。「Grab It!」の後に演奏されるなんて、いったいどんな曲なんだと思っていたが、こんなにクールな曲だったとは。楽譜探してみよう!
最後は、舞台上にドゥラングル教授を含む出演者と、サウンド・デザイナ、サウンド・エンジニア、ストロッパが集結。演奏の素晴らしさ、作品の面白さだけでなく、音響デザインは、さすが本場IRCAMのスタッフを2人も抜擢&引き連れてきただけの良さがあったなあ。
終演後は楽屋へと押しかけ(ここで思いがけず佐藤淳一さんと初対面。芸大仲間として一緒にいらっしゃっていた伊藤あさぎさん、寺田麗美さんにもご挨拶)、ドゥラングル教授にサインを頂戴した!これです。「Mixtion」と「Grab It!」の楽譜にサインを頂きました。写真も撮ってもらいました。わ~い。←かなりミーハー。
静岡へは16:00ごろに到着。ホテル・アソシアで京青さん、そして初対面となる浜松サクソフォンクラブのあかいけさんと待ち合わせをし、引き連れていったト○さんも一緒に4人で駅近くの喫茶店で1時間ちょっとおしゃべり。面白い話がいっぱい…楽しかったな~(ありがとうございました)。17:30ころにAOIへと移動。会場ロビーには、新幹線でいらっしゃったThunderさんが。ジョイントコンサート以来となる、原博巳さんにも、ご挨拶。
・ドゥラングル サクソフォンライヴ"Quest"
出演:クロード・ドゥラングル、平野公崇、波多江史朗、井上麻子、有村純親(以上sax)
2007/11/23(金・祝)17:30開場18:00開演
静岡音楽館AOI
プログラム:
- G.シェルシ「3つの小品」
- P.ジョドロフスキ「Mixition」
- L.ナオン「センドロス」
- G.スピロプロス「SAKSTI(日本初演)」
- C.ドゥラングル「アラウンド(日本初演)」(L.ベリオ「セクエンツァVIIb」)
- A.マルケアス「Perilepsis(世界初演)」
- 鈴木純明「凧」
- M.ストロッパ「...of Silence(AOI委嘱作品・世界初演)」
- J.t.フェルドハウス「Grab It!」
- M.タディニ「ブレリア(日本初演)」
プログラム最初は、グリゼーのバスサックス作品「アヌビスとヌト」が予定されていたが、ソプラノサックスの無伴奏作品G.シェルシ「3つの小品」へと変更。暗いステージ上へと現れたドゥラングル教授、スポットライトに照らされながら、楽章間ではぼんやりと光量が調節されるという演出。さらに、上手にセットされたディスプレイ上の楽譜を参照するという、なんとも奇妙な演奏姿。ちなみに演奏は「完璧」。楽譜が手元にあることもあって良く知っている曲なのだが、ソプラノの低音から高音までの完璧なコントロール、そして純度99.9999%とも表せることができるような、澄んだ音色。のっけから、今回のコンサートの雰囲気に呑み込まれてしまった。
シェルシが終了すると、そのままアタッカでジョドロフスキ「Mixtion」へと移行。今度は下手にセットされた台の上で、やはりディスプレイを参照しながら曲を進めていく。良く見てみると、足元にはペダルが2つ。右ペダルがライヴ・エレクトロニクスパートの制御用、左が譜めくり用であったと思われる。「Mixtion」は、これらライヴ・エレクトロニクスとサクソフォンという編成の作品の中でも個人的に大好きなもののひとつ。ジェローム・ララン氏のCD「Paysages lointains」にも収録されており、空で歌えるほど聴きこんでいるわけだが、ララン氏の演奏とは違った羽のような軽さが印象的だった。それは、サブトーンの多用から来るものなのかな、とも思うのだが、個人的にはもうちょっと密度の濃い感じで聴きたかったかも、なんて。エレクトロニクスのパートは、さすが豪華なPAを使っているだけあって、CDでは聴こえない音までもが聴こえてきたりと、興味深い発見がいくつかあった。
続いて、舞台中央のディスプレイを使用し、ナオン「分岐する小路」。2004年のパリ音楽院卒業試験曲で、その年の卒業生である井上麻子さんらによって初演されたソプラノサクソフォンとテープのための作品。テープのパートは、ソプラノからコントラバスまでのサクソフォンの音をサンプリングし、再構成した、とのこと。初めて聴いた曲であったが、再演されるべき曲だと感じた。だが、ソロパートは激しく難しそうだ。フラジオ音域までをも自在にコントロールするあたりは、さすが。
再び下手で、テナーサクソフォンのスピロプロス「Saksti」。人間が持つ呼気の音を作品に混ぜ込んだもので、会場内を飛び回る「声」とサクソフォンのブレスノイズが不思議なモアレ効果を生み出していた。先ほどの「Mixtion」とは違った照明で、ホラー映画のような効果。最後は突然の叫びにて幕(叫んだ瞬間の舞台上の様子が、イメージとなって脳裏に焼きついている)。
「アラウンド」は、ルチアーノ・ベリオの「セクエンツァVIIb」に、ドゥラングル教授自らが伴奏?パートを追加したもの。最初のHが演奏された瞬間に、ステージが通常の照明へと変化。気づけば、バルコニー下手側に平野公崇さん、上手側に井上麻子さんが(ともにソプラノ)。舞台上には、なんと暗譜で突き進むドゥラングル教授と有村さん(テナー)、波多江さん(バリトン)。特殊奏法を交えようとも、決してHから線がぶれることはないような演奏が印象的だった。…「Solitary Saxophone(BIS)」と同等か、いや、それ以上か?伴奏パートとの絡みは難しそう。基本的に細い5本の糸を手繰っていくような、ポリフォニックな編曲だった。楽譜見てみたいなあ。
アレクサンドル・マルケアスは、パリ周辺の作曲家のなかでも、比較的若い世代の作曲家であり、さらにはピアノの即興演奏でも有名。ハバネラ・カルテットへ作品をいくつか提供しており、名前は良く知っていたが(ララン氏のCDで即興演奏を担当していたりもする)、もちろんこの「ペリルプシス」を聴くのは初めて。アルトサクソフォンと(今日初めてののアルト)テープのための作品で、ややビートが前面に打ち出されたような曲。テープとサックスの絡みがかっちりしており、なかなか面白い。これは録音媒体で聴いても面白そうだなあ。
鈴木純明氏の「凧」。ソプラノソロ+ソプラノ2本、アルト、テナーのための作品で、雅楽をイメージして作られた作品なのだそうだ。確かにそれまでに演奏された作品とは根本的に時間や音程の扱い方が違う。時間感覚に関してはone by oneという表現が適切だろうか、そして、全曲中もっともFragileな響き。ソロだけでなく、そのほかのアンサンブル部隊もかなり難しそうだったが、ソロ、バックともに熱演だった。ちなみに、2005年のパリ国立高等音楽院の卒業試験曲である。楽譜は、相変わらず横に長そうな感じだった(笑)
ストロッパの新作(静岡音楽館委嘱作品)は、塔のように積み上げられた5つのスピーカーの周りで演奏された。…えー、この曲だけはちょっと理解しきれなかったので、コメントは控えておきます。演奏に関しては、相当レベルが高いような印象を受けたのだが。
フェルドハウス「Grab It!」。赤いキャップを後ろ向きに被り、ラジカセを担ぎながら客席を走って現れたドゥラングル氏。ノリノリの演奏!やはりこの曲が持つパワーは凄い。客席も、かなり沸いていた(モニタースピーカーがなかったせいで、アンサンブルは難しそうだったが)。最後にはキャップを客席に投げるというオマケつき。
そして最後にアンコールとして5分ほどで演奏されたタディニの「ブレリア」!この曲、ずばりカッコイイ!中間部には即興部分も含みながら、ソプラノサックスのサイドキー~フラジオ付近で繰り出されるファンキーなフレーズと、テープに含まれるピアノのサウンドが印象に残った。「Grab It!」の後に演奏されるなんて、いったいどんな曲なんだと思っていたが、こんなにクールな曲だったとは。楽譜探してみよう!
最後は、舞台上にドゥラングル教授を含む出演者と、サウンド・デザイナ、サウンド・エンジニア、ストロッパが集結。演奏の素晴らしさ、作品の面白さだけでなく、音響デザインは、さすが本場IRCAMのスタッフを2人も抜擢&引き連れてきただけの良さがあったなあ。
終演後は楽屋へと押しかけ(ここで思いがけず佐藤淳一さんと初対面。芸大仲間として一緒にいらっしゃっていた伊藤あさぎさん、寺田麗美さんにもご挨拶)、ドゥラングル教授にサインを頂戴した!これです。「Mixtion」と「Grab It!」の楽譜にサインを頂きました。写真も撮ってもらいました。わ~い。←かなりミーハー。
2007/11/22
上野耕路「Chamber Music」(アルモSQ参加)
マイナーではあるが、個人的にはかなりの名盤じゃないかと思っているCD。上野耕路氏の作品集「Chamber Music(Synergy Inc. SYDA-007)」。日本の80年代~90年代音楽シーンの中、「ゲルニカ」結成を始め、特徴的な活動を続けた上野耕路氏だが…あ、そんな紹介よりも、「た~らこ~ た~らこ~」の作曲家だと言ったほうがおなじみか(^^;このCDは上野氏がサクソフォンのために書いた作品を含む3曲を集めたディスクである。
・コノテーションズ
・N.R.の肖像
・サクソフォーン四重奏曲
「コノテーションズ」は、アルトサックス、ヴァイオリン、ギター、エレクトロニクスのための音楽。のっけからポップで毒々しい響きにやられるが、日本の音楽界が自分の立ち位置を模索し続けているなかから生まれた、実に面白い音楽。ちなみに清水靖晃氏がサックスで参加している。調性を感じられる響きで、ずっと聴いているとトリップしそうだ。
続く、アルモ・サクソフォン・クヮルテットが参加した2曲も、ものすごく面白い!「N.R.の肖像」と言えば、アルモの5thアルバム「革命児(Meister Music)」にも収録されていたが、こちらのほうが楽しく聴けるかも。ある種の悪ノリとも取れるような、アルモにしてはハイテンションな録音で、「革命児」でなんとなく印象に残らなかった仕掛けが、生々しく迫ってくる。
「サクソフォン四重奏曲」も名曲&名演奏!始まった瞬間は「N.R.~」よりもシリアスな曲想かな、とも思うのだが、第1楽章、アリアを経たフーガへと突入した瞬間、何ですかこのノリノリ感。解説によればジャズ風のフーガ、とのこと。第2楽章も、初っ端から行進曲風の人を喰った遊びが楽しい。めくるめくスタイルを変えながら駆け抜ける、マジメだけれどエンターテインメントな10分間。楽しい!思わず体を揺らしてしまいそうな、躍動感に満ち溢れている。
演奏が良い上に、「N.R.の肖像」も「サクソフォン四重奏曲」も、かなりの名曲だ。日本産、いや世界を見渡してみても、こういったシリアスかつ楽しい作品て、なかなか存在しないのではないか。いいなあ、演奏してみたい(楽譜は出版されていないようなのだが)。
CDは残念ながら廃盤であり入手至難なのだが、ちょーっと探してみると、今のところここに出ているようだ。
・コノテーションズ
・N.R.の肖像
・サクソフォーン四重奏曲
「コノテーションズ」は、アルトサックス、ヴァイオリン、ギター、エレクトロニクスのための音楽。のっけからポップで毒々しい響きにやられるが、日本の音楽界が自分の立ち位置を模索し続けているなかから生まれた、実に面白い音楽。ちなみに清水靖晃氏がサックスで参加している。調性を感じられる響きで、ずっと聴いているとトリップしそうだ。
続く、アルモ・サクソフォン・クヮルテットが参加した2曲も、ものすごく面白い!「N.R.の肖像」と言えば、アルモの5thアルバム「革命児(Meister Music)」にも収録されていたが、こちらのほうが楽しく聴けるかも。ある種の悪ノリとも取れるような、アルモにしてはハイテンションな録音で、「革命児」でなんとなく印象に残らなかった仕掛けが、生々しく迫ってくる。
「サクソフォン四重奏曲」も名曲&名演奏!始まった瞬間は「N.R.~」よりもシリアスな曲想かな、とも思うのだが、第1楽章、アリアを経たフーガへと突入した瞬間、何ですかこのノリノリ感。解説によればジャズ風のフーガ、とのこと。第2楽章も、初っ端から行進曲風の人を喰った遊びが楽しい。めくるめくスタイルを変えながら駆け抜ける、マジメだけれどエンターテインメントな10分間。楽しい!思わず体を揺らしてしまいそうな、躍動感に満ち溢れている。
演奏が良い上に、「N.R.の肖像」も「サクソフォン四重奏曲」も、かなりの名曲だ。日本産、いや世界を見渡してみても、こういったシリアスかつ楽しい作品て、なかなか存在しないのではないか。いいなあ、演奏してみたい(楽譜は出版されていないようなのだが)。
CDは残念ながら廃盤であり入手至難なのだが、ちょーっと探してみると、今のところここに出ているようだ。
明日はドゥラングル教授リサイタル@静岡
つくばから東京までTXで1時間、東京から静岡までローカル線で3時間。ちょっと大変だが、そこは気合いでカバーしよう。
まずは、大好きな2つの作品…ピエール・ジョドロフスキ Pierre Jodlowski「Mixtion」と、ヤコブ=テル・フェルドハウス Jacob ter Veldhuis「Grab It!」を世界最高のサクソフォニスト、ドゥラングル教授の演奏で聴くことができるのがとっても楽しみ。この2作品に関してはそれぞれ楽譜も持っているし、全サクソフォン作品のうち好きなものを挙げなさいといわれても、筆頭に上がってくるほどなのだ。
また、サクソフォンの現代音楽分野において最もアクティヴな動きを見せる、パリ音楽院周辺から放たれた最新作品には、とーっても強く惹かれる。未だ聴いたことのない響き…ストロッパ、タディニ、鈴木純明、ナオン、スピロプロス、マルケアスらの作品をIRCAMレベルの環境で聴くことができるなんて、なんという贅沢!(^▽^)!
まずは、大好きな2つの作品…ピエール・ジョドロフスキ Pierre Jodlowski「Mixtion」と、ヤコブ=テル・フェルドハウス Jacob ter Veldhuis「Grab It!」を世界最高のサクソフォニスト、ドゥラングル教授の演奏で聴くことができるのがとっても楽しみ。この2作品に関してはそれぞれ楽譜も持っているし、全サクソフォン作品のうち好きなものを挙げなさいといわれても、筆頭に上がってくるほどなのだ。
また、サクソフォンの現代音楽分野において最もアクティヴな動きを見せる、パリ音楽院周辺から放たれた最新作品には、とーっても強く惹かれる。未だ聴いたことのない響き…ストロッパ、タディニ、鈴木純明、ナオン、スピロプロス、マルケアスらの作品をIRCAMレベルの環境で聴くことができるなんて、なんという贅沢!(^▽^)!
2007/11/21
ClassicalSax Radioが面白い
Classic Saxophone On-Lineというサイト(→http://www.classicsax.com/)が流しているClassicSax Radioというストリーミングラジオが面白い。リンク先のページからPlayをクリック→次のページでPlayをクリックしたら、プレイリストファイルをiTunesなどで開けば聴くことができる。
音質はあまり良くないのだが、それさえ我慢すれば面白い曲、興味深いサクソフォニストによる演奏が次々と流れてくる。聴き始めて1時間以上経ってしまったが、今まで流れてきたのはこんな感じ。
ブラント「サクソフォーン協奏曲より第1楽章」(S.ラッシャー)
クノール「ソナタ」(J.E.ケリー)
クエイト「シリウスの光」(D.リヒトマイヤー)
クレストン「ソナタより第3楽章」(S.ラッシャー、D.シンタ)
ヴェローヌ「ラプソディ」(M.ミュール)
トマジ「ジラシォン」(C.ドゥラングル)
エウェゼン「テナーサクソフォン協奏曲より第1楽章」(J.フーリック)
ヘンデル「ソナタ第13番」(L.Gwozdz)
ミヨー「スカラムーシュ」(C.ドゥラングル)
クレストン「ソナタ」(A.ボーンカンプ)
アメリカ(時々フランス)産のサクソフォンをごった煮しました…という感じだが、時々ものすごく面白い録音が出現する。ブラントの「協奏曲」、しかもシガート・ラッシャー自身による演奏、だなんて…こんな録音が残っているのだな。フーリック演奏のテナーサクソフォン協奏曲、というのもなかなかカッコよい。
アメリカのサクソフォンに興味のある方はぜひどうぞ。…うお、ロンデックス演奏の木五版スカラムーシュが流れてきた!
音質はあまり良くないのだが、それさえ我慢すれば面白い曲、興味深いサクソフォニストによる演奏が次々と流れてくる。聴き始めて1時間以上経ってしまったが、今まで流れてきたのはこんな感じ。
ブラント「サクソフォーン協奏曲より第1楽章」(S.ラッシャー)
クノール「ソナタ」(J.E.ケリー)
クエイト「シリウスの光」(D.リヒトマイヤー)
クレストン「ソナタより第3楽章」(S.ラッシャー、D.シンタ)
ヴェローヌ「ラプソディ」(M.ミュール)
トマジ「ジラシォン」(C.ドゥラングル)
エウェゼン「テナーサクソフォン協奏曲より第1楽章」(J.フーリック)
ヘンデル「ソナタ第13番」(L.Gwozdz)
ミヨー「スカラムーシュ」(C.ドゥラングル)
クレストン「ソナタ」(A.ボーンカンプ)
アメリカ(時々フランス)産のサクソフォンをごった煮しました…という感じだが、時々ものすごく面白い録音が出現する。ブラントの「協奏曲」、しかもシガート・ラッシャー自身による演奏、だなんて…こんな録音が残っているのだな。フーリック演奏のテナーサクソフォン協奏曲、というのもなかなかカッコよい。
アメリカのサクソフォンに興味のある方はぜひどうぞ。…うお、ロンデックス演奏の木五版スカラムーシュが流れてきた!
2007/11/20
2007/11/19
アルモSQの定期演奏会記録
栃尾克樹氏のウェブページ内に、栃尾氏が今までに参加した演奏会の履歴がポスターのイメージと共に掲載されている。「栃尾氏が参加した演奏会」ということは、必然的にアルモ・サクソフォン・クヮルテットの演奏会記録も挙がっているわけで。なかなか面白い。
http://ktochio.com/category05/
第1回演奏会のテナー、針生氏という名前は初めて聞いた。その昔、岩本氏だった、という話は良く聞くが、もう一度交代しているのですな。第1回演奏会の次は、民音コンクールの室内楽コンクール。このときすでに岩本氏へと交代していたのだろうか(この件に関して、Thunderさんよりご教示いただきました。民音コンクールのときは、まだ針生氏だった、とのこと)。
また、この前後に仙台フィルとマルティノンの「四重奏とオーケストラのための協奏曲」を日本初演しているはずである。第2回演奏会…あ、これがあの伝説的なラクールの回か。ライヴで聴いてみたかったな。その後、松雪先生の参加は、第5回から。そして、第9回を最後に演奏会を止め、解散。大学生になって、ようやくアルモが生で聴ける!と思った矢先に松雪先生から解散の話を聞かされて、大変ショックだったのを覚えている。
アルモって、私たちより4、5年上の世代(仮にア世代と呼ぶこととする)にとっては、まさに四重奏と言うものを知るきっかけとなった存在だろう。私たち(ト世代)にとってのトルヴェールであるように、地方で手に入る四重奏のCDといったら、ア世代の方々が高校生・大学生の時分には、おそらくアルモのアルバムがほとんどだったのではないだろうか。ア世代とト世代の間に、四重奏というものの捉え方にやや断絶のようなものを感じるのは、私だけか?主に理想とするサウンドやレパートリーの点において…。
http://ktochio.com/category05/
第1回演奏会のテナー、針生氏という名前は初めて聞いた。その昔、岩本氏だった、という話は良く聞くが、もう一度交代しているのですな。第1回演奏会の次は、民音コンクールの室内楽コンクール。このときすでに岩本氏へと交代していたのだろうか(この件に関して、Thunderさんよりご教示いただきました。民音コンクールのときは、まだ針生氏だった、とのこと)。
また、この前後に仙台フィルとマルティノンの「四重奏とオーケストラのための協奏曲」を日本初演しているはずである。第2回演奏会…あ、これがあの伝説的なラクールの回か。ライヴで聴いてみたかったな。その後、松雪先生の参加は、第5回から。そして、第9回を最後に演奏会を止め、解散。大学生になって、ようやくアルモが生で聴ける!と思った矢先に松雪先生から解散の話を聞かされて、大変ショックだったのを覚えている。
アルモって、私たちより4、5年上の世代(仮にア世代と呼ぶこととする)にとっては、まさに四重奏と言うものを知るきっかけとなった存在だろう。私たち(ト世代)にとってのトルヴェールであるように、地方で手に入る四重奏のCDといったら、ア世代の方々が高校生・大学生の時分には、おそらくアルモのアルバムがほとんどだったのではないだろうか。ア世代とト世代の間に、四重奏というものの捉え方にやや断絶のようなものを感じるのは、私だけか?主に理想とするサウンドやレパートリーの点において…。
2007/11/18
Ingolf Dahl「Concerto」 on YouTube
YouTube上にインゴルフ・ダール Ingolf Darlの「サクソフォーン協奏曲」演奏動画があった。大体こういうった協奏曲の動画って、ソロがイマイチだったり、バックのオーケストラや吹奏楽団がイマイチだったりで、なかなか紹介する気にならないのが普通。しかも、ダールの協奏曲だなんて、ソロもバックもものすごく難しく、アンサンブルも難しい曲ではないか。
だが、今回の動画に関しては、聴き始めた瞬間レベルの高さに驚いた。詳細を調べてみたら、バックはアメリカ屈指の上手さを誇るノースウエスタン大学のウィンドアンサンブルだと(!)。さらにソロはフレデリック・ヘムケ Frederick Hemke氏の下で研鑽を積んでおり、現在マスタークラスに在籍中のSean Hurlburtさんという方、とのこと。上手いわけだ。
金属的な音色とヴィブラートの質が、なんともヘムケ氏の演奏を思い起こさせる。また、私は第3楽章の最終部~コーダに向けての緊張感ある超高速アンサンブルの部分が大変好きなのだが、その辺りもかなり再現されており、満足。…ん、よく見てみたら暗譜か!
・第1楽章 Recitative
・第2楽章 Passacaglia
・第3楽章 Rondo alla marcia
----------
(追記)
第1楽章って、実はバロック音楽に影響を受けたものだ…ということ、ご存知だろうか。付点つきのリズム、サクソフォンの上昇音形、そのあたりにかつて流行したフランス風序曲の影がちらつく。バッハ「パルティータ」の第4番辺りで良いので、聴き比べてごらんなさいな。ほら、そっくり!
だが、今回の動画に関しては、聴き始めた瞬間レベルの高さに驚いた。詳細を調べてみたら、バックはアメリカ屈指の上手さを誇るノースウエスタン大学のウィンドアンサンブルだと(!)。さらにソロはフレデリック・ヘムケ Frederick Hemke氏の下で研鑽を積んでおり、現在マスタークラスに在籍中のSean Hurlburtさんという方、とのこと。上手いわけだ。
金属的な音色とヴィブラートの質が、なんともヘムケ氏の演奏を思い起こさせる。また、私は第3楽章の最終部~コーダに向けての緊張感ある超高速アンサンブルの部分が大変好きなのだが、その辺りもかなり再現されており、満足。…ん、よく見てみたら暗譜か!
・第1楽章 Recitative
・第2楽章 Passacaglia
・第3楽章 Rondo alla marcia
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(追記)
第1楽章って、実はバロック音楽に影響を受けたものだ…ということ、ご存知だろうか。付点つきのリズム、サクソフォンの上昇音形、そのあたりにかつて流行したフランス風序曲の影がちらつく。バッハ「パルティータ」の第4番辺りで良いので、聴き比べてごらんなさいな。ほら、そっくり!
初合わせ
昨日の夜、就職活動のイベントから帰ってきた後、フェスティバルで演奏する予定の四重奏曲の初合わせ…というか正確には初合わせと言えないのか?とにかく、「初合わせ」をした(ゲットブラスター付の曲って練習を表現しづらいですな)。結構苦労するかなー、と思っていたのだが、合わせること自体は意外とすんなり行ってしまい、正直拍子抜け。うーん。良いことなのか悪いことなのか。
しかしゲットブラスターパート、「Grab It!」と違って明らかに適当に作りこんである場所がある。クレームしちゃおうかなあ。英語で詳細なクレームって書いたことないなあ。誰か書いてくれないかなあ。
それはそれで、その他アコースティックパートの音程がズレズレになるのもなんとか修正しなけりゃいけない。こちらは自分たちの責任であるのだから、何とかしないと。だが#5つとか♭5つの調って、音程感覚が身についていなくてキツイ。
しかしゲットブラスターパート、「Grab It!」と違って明らかに適当に作りこんである場所がある。クレームしちゃおうかなあ。英語で詳細なクレームって書いたことないなあ。誰か書いてくれないかなあ。
それはそれで、その他アコースティックパートの音程がズレズレになるのもなんとか修正しなけりゃいけない。こちらは自分たちの責任であるのだから、何とかしないと。だが#5つとか♭5つの調って、音程感覚が身についていなくてキツイ。
2007/11/17
ファブリス・モレティ氏@奏楽堂
昨日はファブリス・モレティ Fabrice Moretti氏のコンサートを聴きに、上野まで。徹夜明けだったため、お昼ごはんを食べた後にうっかり眠ってしまい、行きのバスに乗るのが遅れた。しかも、まさかの常磐道大渋滞(泣)!間に合うかどうか、しかし気持ちばかりが焦ってどうしようもない。幸いなことに、18:42に上野の東側へと到着。奏楽堂へと向かって暗闇の上野公園をダッシュする姿は、さぞかし滑稽だったことだろう。
受付には服部先生の姿が。ご挨拶。けこぅさんとばったり。ご挨拶。階段を上がって会場に入ると、えぇっ、昨年の2倍ほどのお客さんが!すごい。いったい一年の間に何が起こったんだろう?見たところ、音大生と思しき方が多かったかな。
・マルチェッロ「オーボエ協奏曲」
・ヴィラ=ロボス「ファンタジア」
・港大尋「遠みから遠ざかってみても」
~休憩~
・リュエフ「シャンソンとパスピエ」
・ボザ「アリア」
・ビッチ「村娘」
・アブシル「5つの易しい小品」
・ワイル「ユーカリ(ピアノソロ)」
・トマジ「バラード」
前半は全てソプラノサクソフォンを使用してのプログラム。マルチェッロの「オーボエ協奏曲」から。やや金属的、しかし決して耳障りでない音色と、全音域に渡る完璧なコントロール。モレティ氏はジャン・ルデュー・カルテットのソプラノ奏者としてもおなじみだが、2003年にレコーディングされたCDで楽しんだ演奏そのままの音楽を振りまいていた。続く「ファンタジア」は、予想はしていたけれど超速。第1楽章の2オクターブ近くの跳躍から切り出されるアルペジオを、滑らかに吹ききってしまうのだ。
プログラムリストを見れば港氏の作品がやや浮くが、聴いてみればぜんぜんそんなことはない。うーん、言葉では伝えられないけれど、近藤譲氏の作品とグラハム・フィトキンの作品を足して2で割った感じ(謎)。リズム的にはかなりにスリリングな印象を受けた。かなり難儀と思われるピアノパートを、ばったばったと切り裂いていくような服部真理子氏の弾きっぷりにも圧倒された。
後半はアルトへと持ち替えて、リュエフの「シャンソンとパスピエ」。シャンソンの2音目が、すぅっと会場全体に拡がりをみせたあの瞬間を、いまでもはっきりと思い出すことができる。右手レ~ファにかけての、どこまでも豊かな音色と、趣味の良いヴィブラート。ステキだ。「アリア」「村娘」まではほぼアタッカで演奏されたが、まるで組曲のように聴けたのが面白かった。続いて、予定ではピアノソロの「オブリヴィオン」だったが、モレティ氏と服部真理子さんのデュオでアブシルの「5つの易しい小品」。プログラムに曲目解説がないとの事で、モレティ氏が解説をし、服部真理子さんが通訳。サックスを吹いているときはそんな風に見えないのに、モレティ氏、実にお茶目な方だなと思った。
ピアノソロで演奏されたワイル作品は、ハバネラのリズムを基底としたリズムに、物悲しいメロディが付随する珠玉のコンサート・ピース。指先から生み出されるキラキラした音色は、時に陰り、時に明るく前向きに。音色と共に減衰速度をもコントロールしているかのように聴こえたのは、錯覚ではないだろう。
トマジ。速っ!!マーフィ氏の演奏よりも速かった…実演でも録音でも、ここまで速くて美しく、完璧に近い演奏は聴いたことがない。どうもトマジの「バラード」というとあの12/8のダンスメロディが苦手だったのだが、その場所をこれだけ高速に切り抜けていってしまうとは、まさに爽快。そうか、きっと、これだけ速くないといけないんだ!かといってモレティ氏、間奏では体をゆらゆらと揺らしながらピアノを楽しんでいるように見える。デファイエのように、取り付く島のないほどの天才を聴く気分とは、また違った感情が湧き出た。親しみやすく、しかしいったんサックスを吹き始めれば最上級の演奏を披露してくれるサクソフォニスト。ますますモレティ氏のファンになってしまったのであった。
最後に、パンフレットに載っていたモレティ氏自身の言葉をご紹介しよう。「全ての音楽家が他者を傾聴すれば、世の中で反目したり争ったりすることもなくなるのではないか。」…すごい。「全ての音楽家が他者を傾聴」なんて、思いつきもしないし、思いついたとしてもめったに言える言葉ではないだろう。この言葉から推察されるのは、モレティ氏の音楽への愛情、人に対しての愛情だ。その愛情が、演奏となって、音となって表れているのだろうな、と思った。
受付には服部先生の姿が。ご挨拶。けこぅさんとばったり。ご挨拶。階段を上がって会場に入ると、えぇっ、昨年の2倍ほどのお客さんが!すごい。いったい一年の間に何が起こったんだろう?見たところ、音大生と思しき方が多かったかな。
・マルチェッロ「オーボエ協奏曲」
・ヴィラ=ロボス「ファンタジア」
・港大尋「遠みから遠ざかってみても」
~休憩~
・リュエフ「シャンソンとパスピエ」
・ボザ「アリア」
・ビッチ「村娘」
・アブシル「5つの易しい小品」
・ワイル「ユーカリ(ピアノソロ)」
・トマジ「バラード」
前半は全てソプラノサクソフォンを使用してのプログラム。マルチェッロの「オーボエ協奏曲」から。やや金属的、しかし決して耳障りでない音色と、全音域に渡る完璧なコントロール。モレティ氏はジャン・ルデュー・カルテットのソプラノ奏者としてもおなじみだが、2003年にレコーディングされたCDで楽しんだ演奏そのままの音楽を振りまいていた。続く「ファンタジア」は、予想はしていたけれど超速。第1楽章の2オクターブ近くの跳躍から切り出されるアルペジオを、滑らかに吹ききってしまうのだ。
プログラムリストを見れば港氏の作品がやや浮くが、聴いてみればぜんぜんそんなことはない。うーん、言葉では伝えられないけれど、近藤譲氏の作品とグラハム・フィトキンの作品を足して2で割った感じ(謎)。リズム的にはかなりにスリリングな印象を受けた。かなり難儀と思われるピアノパートを、ばったばったと切り裂いていくような服部真理子氏の弾きっぷりにも圧倒された。
後半はアルトへと持ち替えて、リュエフの「シャンソンとパスピエ」。シャンソンの2音目が、すぅっと会場全体に拡がりをみせたあの瞬間を、いまでもはっきりと思い出すことができる。右手レ~ファにかけての、どこまでも豊かな音色と、趣味の良いヴィブラート。ステキだ。「アリア」「村娘」まではほぼアタッカで演奏されたが、まるで組曲のように聴けたのが面白かった。続いて、予定ではピアノソロの「オブリヴィオン」だったが、モレティ氏と服部真理子さんのデュオでアブシルの「5つの易しい小品」。プログラムに曲目解説がないとの事で、モレティ氏が解説をし、服部真理子さんが通訳。サックスを吹いているときはそんな風に見えないのに、モレティ氏、実にお茶目な方だなと思った。
ピアノソロで演奏されたワイル作品は、ハバネラのリズムを基底としたリズムに、物悲しいメロディが付随する珠玉のコンサート・ピース。指先から生み出されるキラキラした音色は、時に陰り、時に明るく前向きに。音色と共に減衰速度をもコントロールしているかのように聴こえたのは、錯覚ではないだろう。
トマジ。速っ!!マーフィ氏の演奏よりも速かった…実演でも録音でも、ここまで速くて美しく、完璧に近い演奏は聴いたことがない。どうもトマジの「バラード」というとあの12/8のダンスメロディが苦手だったのだが、その場所をこれだけ高速に切り抜けていってしまうとは、まさに爽快。そうか、きっと、これだけ速くないといけないんだ!かといってモレティ氏、間奏では体をゆらゆらと揺らしながらピアノを楽しんでいるように見える。デファイエのように、取り付く島のないほどの天才を聴く気分とは、また違った感情が湧き出た。親しみやすく、しかしいったんサックスを吹き始めれば最上級の演奏を披露してくれるサクソフォニスト。ますますモレティ氏のファンになってしまったのであった。
最後に、パンフレットに載っていたモレティ氏自身の言葉をご紹介しよう。「全ての音楽家が他者を傾聴すれば、世の中で反目したり争ったりすることもなくなるのではないか。」…すごい。「全ての音楽家が他者を傾聴」なんて、思いつきもしないし、思いついたとしてもめったに言える言葉ではないだろう。この言葉から推察されるのは、モレティ氏の音楽への愛情、人に対しての愛情だ。その愛情が、演奏となって、音となって表れているのだろうな、と思った。
思いがけない収穫…ヴェローヌ作品集
今日(もう昨日か)は、上野の奏楽堂までファブリス・モレティ Fabrice Moretti氏のコンサートを聴きに行って来た。夜も遅いのでそのすばらしかったコンサートの模様は、明日駄文で連ねることとしよう。コンサート中は、聴いていて何度も身震いしてしまった。アンコールで演奏されたピエルネの「カンツォネッタ」が、家に帰ってきても未だに頭の中をぐるぐる回っている。
今日はとりあえず、会場での思いがけない収穫についての話題。…REMというフランス(オーストリア?)のCDメーカーをご存知だろうか。かつてサクソフォンのCDを何枚かリリースしていた中小メーカーなのだが、倒産してしまったようで、そこに吹き込まれたCDは多くが入手不可能な状態に陥っている。例えばリヨン音楽院のラージサクソフォンアンサンブル作品集や、アントワーヌ・ティスネのサックス作品集など、興味深い盤がいくつか存在していただけに、惜しいといえばかなり惜しい。
そのREM発CDに名を連ねるものの中に、フランスの作曲家ピエール・ヴェローヌ Pierre Vellonesの作品集なんてものがある(REM 311303)。サクソフォン吹きにはかなり有名なヴェローヌだが、まとまった作品集というのは中々見当たらない中で、そもそもリリースしたことに拍手を送りたいものだが、そんなわけで入手困難であった。ところが、そのCDがなんと会場で売っていたのである!Momonga RecordsのCDの山に紛れて危うく見過ごすところだった。
このCDでは、サクソフォン、ハープ、チェレスタ、打楽器のための「ラプソディ(狂詩曲)」が収録され、そのサクソフォンパートをモレティ氏が吹いている(おそらく、モレティ氏がフランスから持ってきたのだろうな)。また、四重奏曲である「アンダルシアの騎士」「野獣園より"いるか"」「半音階的ワルツ」が収録されており、サン=フロンティア(サン=フロンティエール) Sans Frontiere 四重奏団が演奏を担当。そのほかは歌曲だが、バリトンはなんとあのフランソワ・ル=ルー(ルルーじゃなくて)。ほおぉ。
ちなみに、サン=フロンティア四重奏団は知る人ぞ知る、といったフランスの四重奏団(もう解散してしまっているはず)だが、ソプラノをあのアレクサンドル・ドワジー Alexandre Doisy氏が担当していることでも有名だろう。テナーは、大川信一郎氏(有名人!)。サン=フロンティアは他にCDを出していないのかな。同じくドワジー氏がソプラノを務めるヴィヴァーチェ Quatuor Vivace四重奏団は?フランスの音楽院付近のローカル情報って、なかなか入ってこないから困る。
さて、このヴェローヌ作品集、今聴いているが、どれも高水準の演奏で大変楽しめる。モレティ氏のコンサートの余韻を楽しみつつ、BGMとしてかけておくのにぴったり。隅々まで聴きこむのはまた今度にして、今日はこのヴェローヌの美しいメロディと、名手たちのしなやかな演奏に酔いながら、眠ることとしよう。
----------
そういえば、今日のコンサートのパンフレットからの情報だが、モレティ氏、オーケストラとの共演盤で、タイトル「スカラムーシュ」なるディスクをリリースする予定があるそうだ。楽しみ。ポール・メイエ指揮リエージュ・フィルハーモニー(ベルギーのオーケストラ)との共演。
今日はとりあえず、会場での思いがけない収穫についての話題。…REMというフランス(オーストリア?)のCDメーカーをご存知だろうか。かつてサクソフォンのCDを何枚かリリースしていた中小メーカーなのだが、倒産してしまったようで、そこに吹き込まれたCDは多くが入手不可能な状態に陥っている。例えばリヨン音楽院のラージサクソフォンアンサンブル作品集や、アントワーヌ・ティスネのサックス作品集など、興味深い盤がいくつか存在していただけに、惜しいといえばかなり惜しい。
そのREM発CDに名を連ねるものの中に、フランスの作曲家ピエール・ヴェローヌ Pierre Vellonesの作品集なんてものがある(REM 311303)。サクソフォン吹きにはかなり有名なヴェローヌだが、まとまった作品集というのは中々見当たらない中で、そもそもリリースしたことに拍手を送りたいものだが、そんなわけで入手困難であった。ところが、そのCDがなんと会場で売っていたのである!Momonga RecordsのCDの山に紛れて危うく見過ごすところだった。
このCDでは、サクソフォン、ハープ、チェレスタ、打楽器のための「ラプソディ(狂詩曲)」が収録され、そのサクソフォンパートをモレティ氏が吹いている(おそらく、モレティ氏がフランスから持ってきたのだろうな)。また、四重奏曲である「アンダルシアの騎士」「野獣園より"いるか"」「半音階的ワルツ」が収録されており、サン=フロンティア(サン=フロンティエール) Sans Frontiere 四重奏団が演奏を担当。そのほかは歌曲だが、バリトンはなんとあのフランソワ・ル=ルー(ルルーじゃなくて)。ほおぉ。
ちなみに、サン=フロンティア四重奏団は知る人ぞ知る、といったフランスの四重奏団(もう解散してしまっているはず)だが、ソプラノをあのアレクサンドル・ドワジー Alexandre Doisy氏が担当していることでも有名だろう。テナーは、大川信一郎氏(有名人!)。サン=フロンティアは他にCDを出していないのかな。同じくドワジー氏がソプラノを務めるヴィヴァーチェ Quatuor Vivace四重奏団は?フランスの音楽院付近のローカル情報って、なかなか入ってこないから困る。
さて、このヴェローヌ作品集、今聴いているが、どれも高水準の演奏で大変楽しめる。モレティ氏のコンサートの余韻を楽しみつつ、BGMとしてかけておくのにぴったり。隅々まで聴きこむのはまた今度にして、今日はこのヴェローヌの美しいメロディと、名手たちのしなやかな演奏に酔いながら、眠ることとしよう。
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そういえば、今日のコンサートのパンフレットからの情報だが、モレティ氏、オーケストラとの共演盤で、タイトル「スカラムーシュ」なるディスクをリリースする予定があるそうだ。楽しみ。ポール・メイエ指揮リエージュ・フィルハーモニー(ベルギーのオーケストラ)との共演。
2007/11/16
【求む】不具合情報
(最新の記事は、ひとつ下の記事となります)
このブログdiary.kuri_saxoをご覧になる際に、ブラウザがクラッシュするという方は、コメント欄、もしくはメール(→kuri_saxo@yahoo.co.jp)にて使用ブラウザの種のバージョン番号やOS等をお教えいただけないでしょうか。CPUやメモリの環境など併せてお教えいただくと、なお助かります。ご協力よろしくお願いいたします。
情報集めたところで、何か修正できる…というわけではないのですが(Google Bloggerのサポートチームへと連絡することはできるかも)、一応知っておくべきかなあと思いまして。2007/11/16の23:59まで、この記事をトップに掲げておきます。
このブログdiary.kuri_saxoをご覧になる際に、ブラウザがクラッシュするという方は、コメント欄、もしくはメール(→kuri_saxo@yahoo.co.jp)にて使用ブラウザの種のバージョン番号やOS等をお教えいただけないでしょうか。CPUやメモリの環境など併せてお教えいただくと、なお助かります。ご協力よろしくお願いいたします。
情報集めたところで、何か修正できる…というわけではないのですが(Google Bloggerのサポートチームへと連絡することはできるかも)、一応知っておくべきかなあと思いまして。2007/11/16の23:59まで、この記事をトップに掲げておきます。
2007/11/15
明日はモレティ氏のコンサート
以前にもブログで話題にしたが、明日はフランスのサクソフォン奏者、ファブリス・モレティ Fabrice Moretti氏のリサイタルだ。先週まですっかり忘れていたのだが、けこぅさんから連絡をもらって思い出し、あわててチケットを買ったのだった。危ない危ない。
世界トップクラスのテクニックと、誰の耳をも納得させるような音色…現代にあっては淘汰されつつある往年のフレンチスタイルを体現する、数少ない奏者の一人だと思う(というくだりは、半分Thunderさんの受け売りだったりする笑)。また、ピアニストの服部真理子さんの素晴らしさは、いまさら言葉を並べる必要もないだろう。昨年は私も聴くことができたが、もうね、リュエフとかパスカルのような難曲からはもちろん、ごくごく簡単な…あの、アンコールで演奏されたランティエの「シシリエンヌ」の感動的な演奏は、今も思い出すことができる…そういった曲まで、諸手を挙げて賞賛したくなるような演奏をするのだ。
というわけで、ここをご覧の?みなさん、ぜひ明日は上野へと参りましょう。
最近は、研究の専攻内発表の準備の関係で忙しかったのだが、その発表も本日無事終えることができ、明日は晴れやかな気分でコンサートに行けそうだ。そのまえに、明日提出の重ーーいレポートをやらなければいけないけれど…(今日も徹夜か!?)。気がついたら、今週平日の総睡眠時間は8時間…。ねむい…(pω-)ooO
世界トップクラスのテクニックと、誰の耳をも納得させるような音色…現代にあっては淘汰されつつある往年のフレンチスタイルを体現する、数少ない奏者の一人だと思う(というくだりは、半分Thunderさんの受け売りだったりする笑)。また、ピアニストの服部真理子さんの素晴らしさは、いまさら言葉を並べる必要もないだろう。昨年は私も聴くことができたが、もうね、リュエフとかパスカルのような難曲からはもちろん、ごくごく簡単な…あの、アンコールで演奏されたランティエの「シシリエンヌ」の感動的な演奏は、今も思い出すことができる…そういった曲まで、諸手を挙げて賞賛したくなるような演奏をするのだ。
というわけで、ここをご覧の?みなさん、ぜひ明日は上野へと参りましょう。
最近は、研究の専攻内発表の準備の関係で忙しかったのだが、その発表も本日無事終えることができ、明日は晴れやかな気分でコンサートに行けそうだ。そのまえに、明日提出の重ーーいレポートをやらなければいけないけれど…(今日も徹夜か!?)。気がついたら、今週平日の総睡眠時間は8時間…。ねむい…(pω-)ooO
2007/11/14
大室勇一監修の、CBS SONY管楽器入門シリーズLP
珍品。かつてCBSソニーが管楽器入門シリーズとして販売していたLPのサクソフォン版で、レコードの音を聴きながら練習できるというもの(CBS SONY 36AG 336, 337)。それだけであったら、現在でも"サックス入門用ビデオ"的なタイトルで売り出されてるが、このレコードはそんなものと比べてはいけない。お手本演奏を吹くのは鈴木英之氏(元東吹団員、現洗足音大講師)であり、さらに監修はあの大室勇一氏(!!)(言わずと知れた、阪口新氏と共に日本のサクソフォン界の基礎を築いたパイオニア的存在)なのである。
レコード自体は二枚組で、中にスケールや簡単な曲目の楽譜が綴じられている。あのソニーが、こんな内容のレコードを出していた時期があっただなんで…時代を感じますなあ。ちなみに内容は、こんな感じ。
・はじめに
・はじめての練習
・中音域での基礎練習
・音域の拡大
・高音域の練習
・付点音符、三連音符、音階のまとめ
・スタッカートの練習
・レガートの練習
・アーティキュレーションの練習
・ヴィブラートの基礎練習
・ヴィブラートの応用
・コレルリ「グラーヴェ」
・モンドンヴィル「タンブーラン」
・バッハ「メヌエット」
・ゴーセック「ガヴォット」
・シューベルト「セレナーデ」
・サン=サーンス「白鳥」
・トマジ「コルシカ島の祈り」
・リュエフ「シャンソンとパスピエ」
・クレストン「ソナタより第2楽章」
・パスカル「四重奏曲より第4楽章」
まだ聴いていないのだが、これってたしか大室勇一氏の「しゃべり」が入っている、というウワサを聞いたこともある。基本的に演奏はサックス鈴木氏、ピアノは曽我部玲氏だが、一番最後のパスカルは、デファイエ四重奏団がシャルランに吹き込んでCBSソニーから発売されていたものと同一のテイク(なのだろう)。最近忙しくで、なかなかゆっくり音楽を聴く時間も取れないのだが、図書館に持ち込んで聴いたら、またレビューします。あ、ヘムケ氏のLPも早く聴きたいなあ。
レコード自体は二枚組で、中にスケールや簡単な曲目の楽譜が綴じられている。あのソニーが、こんな内容のレコードを出していた時期があっただなんで…時代を感じますなあ。ちなみに内容は、こんな感じ。
・はじめに
・はじめての練習
・中音域での基礎練習
・音域の拡大
・高音域の練習
・付点音符、三連音符、音階のまとめ
・スタッカートの練習
・レガートの練習
・アーティキュレーションの練習
・ヴィブラートの基礎練習
・ヴィブラートの応用
・コレルリ「グラーヴェ」
・モンドンヴィル「タンブーラン」
・バッハ「メヌエット」
・ゴーセック「ガヴォット」
・シューベルト「セレナーデ」
・サン=サーンス「白鳥」
・トマジ「コルシカ島の祈り」
・リュエフ「シャンソンとパスピエ」
・クレストン「ソナタより第2楽章」
・パスカル「四重奏曲より第4楽章」
まだ聴いていないのだが、これってたしか大室勇一氏の「しゃべり」が入っている、というウワサを聞いたこともある。基本的に演奏はサックス鈴木氏、ピアノは曽我部玲氏だが、一番最後のパスカルは、デファイエ四重奏団がシャルランに吹き込んでCBSソニーから発売されていたものと同一のテイク(なのだろう)。最近忙しくで、なかなかゆっくり音楽を聴く時間も取れないのだが、図書館に持ち込んで聴いたら、またレビューします。あ、ヘムケ氏のLPも早く聴きたいなあ。
2007/11/11
Rodney Rogers「Lessons of the Sky」
ロドニー・ロジャース Rodney Rogers氏は1953年生まれのアメリカの作曲家。オーケストラ、室内楽、合唱、メディア等の分野に楽曲を提供し、BMI賞、ASCAP賞、タングルウッド・フェローなどの栄誉に輝く。ロジャース氏の作品は、欧米のみならずアジアやオーストラリアでも演奏されており、さらにAlbany Recordsから「Optimism」というタイトルで作品集が発売されている。いる。現在は、作曲活動の傍ら、アリゾナ州立大学の音楽学科で作曲、音楽理論、アナリーゼ、対位法を教えているそうだ。
そんなロジャース氏が手がけた「Lessons of the Sky」は、ソプラノサクソフォンとピアノのためのおよそ8分間の作品で、1985年の所産。楽譜の出版元はEble Music。タイトルの意味するところは、どこまでも広がる「空」という空間を探索することは、開放・生命・無限について考えるきっかけを与えてくれる…といったようなことである(ちょっと分かりづらいですね)。耳あたりは完全なる調性音楽であり、タイトルから連想されるどこまでもさわやかな響きが印象深い。
楽曲前半は、短いモチーフの集合を急速に飛び越えながら、随所に繰り返しのフレーズを織り込み、ピアノと随所でリズミックに絡んでゆく、といった趣。楽譜面はかなりに変拍子であるようだが、拍子を感じさせない心地良さが面白い。最初聴いたときは、イギリスのグラハム・フィトキン Graham Fitkinあたりの音楽を思い出したのだが、フィトキンよりも使用している和声はところどころに出現するサックスのクレシェンド付きロングトーンが、実に印象的に響く。
中間部では、少し落ち着きをみせるロングトーン主体の進行。徐々に盛り上がった後は、ピアノによるカデンツァを経て後半へ。ミニマル風な短いモチーフの繰り返しを見せながら、頂点へと達し、クライマックスではどこまで続くのだと思わせるようなソプラノの長いロングトーンの下で、ピアノが16分音符からなるフレーズを打鍵する。そしてサックスが再び…の繰り返し。冒頭部よりもシンプルな音運びで、集中して聴いているとトリップさせられてしまいそうだ。そして、最後の最後まで、曲の冒頭から続く爽やかな印象はそのままである。
録音は、イギリスのサクソフォン奏者カイル・ホーチ Kyle Horch氏のアルバム「Anglosax(Clarinet Classics CC0046)」を参照していただきたい。イギリスの奏者が典型的に持つ長いフレーズを一息で吹ききる能力と、フレージング・テクニックを求めるこのアメリカの楽曲とが、幸福な出会いを果たした結果から生まれた、すばらしい演奏。イギリスとアメリカを折衷したようなホーチ氏のエモーショナルな音色も、この曲にぴったりだ。
ホーチ氏はアメリカのノースウェスタン大学に留学してフレデリック・ヘムケ Frederick Hemke氏に師事した経験があるそうだが、そのアメリカへの留学経験がアルバムの選曲に影響を及ぼしたことは間違いないだろう。ロジャースの「Lessons of the Sky」ほか、ヴォーン=ウィリアムズ作品やマイケル・バークレー、エリオット・カーターの作品が入っている。アルバムタイトルからして"Anglosax"だしな。ちなみに、ノースウエスタンでは雲井雅人氏と同時期に学んでいたとのこと。…というか、ホーチ氏というイギリスのサックス吹きの存在を知ったのも、雲井氏に伺ったことがきっかけなのであった。
ところで、なんで突然「Lessons of the Sky」を取り上げたかと言うと:雲井雅人サックス四重奏団のテナー奏者としても有名な林田和之氏がCafuaにソロアルバムを吹き込んだと言うのだが、そのリリース予定アルバムのタイトルが「Lessons of the Sky」だったのだ!ロジャース氏の「Lessons of the Sky」が取り上げられているかどうかは知る由もないが、そういえばホーチ氏の「Anglosax」のなかで一番好きだった曲が「Lessons of the Sky」だったなあと、思い出して取り上げてみたくなった…というような流れ。林田氏のアルバムに「Lessons of the Sky」が入っていたら嬉しいなあ、なんてね(笑)。
そういや雲井雅人サックス四重奏団の新CD、「レシテーション・ブック(Cafua)」の発売ももうすぐですな。当初9月予定だったのが11月に延期になったそうで、しかもなーんだか11月中に発売される気配がないのだが、あわてず楽しみに待ちたいと思う。
そんなロジャース氏が手がけた「Lessons of the Sky」は、ソプラノサクソフォンとピアノのためのおよそ8分間の作品で、1985年の所産。楽譜の出版元はEble Music。タイトルの意味するところは、どこまでも広がる「空」という空間を探索することは、開放・生命・無限について考えるきっかけを与えてくれる…といったようなことである(ちょっと分かりづらいですね)。耳あたりは完全なる調性音楽であり、タイトルから連想されるどこまでもさわやかな響きが印象深い。
楽曲前半は、短いモチーフの集合を急速に飛び越えながら、随所に繰り返しのフレーズを織り込み、ピアノと随所でリズミックに絡んでゆく、といった趣。楽譜面はかなりに変拍子であるようだが、拍子を感じさせない心地良さが面白い。最初聴いたときは、イギリスのグラハム・フィトキン Graham Fitkinあたりの音楽を思い出したのだが、フィトキンよりも使用している和声はところどころに出現するサックスのクレシェンド付きロングトーンが、実に印象的に響く。
中間部では、少し落ち着きをみせるロングトーン主体の進行。徐々に盛り上がった後は、ピアノによるカデンツァを経て後半へ。ミニマル風な短いモチーフの繰り返しを見せながら、頂点へと達し、クライマックスではどこまで続くのだと思わせるようなソプラノの長いロングトーンの下で、ピアノが16分音符からなるフレーズを打鍵する。そしてサックスが再び…の繰り返し。冒頭部よりもシンプルな音運びで、集中して聴いているとトリップさせられてしまいそうだ。そして、最後の最後まで、曲の冒頭から続く爽やかな印象はそのままである。
録音は、イギリスのサクソフォン奏者カイル・ホーチ Kyle Horch氏のアルバム「Anglosax(Clarinet Classics CC0046)」を参照していただきたい。イギリスの奏者が典型的に持つ長いフレーズを一息で吹ききる能力と、フレージング・テクニックを求めるこのアメリカの楽曲とが、幸福な出会いを果たした結果から生まれた、すばらしい演奏。イギリスとアメリカを折衷したようなホーチ氏のエモーショナルな音色も、この曲にぴったりだ。
ホーチ氏はアメリカのノースウェスタン大学に留学してフレデリック・ヘムケ Frederick Hemke氏に師事した経験があるそうだが、そのアメリカへの留学経験がアルバムの選曲に影響を及ぼしたことは間違いないだろう。ロジャースの「Lessons of the Sky」ほか、ヴォーン=ウィリアムズ作品やマイケル・バークレー、エリオット・カーターの作品が入っている。アルバムタイトルからして"Anglosax"だしな。ちなみに、ノースウエスタンでは雲井雅人氏と同時期に学んでいたとのこと。…というか、ホーチ氏というイギリスのサックス吹きの存在を知ったのも、雲井氏に伺ったことがきっかけなのであった。
ところで、なんで突然「Lessons of the Sky」を取り上げたかと言うと:雲井雅人サックス四重奏団のテナー奏者としても有名な林田和之氏がCafuaにソロアルバムを吹き込んだと言うのだが、そのリリース予定アルバムのタイトルが「Lessons of the Sky」だったのだ!ロジャース氏の「Lessons of the Sky」が取り上げられているかどうかは知る由もないが、そういえばホーチ氏の「Anglosax」のなかで一番好きだった曲が「Lessons of the Sky」だったなあと、思い出して取り上げてみたくなった…というような流れ。林田氏のアルバムに「Lessons of the Sky」が入っていたら嬉しいなあ、なんてね(笑)。
そういや雲井雅人サックス四重奏団の新CD、「レシテーション・ブック(Cafua)」の発売ももうすぐですな。当初9月予定だったのが11月に延期になったそうで、しかもなーんだか11月中に発売される気配がないのだが、あわてず楽しみに待ちたいと思う。
2007/11/10
ウォーレン・ベンソン Warren Bensonへのインタビュー
ウォーレン・ベンソンは、サクソフォン界へ「エオリアン・ソング(コンチェルティーノ)」や「ドリーム・ネット」を提供していることでも知られる、アメリカの作曲家。ベンソンのことを調べていたら、面白いページを見つけた:作曲家・音楽理論家のチャールズ・ロチェスター・ヤングが、ベンソンにサクソフォーンに関連した事柄をインタビューした模様を全文公開しているというサイトだ。
http://www.uwsp.edu/music/cyoung/an.htm
出典は、1998年にウィスコンシン大学で開かれたサクソフォンシンポジウムへ提供された資料から。インタビュー自体は、1992年に行われたようだ。
大変興味深く、示唆に富む内容であったので、全文を和訳して載せてみます。特に転載許可は取っていないので、まずかったら消します。また、翻訳作業に疲れて現在のところまったく校閲を行っていないので、間違いなどあったらご指摘ください(特に詩やら絵画やらの話題のところはワケが解らなかったため、ボロボロかも…)。
----------
ウォーレン・ベンソンは、1924年デトロイトに生まれ、幼少より打楽器とホルンを学んだ。デトロイトのCass工業高校を卒業後、ミシガン大学の音楽科へ入学する。大学では、音楽理論の分野で修士課程を修めると共に、ホルンを演奏したり打楽器を教えたりしながら過ごしたという。卒業後は、デトロイト交響楽団のティンパニストとなり、バーンスタイン、オーマンディ、ライナー他著名な指揮者と共演した。
1950年、ベンソンはフルブライト奨学金を得、ギリシャのアナトリア大学へと留学する。そこで彼は、アナトリア大学合唱団を組織した。アナトリア大学合唱団は、ギリシャにおいては当時初めてのco-educationalな合唱団であり、現在も存続している。
1952年にアメリカに戻ると、ノースカロライナ州のマーズ・ヒル大学で管弦楽団と吹奏楽団の指揮を担当した。その翌年、ニューヨークのイサカ大学へと転勤し、コンポーザー・イン・レジデンスと打楽器講師の職を務めた。イサカ大学では音楽史専攻を新たに開設し、東海岸では初となるパーカッションアンサンブルを結成した(アメリカでは二番目)。また、Ford Foundarion Contemporary Music Projectの顧問を務めたり、Comprehensive Musicianshipプロジェクトの立ち上げに参加するなどした。
1967年の9月、ベンソンはイーストマン音楽学校の作曲科教授に着任。1971年にLillian Fairchild賞を受賞、1976年にはCitation of ExcellenceをNational Band Associationより贈られ、さらに1980年から81年にかけては、イーストマン音楽学校よりKilbourn Prof.の称号を贈られ、Guggenheimフェローとなった。
現在でも、ベンソンはアメリカ、カナダ、南アメリカ、ヨーロッパの音楽祭に招かれ、講演を行っている。35以上の国で彼の作品が演奏され、30作品がレコーディングされ、100以上の作品が出版されている。また、United States Information Agencyのアドバイザー、United States Information Services Libraryの講師、Voice of Americaのコンサルタントを務め、1970年にArgentinian Ministry of Cultureより名誉ディプロマを授与された。また、National Endowment for the Artsより多くの助成金を得、1960年よりASCAP主催のSerious Music Awardsを度々受賞している。
インタビューは、1992年に行われた。
Charles Rochester Young(以下Y): あなたは、特に歌曲、そして打楽器や管楽器のための作品の方面で非常な多作家として知られていますが、それらのジャンルへとあなたを向かわせるきっかけとなったのは何なのでしょうか?
Warren Benson(以下B): 私の音楽仲間に管楽器奏者が多かったのです。彼らは、自分のレパートリーの中に存在しないような音楽を私に求めましたが、そのことが私を管楽器に対する興味へと向かわせるきっかけとなったのです。当時のオーケストラが演奏する曲目といえば、古典ばっかりで、アメリカ産の新作を演奏しようとはしませんでした。そこで、私は吹奏楽のために特に作曲を多く提供し始めました。吹奏楽…このジャンルは本当に素晴らしい!多くの人は私を吹奏楽作曲家と考えているようですが、実際は吹奏楽よりもほかのジャンルへ提供した曲目のほうが多いのです。今までやったことのないことにチャレンジするのは、楽しいものです。
Y: 初めてサクソフォンというジャンルに触れたときの事を覚えていますか?
B: 私の隣人の一人が、サクソフォンを吹いていたのです。それは、私がまだとても若い頃のことです。彼はソプラノからバスまで、5種類のサクソフォンを所有していました。ですが、私はその楽器に特に感銘を受けず、次第に文学へと興味を持つようになりました。ところが1940年のことです。Leonard Smithが私に、ギャルド・レピュブリケーヌサクソフォン四重奏団のレコードを聴かせてくれたのです…それは素晴らしいものでした。また、(リード楽器の楽団として有名な)シェップ・フィールズ楽団がミシガンのアナーバーに来たのです。それは私がミシガン大学の学生だった、1944年のことでした。シェップ・フィールズ楽団には、多くのサックスが含まれていました。数本のソプラノとアルト、2本のテナー、バリトン、バスと、計12か13本のサックスです。金管楽器は一本も含まれていませんでした。私は、20世紀初頭から今日までの、ジャズサックス・アンサンブルの歴史に魅了され続けています。こんにち、パーシー・グレインジャーが編成として取り上げたような、サクソフォンのラージアンサンブルを立ち上げるような動きが高まっているのは、興味深いことです。ですが、正直に言うと私はバスサクソフォンの見過ごされ方には失望しています。現代のウィンド・アンサンブルには、機敏なバス音域楽器が欠けていると思います。バスサクソフォンこそが、最も俊敏なバス楽器であり、さらに楽器としての際立った強靭さを持っています。ですが、現代ではその重要さが見過ごされているといっても過言ではないでしょう。バスサクソフォンがないこと、それは吹奏楽の中で大きな"穴"となっていると思います。
Y: ジャズへの興味が、あなたをサクソフォンへと向かわせるきっかけになったということですか?
B: いいえ、違います。しかし、サクソフォンという楽器に対する概念形成の一因となっています。
ジャズサクソフォン奏者は、とても自分がもつ音色のアイデンティティを気にかけているようです。あなたが、何の曲でも構わないのですが…ジャズプレイヤーの吹く2、3の音符を聴いたとしましょう。すると、有名な奏者ならば、たちどころに誰が吹いたのか、ということを認識することができます。音色とフレージングの点において、誰かの真似をするということは、彼らは許されれないのです!
私は長年の間、管楽器というジャンルを見てきましたが、サクソフォンに関して言えば、誰もがそれに向かって努力すべき「理想的な」サウンド、「黄金の」音色、といった観念があります。それは、人の声に似ています…愛や憎しみといった自己の感情を表現するために、あなたは声の質を変えることがあるでしょう?もしそうでなければ、それは自己を失っているということに他ならないのです。「ジャズサックス吹きは、彼らが言いたいことをどう表現すればいいかを、本当に良くわかっている」これはヴィンセント・パーシケッティが私に向かって言った言葉です。この言葉こそが、全てを表していると思います。しかし、私をサクソフォン音楽へと向かわせるきっかけの最大のファクターが、ジャズサクソフォンとの出会い、というわけではありません。そうではなく、ジグルート(シガート)・ラッシャー Sigurd Rascherとの出会いこそが、私をサクソフォンに目覚めさせた最大の出来事でした。
Y: ラッシャーとは、どのようにして知り合ったのですか?
B: 私は、ノースカロライナ州のBrevard音楽センターで講師の職にありました。ラッシャーは、そこのアーティスト・イン・レジデンスだったのです。彼は私のために何曲か演奏してくれたのですが、そのフラジオ(アルティッシモ)音域に私は大変興味を抱きました。当時、ラッシャーほど高い音を演奏できる者はいなかったと思います。そして最初の出会いから6、7年に渡り、音楽的な付き合いをしました。私たちは、家族のようにとても良好な関係を持っていたと思います。インゴルフ・ダール「協奏曲」の初演は、我々が行ったのですよ。そこで演奏したのは、今日演奏されるバージョンよりも力強い、オリジナルのバージョンでした。
私がラッシャーと出会うまでに、彼はすでに50以上のサクソフォン作品を委嘱し演奏していました。しかも、そのどれもが「本物の」作曲家の手による作品…イベール、ヒンデミット、ブラントらによるものだったのです。ですから、彼が私に「コンチェルティーノ」を委嘱したとき、私はたいそう喜んだものです。私はまず中間楽章として「エオリアン・ソング」を1953年までに作曲し、残りの楽章を1954年までに仕上げました。ラッシャーは1955年の1月に私の「コンチェルティーノ」を初演し、その後数え切れないほどの再演を行ってくれました。特に「エオリアン・ソング」はラッシャー以外の奏者の手によって何千回と演奏されています。最近ではプリズム・サクソフォン四重奏団 Prism Saxophone Quartetが伴奏がウィンド・シンセサイザーであるバージョンをツアーで演奏しました。
Y: それは興味深いですね!「エオリアン・ソング」には、吹奏楽、ピアノ、ウィンドシンセ以外の伴奏バージョンも存在するのですか?
B: ええ、ありますよ。私はラッシャーとその娘のカリーナ・ラッシャーのために、オーケストラもしくは吹奏楽伴奏とアルトサクソフォンソロ、そしてソプラノサクソフォンのオブリガートを付与したバージョンを作曲しました。それ以外のバージョンが存在するかどうかは、ちょっとわかりかねますが…。ちなみにその楽譜は、もともとMCAが所有していましたが、Theodore Presserに版権が渡されました。ですが、現在のところ出版はされていません。
Y: オリジナルバージョンの「エオリアン・ソング」が絶版となっていると聞きましたが、本当ですか?
B: そうです。現在は絶版になっていて、誰にも楽譜を提供できません…ですが、そのうち何とかするつもりです。
Y: 「エオリアン・ソング」に限らず、あなたのサクソフォンのための作品は、高い楽器のコントロール能力を要求するように思います。そのことを意識して作品を書いているのですか?
B: はい。楽器のコントロール能力は、見過ごされているように思います。多くのサックス吹きは、2/3程度のテクニックまでは到達しているのですが、それ以上の鍛錬をしている奏者はあまりいません。ドナルド・シンタ Donald Sintaがそうであったように、全ての音域にわたって、幅の広いダイナミクスで楽器をコントロールして演奏できることが重要だと考えています。あなたも、空気に溶けていくような繊細なディミニュエンドを生徒に要求するでしょう?私は、そのような繊細な音量のコントロールこそ、多くの奏者がそれに向かって努力すべきゴールだと考えています。サクソフォン奏者は、自分の人生において、いかなる速さのパッセージをも演奏する能力、どこまでも大きい音とどこまでも小さい音のコントロール、そしてあらゆる種類のヴィブラート、これらのことを身につけるべきなのです。「音楽は美しくある必要はない、そうではなく作曲家・演奏者が経験した全てのことをメッセージとして伝えるべきだ」という言葉に、私は大変影響されています。もし音楽が、人間の状態を全て照射するようなものだとしたならば、ヴィブラート、ダイナミクス、アーティキュレーション、テンポ…これらの自由なコントロールを十分に身につけておくことは、必要でしょう。
楽器のテクニックと様々な奏法を身につける勉強のために、Thom David Mason, Ron Caravan, Larry Livingston, フレデリック・ヘムケ Frederic Hemkeらに奨学金を与えました。ドナルド・シンタは、楽器のコントロールの点において驚くべき到達をみせました。フレデリック・ヘムケは、私の「ドリーム・ネット」において、私が要求した様々な響きを見事に奏でてくれています。これらの成果が実を結んだとき、私は大変興奮しました!やはり、演奏家が作曲家にこう言わせるほどでないといけませんね「あなたが私に要求したことは何だろうと、学んでみせましょう」。
Y: あなたは過去40年間、何人もの著名なサクソフォン奏者と共同作業をおこない、サクソフォンのレパートリーを形作ってきました。彼らとの出会いの中で、あなたがあなた自身の考えを変えるほどに至ったような経験をいくつか話していただけませんか?
B: フレデリック・ヘムケとは、私がラッシャーとともにミッドウェストバンドとしてシカゴのオーケストラコンヴェンションに参加していたときに初めて会いました。そのとき、ミッドウェストバンドは私の古いバンドのための作品をいくつか演奏してくれたのです。彼と話したこと、さらに、ドナルド・シンタとも良く覚えています。また1966年には、International Society for Music Educationの最初のミーティングがInterlochenで開かれたときに、ジャン=マリー・ロンデックス Jean-Marie Londeixに会いました。そのオープニングコンサートでは私のバレエ音楽が演奏されたのですが、その晩、私はロンデックス夫妻をディナーへと誘い、トラバースシティへと繰り出したのです。その席上で、ロンデックスに私の友人であるシンタとジャック・クリプルを紹介することを約束しました。そしてシンタのコテージへと赴き、朝の3時までオープンリールのテープを聴いたり、音楽のことやサクソフォンのことについてしゃべったりしながら楽しい時間を過ごしました。
サクソフォニストではないですが、カレル・フサ Karel Husaも私の大切な友人の一人です。1954年、彼はニューヨークのイサカ大学で教鞭を執るべく、初めてアメリカへと渡ってきました。ちょうどそのころ、私はニューヨークに住んでいたのです。すぐに我々は親しくなり、家族ぐるみでの付き合いをするようになりました。今でもその関係は続いています。ある晩、ラッシャーが私達の家に泊まっていました。そこで私はカレル・フサと彼の家族をディナーへと招待し、ラッシャーを彼らに紹介しました。ラッシャーがぜひカレル・フサの家族のために演奏したいといったので、私はオフィスの鍵を貸しました。数時間、フサの家族はラッシャーの演奏を楽しんでいたようです。フサの「エレジーとロンド」は、その出会いがきっかけとなって生まれました。フサと私は、ロチェスターでの初演を聴くためにロチェスターまで赴いたのですよ。
その後のことですが、サクソフォン・コングレスがシカゴで開かれたとき、私はロンデックスによるデニゾフ「ソナタ」のアメリカ初演に際して、スピーチを行うべく招かれました。彼は重音など、様々なテクニックによってその曲を演奏し、聴衆は大変なショックを受けたのです!シカゴのコングレスでは、私の友人達…ラッシャー、シンタ、ヘムケ、ロンデックス、ルソー、フレデリック・フェネル、セシル・リースンと楽しい時間を過ごしました。また、ラリー・ティールにも会いました。彼は、私がデトロイト交響楽団にいた頃からの知り合いでした。このコングレスは、サクソフォンという楽器が初めて産声をあげたというべき大変興味深いイベントでした。ラッシャーの高音域も、基本的な奏法だと思えるようになりました。シカゴのコングレス以来、アメリカではアルトに限らず様々なレパートリーが作曲されています。私がそれらのレパートリーの一部を手がけられたこと、本当に嬉しく思います。
Y: あなたは詩と絵画を趣味としていると聞きましたが、それらはあなたの書く音楽へ影響を及ぼしていますか?
B: 私は4歳か5歳のころから詩を書き始めました。私は詩人ではありませんから、私の書く詩がそれほど重要になるとは思っていませんでした。私はただ単に楽しみのために、そして複雑な感情を持つ自己を表現するために詩を書いていました。思うに、詩は自己表現の簡潔な手段の一つだと思います。良い詩とは、最小限の言葉で大きなインパクトを与えるようなものです。言葉のひとつひとつが、くっきりと力強く「しゃべって」いるのです。そしてそれらの言葉を並べてゆくこと、これが凄い。言葉を並べると、それらが互いに影響しあって劇的に意味を変えてゆくのです。詩を書くことは、「表現」と「意味」に対して、私を敏感にさせるきっかけとなったと思っています。
私の興味のひとつに、このような事実があります:曲を書いている最中というのは、完成された作品を扱っていることになりますが…これから完成されるべき作品の全体構造が、私がいま書いている音楽にどのように働きかけているのか、興味があります。私は、自分の書く音楽において旋律線の抑揚に気を使っていますが、また「歌う」ことにも気を使っています。歌は、音楽的表現の最も基本的な手段ですから。
絵画も同じです。私は妻(プロの絵描き)からものの見方、そしてどのように見るかということを、42年間に渡りレッスンで教えられてきました。彼は視覚世界というものに深く関わり、その洞察力を磨いてきました。その結果、(たとえ今見ているものが初めて見るものであっても)普段よりも注意深く見ること、注意深く感じること、そういったことを学んだのです。音楽の質を感じ取るとき、この注意深い洞察力は重要だと感じています。注意深く観察することは、しばしば軽視しがちになっている対象の中に、新たなものを見つけるきっかけとなることと思います。
Y: 1970年のシカゴの世界サクソフォンコングレスへの参加以来、あなたがサクソフォン界に対して何か考えを変えたことはありますか?
B: サクソフォンコングレスは、サクソフォンのレパートリーに、種々の新しい、素晴らしい作品が存在するということを知るきっかけになりました。アメリカのサクソフォン奏者に、コングレスでもなければ知ることのないであろう、世界に拡がるサクソフォンの様々な作品を知らしめた、という点から見ても重要であったと思います。コングレスに参加した人たちはみな、今まで知りえなかった世界中の作品に衝撃を受けたのです。演奏家も、疑う余地なく誰もが素晴らしい。世界中で生まれた作品が、奏者のテクニックに影響を及ぼしていったとも言えるのではないでしょうか。
Y: サクソフォン奏者は皆、クラシック音楽界へサクソフォンを受け入れてもらおうという努力を積み重ねてきました。このことに関して、あなたはどう思いますか?
B: そのことに関しては、サクソフォン奏者だけでなく作曲家にも関係しているでしょう。ある作品が出版されるように努力する必要があるような時代は、過去のことです。また、ある作品が演奏されることを保障される時代も、過去のことです。私は、サクソフォニストは皆、重要な作曲家、興味ある作曲家、そしてまだサックス作品を書いていないが、良いと思う作曲家、を意識すべきだと思います。作品を書いてくれそうな作曲家には、コンタクトすべきです。もしかしたら、ニューヨークのタウンホールやアリス・テュリーホールのように魅力的な演奏環境で演奏するよりも、委嘱にお金がかかるかもしれません。ですが、単に嘆願するだけでは良い作品を書いてもらえないかもしれません。
ところで、どれだけの音楽学者や音楽理論家がサクソフォン音楽をまじめに捉えているのでしょう。サクソフォンコングレスのような場所に彼らを呼び、一緒に議論しましょう。コングレスには、サックス吹きはたくさんいますから、もっと積極的に作曲家、音楽学者、音楽理論家を読んでディスカッションを行うべきです。そうでもしなければ、音楽教育の一環として取り入れられるほど、サクソフォンが認知されることはないでしょう。フルート、バスーン、クラリネット、ホルン、トランペットは音楽学者や音楽理論家にまじめに取り上げられています。サクソフォン界を発展させたくば、彼らに、サクソフォニスト達がこの35年~40年の間に取り組んできたことを知ってもらい、評価してもらうべきです。そして彼らとサクソフォンのことについて真剣に議論すべきです。…サクソフォンコングレスへの会場までの、彼らの旅費を負担してでも。いや、それだけの価値が、間違いなくあると思います。
Y: サクソフォン奏者に代わって、あなたの、40年にわたるサクソフォンに対する作品の提供と音楽的洞察に、感謝申し上げます。ありがとうございました。
B: こちらこそ、ありがとう。
http://www.uwsp.edu/music/cyoung/an.htm
出典は、1998年にウィスコンシン大学で開かれたサクソフォンシンポジウムへ提供された資料から。インタビュー自体は、1992年に行われたようだ。
大変興味深く、示唆に富む内容であったので、全文を和訳して載せてみます。特に転載許可は取っていないので、まずかったら消します。また、翻訳作業に疲れて現在のところまったく校閲を行っていないので、間違いなどあったらご指摘ください(特に詩やら絵画やらの話題のところはワケが解らなかったため、ボロボロかも…)。
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ウォーレン・ベンソンは、1924年デトロイトに生まれ、幼少より打楽器とホルンを学んだ。デトロイトのCass工業高校を卒業後、ミシガン大学の音楽科へ入学する。大学では、音楽理論の分野で修士課程を修めると共に、ホルンを演奏したり打楽器を教えたりしながら過ごしたという。卒業後は、デトロイト交響楽団のティンパニストとなり、バーンスタイン、オーマンディ、ライナー他著名な指揮者と共演した。
1950年、ベンソンはフルブライト奨学金を得、ギリシャのアナトリア大学へと留学する。そこで彼は、アナトリア大学合唱団を組織した。アナトリア大学合唱団は、ギリシャにおいては当時初めてのco-educationalな合唱団であり、現在も存続している。
1952年にアメリカに戻ると、ノースカロライナ州のマーズ・ヒル大学で管弦楽団と吹奏楽団の指揮を担当した。その翌年、ニューヨークのイサカ大学へと転勤し、コンポーザー・イン・レジデンスと打楽器講師の職を務めた。イサカ大学では音楽史専攻を新たに開設し、東海岸では初となるパーカッションアンサンブルを結成した(アメリカでは二番目)。また、Ford Foundarion Contemporary Music Projectの顧問を務めたり、Comprehensive Musicianshipプロジェクトの立ち上げに参加するなどした。
1967年の9月、ベンソンはイーストマン音楽学校の作曲科教授に着任。1971年にLillian Fairchild賞を受賞、1976年にはCitation of ExcellenceをNational Band Associationより贈られ、さらに1980年から81年にかけては、イーストマン音楽学校よりKilbourn Prof.の称号を贈られ、Guggenheimフェローとなった。
現在でも、ベンソンはアメリカ、カナダ、南アメリカ、ヨーロッパの音楽祭に招かれ、講演を行っている。35以上の国で彼の作品が演奏され、30作品がレコーディングされ、100以上の作品が出版されている。また、United States Information Agencyのアドバイザー、United States Information Services Libraryの講師、Voice of Americaのコンサルタントを務め、1970年にArgentinian Ministry of Cultureより名誉ディプロマを授与された。また、National Endowment for the Artsより多くの助成金を得、1960年よりASCAP主催のSerious Music Awardsを度々受賞している。
インタビューは、1992年に行われた。
Charles Rochester Young(以下Y): あなたは、特に歌曲、そして打楽器や管楽器のための作品の方面で非常な多作家として知られていますが、それらのジャンルへとあなたを向かわせるきっかけとなったのは何なのでしょうか?
Warren Benson(以下B): 私の音楽仲間に管楽器奏者が多かったのです。彼らは、自分のレパートリーの中に存在しないような音楽を私に求めましたが、そのことが私を管楽器に対する興味へと向かわせるきっかけとなったのです。当時のオーケストラが演奏する曲目といえば、古典ばっかりで、アメリカ産の新作を演奏しようとはしませんでした。そこで、私は吹奏楽のために特に作曲を多く提供し始めました。吹奏楽…このジャンルは本当に素晴らしい!多くの人は私を吹奏楽作曲家と考えているようですが、実際は吹奏楽よりもほかのジャンルへ提供した曲目のほうが多いのです。今までやったことのないことにチャレンジするのは、楽しいものです。
Y: 初めてサクソフォンというジャンルに触れたときの事を覚えていますか?
B: 私の隣人の一人が、サクソフォンを吹いていたのです。それは、私がまだとても若い頃のことです。彼はソプラノからバスまで、5種類のサクソフォンを所有していました。ですが、私はその楽器に特に感銘を受けず、次第に文学へと興味を持つようになりました。ところが1940年のことです。Leonard Smithが私に、ギャルド・レピュブリケーヌサクソフォン四重奏団のレコードを聴かせてくれたのです…それは素晴らしいものでした。また、(リード楽器の楽団として有名な)シェップ・フィールズ楽団がミシガンのアナーバーに来たのです。それは私がミシガン大学の学生だった、1944年のことでした。シェップ・フィールズ楽団には、多くのサックスが含まれていました。数本のソプラノとアルト、2本のテナー、バリトン、バスと、計12か13本のサックスです。金管楽器は一本も含まれていませんでした。私は、20世紀初頭から今日までの、ジャズサックス・アンサンブルの歴史に魅了され続けています。こんにち、パーシー・グレインジャーが編成として取り上げたような、サクソフォンのラージアンサンブルを立ち上げるような動きが高まっているのは、興味深いことです。ですが、正直に言うと私はバスサクソフォンの見過ごされ方には失望しています。現代のウィンド・アンサンブルには、機敏なバス音域楽器が欠けていると思います。バスサクソフォンこそが、最も俊敏なバス楽器であり、さらに楽器としての際立った強靭さを持っています。ですが、現代ではその重要さが見過ごされているといっても過言ではないでしょう。バスサクソフォンがないこと、それは吹奏楽の中で大きな"穴"となっていると思います。
Y: ジャズへの興味が、あなたをサクソフォンへと向かわせるきっかけになったということですか?
B: いいえ、違います。しかし、サクソフォンという楽器に対する概念形成の一因となっています。
ジャズサクソフォン奏者は、とても自分がもつ音色のアイデンティティを気にかけているようです。あなたが、何の曲でも構わないのですが…ジャズプレイヤーの吹く2、3の音符を聴いたとしましょう。すると、有名な奏者ならば、たちどころに誰が吹いたのか、ということを認識することができます。音色とフレージングの点において、誰かの真似をするということは、彼らは許されれないのです!
私は長年の間、管楽器というジャンルを見てきましたが、サクソフォンに関して言えば、誰もがそれに向かって努力すべき「理想的な」サウンド、「黄金の」音色、といった観念があります。それは、人の声に似ています…愛や憎しみといった自己の感情を表現するために、あなたは声の質を変えることがあるでしょう?もしそうでなければ、それは自己を失っているということに他ならないのです。「ジャズサックス吹きは、彼らが言いたいことをどう表現すればいいかを、本当に良くわかっている」これはヴィンセント・パーシケッティが私に向かって言った言葉です。この言葉こそが、全てを表していると思います。しかし、私をサクソフォン音楽へと向かわせるきっかけの最大のファクターが、ジャズサクソフォンとの出会い、というわけではありません。そうではなく、ジグルート(シガート)・ラッシャー Sigurd Rascherとの出会いこそが、私をサクソフォンに目覚めさせた最大の出来事でした。
Y: ラッシャーとは、どのようにして知り合ったのですか?
B: 私は、ノースカロライナ州のBrevard音楽センターで講師の職にありました。ラッシャーは、そこのアーティスト・イン・レジデンスだったのです。彼は私のために何曲か演奏してくれたのですが、そのフラジオ(アルティッシモ)音域に私は大変興味を抱きました。当時、ラッシャーほど高い音を演奏できる者はいなかったと思います。そして最初の出会いから6、7年に渡り、音楽的な付き合いをしました。私たちは、家族のようにとても良好な関係を持っていたと思います。インゴルフ・ダール「協奏曲」の初演は、我々が行ったのですよ。そこで演奏したのは、今日演奏されるバージョンよりも力強い、オリジナルのバージョンでした。
私がラッシャーと出会うまでに、彼はすでに50以上のサクソフォン作品を委嘱し演奏していました。しかも、そのどれもが「本物の」作曲家の手による作品…イベール、ヒンデミット、ブラントらによるものだったのです。ですから、彼が私に「コンチェルティーノ」を委嘱したとき、私はたいそう喜んだものです。私はまず中間楽章として「エオリアン・ソング」を1953年までに作曲し、残りの楽章を1954年までに仕上げました。ラッシャーは1955年の1月に私の「コンチェルティーノ」を初演し、その後数え切れないほどの再演を行ってくれました。特に「エオリアン・ソング」はラッシャー以外の奏者の手によって何千回と演奏されています。最近ではプリズム・サクソフォン四重奏団 Prism Saxophone Quartetが伴奏がウィンド・シンセサイザーであるバージョンをツアーで演奏しました。
Y: それは興味深いですね!「エオリアン・ソング」には、吹奏楽、ピアノ、ウィンドシンセ以外の伴奏バージョンも存在するのですか?
B: ええ、ありますよ。私はラッシャーとその娘のカリーナ・ラッシャーのために、オーケストラもしくは吹奏楽伴奏とアルトサクソフォンソロ、そしてソプラノサクソフォンのオブリガートを付与したバージョンを作曲しました。それ以外のバージョンが存在するかどうかは、ちょっとわかりかねますが…。ちなみにその楽譜は、もともとMCAが所有していましたが、Theodore Presserに版権が渡されました。ですが、現在のところ出版はされていません。
Y: オリジナルバージョンの「エオリアン・ソング」が絶版となっていると聞きましたが、本当ですか?
B: そうです。現在は絶版になっていて、誰にも楽譜を提供できません…ですが、そのうち何とかするつもりです。
Y: 「エオリアン・ソング」に限らず、あなたのサクソフォンのための作品は、高い楽器のコントロール能力を要求するように思います。そのことを意識して作品を書いているのですか?
B: はい。楽器のコントロール能力は、見過ごされているように思います。多くのサックス吹きは、2/3程度のテクニックまでは到達しているのですが、それ以上の鍛錬をしている奏者はあまりいません。ドナルド・シンタ Donald Sintaがそうであったように、全ての音域にわたって、幅の広いダイナミクスで楽器をコントロールして演奏できることが重要だと考えています。あなたも、空気に溶けていくような繊細なディミニュエンドを生徒に要求するでしょう?私は、そのような繊細な音量のコントロールこそ、多くの奏者がそれに向かって努力すべきゴールだと考えています。サクソフォン奏者は、自分の人生において、いかなる速さのパッセージをも演奏する能力、どこまでも大きい音とどこまでも小さい音のコントロール、そしてあらゆる種類のヴィブラート、これらのことを身につけるべきなのです。「音楽は美しくある必要はない、そうではなく作曲家・演奏者が経験した全てのことをメッセージとして伝えるべきだ」という言葉に、私は大変影響されています。もし音楽が、人間の状態を全て照射するようなものだとしたならば、ヴィブラート、ダイナミクス、アーティキュレーション、テンポ…これらの自由なコントロールを十分に身につけておくことは、必要でしょう。
楽器のテクニックと様々な奏法を身につける勉強のために、Thom David Mason, Ron Caravan, Larry Livingston, フレデリック・ヘムケ Frederic Hemkeらに奨学金を与えました。ドナルド・シンタは、楽器のコントロールの点において驚くべき到達をみせました。フレデリック・ヘムケは、私の「ドリーム・ネット」において、私が要求した様々な響きを見事に奏でてくれています。これらの成果が実を結んだとき、私は大変興奮しました!やはり、演奏家が作曲家にこう言わせるほどでないといけませんね「あなたが私に要求したことは何だろうと、学んでみせましょう」。
Y: あなたは過去40年間、何人もの著名なサクソフォン奏者と共同作業をおこない、サクソフォンのレパートリーを形作ってきました。彼らとの出会いの中で、あなたがあなた自身の考えを変えるほどに至ったような経験をいくつか話していただけませんか?
B: フレデリック・ヘムケとは、私がラッシャーとともにミッドウェストバンドとしてシカゴのオーケストラコンヴェンションに参加していたときに初めて会いました。そのとき、ミッドウェストバンドは私の古いバンドのための作品をいくつか演奏してくれたのです。彼と話したこと、さらに、ドナルド・シンタとも良く覚えています。また1966年には、International Society for Music Educationの最初のミーティングがInterlochenで開かれたときに、ジャン=マリー・ロンデックス Jean-Marie Londeixに会いました。そのオープニングコンサートでは私のバレエ音楽が演奏されたのですが、その晩、私はロンデックス夫妻をディナーへと誘い、トラバースシティへと繰り出したのです。その席上で、ロンデックスに私の友人であるシンタとジャック・クリプルを紹介することを約束しました。そしてシンタのコテージへと赴き、朝の3時までオープンリールのテープを聴いたり、音楽のことやサクソフォンのことについてしゃべったりしながら楽しい時間を過ごしました。
サクソフォニストではないですが、カレル・フサ Karel Husaも私の大切な友人の一人です。1954年、彼はニューヨークのイサカ大学で教鞭を執るべく、初めてアメリカへと渡ってきました。ちょうどそのころ、私はニューヨークに住んでいたのです。すぐに我々は親しくなり、家族ぐるみでの付き合いをするようになりました。今でもその関係は続いています。ある晩、ラッシャーが私達の家に泊まっていました。そこで私はカレル・フサと彼の家族をディナーへと招待し、ラッシャーを彼らに紹介しました。ラッシャーがぜひカレル・フサの家族のために演奏したいといったので、私はオフィスの鍵を貸しました。数時間、フサの家族はラッシャーの演奏を楽しんでいたようです。フサの「エレジーとロンド」は、その出会いがきっかけとなって生まれました。フサと私は、ロチェスターでの初演を聴くためにロチェスターまで赴いたのですよ。
その後のことですが、サクソフォン・コングレスがシカゴで開かれたとき、私はロンデックスによるデニゾフ「ソナタ」のアメリカ初演に際して、スピーチを行うべく招かれました。彼は重音など、様々なテクニックによってその曲を演奏し、聴衆は大変なショックを受けたのです!シカゴのコングレスでは、私の友人達…ラッシャー、シンタ、ヘムケ、ロンデックス、ルソー、フレデリック・フェネル、セシル・リースンと楽しい時間を過ごしました。また、ラリー・ティールにも会いました。彼は、私がデトロイト交響楽団にいた頃からの知り合いでした。このコングレスは、サクソフォンという楽器が初めて産声をあげたというべき大変興味深いイベントでした。ラッシャーの高音域も、基本的な奏法だと思えるようになりました。シカゴのコングレス以来、アメリカではアルトに限らず様々なレパートリーが作曲されています。私がそれらのレパートリーの一部を手がけられたこと、本当に嬉しく思います。
Y: あなたは詩と絵画を趣味としていると聞きましたが、それらはあなたの書く音楽へ影響を及ぼしていますか?
B: 私は4歳か5歳のころから詩を書き始めました。私は詩人ではありませんから、私の書く詩がそれほど重要になるとは思っていませんでした。私はただ単に楽しみのために、そして複雑な感情を持つ自己を表現するために詩を書いていました。思うに、詩は自己表現の簡潔な手段の一つだと思います。良い詩とは、最小限の言葉で大きなインパクトを与えるようなものです。言葉のひとつひとつが、くっきりと力強く「しゃべって」いるのです。そしてそれらの言葉を並べてゆくこと、これが凄い。言葉を並べると、それらが互いに影響しあって劇的に意味を変えてゆくのです。詩を書くことは、「表現」と「意味」に対して、私を敏感にさせるきっかけとなったと思っています。
私の興味のひとつに、このような事実があります:曲を書いている最中というのは、完成された作品を扱っていることになりますが…これから完成されるべき作品の全体構造が、私がいま書いている音楽にどのように働きかけているのか、興味があります。私は、自分の書く音楽において旋律線の抑揚に気を使っていますが、また「歌う」ことにも気を使っています。歌は、音楽的表現の最も基本的な手段ですから。
絵画も同じです。私は妻(プロの絵描き)からものの見方、そしてどのように見るかということを、42年間に渡りレッスンで教えられてきました。彼は視覚世界というものに深く関わり、その洞察力を磨いてきました。その結果、(たとえ今見ているものが初めて見るものであっても)普段よりも注意深く見ること、注意深く感じること、そういったことを学んだのです。音楽の質を感じ取るとき、この注意深い洞察力は重要だと感じています。注意深く観察することは、しばしば軽視しがちになっている対象の中に、新たなものを見つけるきっかけとなることと思います。
Y: 1970年のシカゴの世界サクソフォンコングレスへの参加以来、あなたがサクソフォン界に対して何か考えを変えたことはありますか?
B: サクソフォンコングレスは、サクソフォンのレパートリーに、種々の新しい、素晴らしい作品が存在するということを知るきっかけになりました。アメリカのサクソフォン奏者に、コングレスでもなければ知ることのないであろう、世界に拡がるサクソフォンの様々な作品を知らしめた、という点から見ても重要であったと思います。コングレスに参加した人たちはみな、今まで知りえなかった世界中の作品に衝撃を受けたのです。演奏家も、疑う余地なく誰もが素晴らしい。世界中で生まれた作品が、奏者のテクニックに影響を及ぼしていったとも言えるのではないでしょうか。
Y: サクソフォン奏者は皆、クラシック音楽界へサクソフォンを受け入れてもらおうという努力を積み重ねてきました。このことに関して、あなたはどう思いますか?
B: そのことに関しては、サクソフォン奏者だけでなく作曲家にも関係しているでしょう。ある作品が出版されるように努力する必要があるような時代は、過去のことです。また、ある作品が演奏されることを保障される時代も、過去のことです。私は、サクソフォニストは皆、重要な作曲家、興味ある作曲家、そしてまだサックス作品を書いていないが、良いと思う作曲家、を意識すべきだと思います。作品を書いてくれそうな作曲家には、コンタクトすべきです。もしかしたら、ニューヨークのタウンホールやアリス・テュリーホールのように魅力的な演奏環境で演奏するよりも、委嘱にお金がかかるかもしれません。ですが、単に嘆願するだけでは良い作品を書いてもらえないかもしれません。
ところで、どれだけの音楽学者や音楽理論家がサクソフォン音楽をまじめに捉えているのでしょう。サクソフォンコングレスのような場所に彼らを呼び、一緒に議論しましょう。コングレスには、サックス吹きはたくさんいますから、もっと積極的に作曲家、音楽学者、音楽理論家を読んでディスカッションを行うべきです。そうでもしなければ、音楽教育の一環として取り入れられるほど、サクソフォンが認知されることはないでしょう。フルート、バスーン、クラリネット、ホルン、トランペットは音楽学者や音楽理論家にまじめに取り上げられています。サクソフォン界を発展させたくば、彼らに、サクソフォニスト達がこの35年~40年の間に取り組んできたことを知ってもらい、評価してもらうべきです。そして彼らとサクソフォンのことについて真剣に議論すべきです。…サクソフォンコングレスへの会場までの、彼らの旅費を負担してでも。いや、それだけの価値が、間違いなくあると思います。
Y: サクソフォン奏者に代わって、あなたの、40年にわたるサクソフォンに対する作品の提供と音楽的洞察に、感謝申し上げます。ありがとうございました。
B: こちらこそ、ありがとう。
面白かったので
Sax on the Webでの2003年のMichigansaxさんの書き込み。面白いなーと、思ったのでちょっと訳して載せてみます。こういう書き方は、アメリカならではですな。
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[Important Announcement]
After years of frustration and countless broken reeds, at 7:55 pm CST, at my home in the Dallas suburb of Rowlett, TX, I, Joey Resendez, was able to perform a slap tongue (was that a run-on?). I would like to thank Erik Ronmark, Z Marshall Ignas, and many others whose advice helped me achieve this monumental step in my quest as a saxophonist. I do realize that I still have a long road ahead of me in mastering all the aspects of slap tongue (i.e. speed, alternating between slap and regular) but I feel that this will fall into place in due time.
I bid you all good evening and best wishes.
If anybody wants me, I'll be practicing Jungle.
スレッドタイトル【重要なお知らせ】
幾年間にもわたる挫折、そして何枚ものリード破壊を経て、本日午後7時55分、テキサス州ローレット郊外ダラスに位置する私の自宅にて、ワタクシJoey Resendezはスラップタンギングを習得したことをここにお知らせする。私がスラップタンギングの習得という記念的事象にたどり着くためにご尽力いただいたErik Ronmark、Z Marshall Ignas、その他多くの方々にこの場を借りて感謝を申し上げたい。スラップタンギングのさまざまな側面(スピード、普通の発音との切り替え等々)をマスターためには、まだ険しい道のりが待ち受けているだろう。しかし、最初の一歩を踏み出せたこと、今は素直に喜びたいと思う。
ここを見ている皆さんが、本日も素敵な夕べを過ごされますよう。
…あー、もし誰かが望むのなら、「ジャングル(※)」練習しますよ。
※クリスチャン・ロバ Christian Laubaの「ジャングル Jungle」は、アルトサクソフォンのための独奏曲。全曲に渡り、超高速なスラップタンギングが要求される。
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[Important Announcement]
After years of frustration and countless broken reeds, at 7:55 pm CST, at my home in the Dallas suburb of Rowlett, TX, I, Joey Resendez, was able to perform a slap tongue (was that a run-on?). I would like to thank Erik Ronmark, Z Marshall Ignas, and many others whose advice helped me achieve this monumental step in my quest as a saxophonist. I do realize that I still have a long road ahead of me in mastering all the aspects of slap tongue (i.e. speed, alternating between slap and regular) but I feel that this will fall into place in due time.
I bid you all good evening and best wishes.
If anybody wants me, I'll be practicing Jungle.
スレッドタイトル【重要なお知らせ】
幾年間にもわたる挫折、そして何枚ものリード破壊を経て、本日午後7時55分、テキサス州ローレット郊外ダラスに位置する私の自宅にて、ワタクシJoey Resendezはスラップタンギングを習得したことをここにお知らせする。私がスラップタンギングの習得という記念的事象にたどり着くためにご尽力いただいたErik Ronmark、Z Marshall Ignas、その他多くの方々にこの場を借りて感謝を申し上げたい。スラップタンギングのさまざまな側面(スピード、普通の発音との切り替え等々)をマスターためには、まだ険しい道のりが待ち受けているだろう。しかし、最初の一歩を踏み出せたこと、今は素直に喜びたいと思う。
ここを見ている皆さんが、本日も素敵な夕べを過ごされますよう。
…あー、もし誰かが望むのなら、「ジャングル(※)」練習しますよ。
※クリスチャン・ロバ Christian Laubaの「ジャングル Jungle」は、アルトサクソフォンのための独奏曲。全曲に渡り、超高速なスラップタンギングが要求される。
2007/11/08
les désaxés(デサクセ) on YouTube
見つけたっきり、すっかり紹介を忘れていた。フランスのサックス四重奏パフォーマンス集団「Les désaxés(デサクセ)」のプロモーション用ムービーがYouTubeにあったので貼り付けておく。デサクセ…例えるならサックス四重奏ヴァージョンのBlast!みたいな感じだろうか?いや、ちょっと違うな(楽器を放り投げたりはしない)。まあ観てみてください。
井上麻子さんによる記事を拝見して以来、「どんな感じなのかなー、観てみたいなー」と思っていたのだが、まさかYouTube上で観ることになるとは思わなかった。個人的にサンジュレがウケた。こりゃすごい。ハバネラ・サックス四重奏団も、この辺りから影響を受けているのかな。なんだか通じるものを感じる。
井上麻子さんによる記事を拝見して以来、「どんな感じなのかなー、観てみたいなー」と思っていたのだが、まさかYouTube上で観ることになるとは思わなかった。個人的にサンジュレがウケた。こりゃすごい。ハバネラ・サックス四重奏団も、この辺りから影響を受けているのかな。なんだか通じるものを感じる。
2007/11/07
朝練習のこと
今日から、主にフェスティバルへ向けての朝練習開始…と思ったら全員寝坊 or 体調不良。あらら。しょうがないので、自分のパートの一番の懸案であるフラット5つの難所をぱらぱらさらう(図参照)。パターンが決まっているわけでもなく、跳躍も厄介で、しかも音程的に苦手なフラット系の指使いが頻出。ずっと練習していると逃げ出したくなってくる。跳躍はまだましになったけれど、特に音程のコントロールはつらいところ。
ウチの大学ってかなり特殊で、学生の住まいと大学が互いに密接な場所に位置しているため、切羽詰っているときほど朝練習はよくやる。これは、コンクールに出た去年、アンコンに出た一昨年と前一昨年、毎年感じていることだが、朝練習を繰り返していくと、昼間~夕方に吹いたときにものすごく調子が良いのだ。高山トレーニングみたいなものか。いや、自分にとっては低血圧トレーニング、かも。
中学や高校のときは朝早く家を出て練習に向かっていたけれど、なかなか大学になると体が言うことを聞かない(笑)一人暮らしだし。夜も遅くまで研究のほうが忙しいが、足りない分は気合でカバーしてとりあえずフェスティバルまでは頑張っていこうと思う。あー、アンサンブルコンクールどうしようかなあ。今のままだと、メンバーの日程が合わず出られない…。
ウチの大学ってかなり特殊で、学生の住まいと大学が互いに密接な場所に位置しているため、切羽詰っているときほど朝練習はよくやる。これは、コンクールに出た去年、アンコンに出た一昨年と前一昨年、毎年感じていることだが、朝練習を繰り返していくと、昼間~夕方に吹いたときにものすごく調子が良いのだ。高山トレーニングみたいなものか。いや、自分にとっては低血圧トレーニング、かも。
中学や高校のときは朝早く家を出て練習に向かっていたけれど、なかなか大学になると体が言うことを聞かない(笑)一人暮らしだし。夜も遅くまで研究のほうが忙しいが、足りない分は気合でカバーしてとりあえずフェスティバルまでは頑張っていこうと思う。あー、アンサンブルコンクールどうしようかなあ。今のままだと、メンバーの日程が合わず出られない…。
2007/11/06
ミュールが考えていたこと
私の両親はとても音楽に理解がある人たちだ。私が学生という身分でありながら、音楽を続けていられるのは、父と母のおかげだと思っている。父は、このブログを定常的に読んでおり、時々ブログの内容についてメールや手紙をくれるのだが、今日受け取った手紙の中に、ミュールに関する、とある父の考えが書いてあったので、少し膨らめつつ記しておきたい。
「1901年に生まれ、1930年代より頭角を現し、第一線の音楽家として活躍する。1958年にソロ活動引退、1967年に四重奏を解散、1968年に教授職を引退、以降サクソフォンを吹くことはなかった。2001年に逝去」というのは、言わずと知れたサクソフォンの神様、マルセル・ミュール Marcel Mule氏が辿ったタイムラインである。ミュールはこの70年弱の間に、演奏、録音、教育の分野でさまざまな功績を残した。たとえば、サクソフォンに豊かなヴィブラートを取り入れ、クラシック楽器としての定義を確立し、SATBの四重奏という形態を室内楽の編成として位置づけたことは、サックスを吹いているものならば知らぬものはいないだろう。さらに、さまざまなオーケストラへの独奏者としての客演、何十枚ものレコーディング、パリ国立高等音楽院教授としての後進の育成…宮島基栄がエッセイの中で述べているが、はたから見れば「やりたいことはすべてやってしまった」というふうである。そう、私たちの目から見れば、1968年の完全な引退までに、自分がサクソフォンを通してやりたい音楽は、すべてこなしてしまったのだろうと思える。
ミュール本人は、引退直前にどう考えていたのだろう?当時世界最先端のサクソフォン教育を行っているパリ音楽院教授のこと、サクソフォンという楽器に宿る無限の可能性を知っていないはずがない。それを知りながら、敢えて1968年で引退したのは、やや不可解にも映る。音楽界を見渡せば、ポスト・モダンにすら突入していない時代であり、かつサクソフォンの世界に至っては、モダニズムにすら飛び込んでいない(サクソフォンがモダニズムの世界へと足を踏み入れるのは、1970年のデニゾフ「ソナタ」まで待たなければいけない)。ミュールはモダン・ミュージックを見ていなかったというのか?いや、そんなはずがない。それならば、なぜサクソフォンにモダン・ミュージックを取り入れるのを待たずに、引退してしまったのだろう?
単純な趣味の問題、という話もあるが、どうだろう。「難しいことを追い求めるな、易しいことを追い求めよ」というミュール自身の言葉からは、彼が持っている往年の「趣味の良さ」的雰囲気を感じ取ることができる。確かにゲンダイオンガクには手を出さなさそうなイメージ…。モダン・ミュージックを知ったころには、テクニック的な問題から取り組むことができなかったのか?うーん、それでも、ダルムシュタットは1947年からだし、それを考えるとミュールが特殊奏法に取り組まなかったのは、ちょっと不思議だ。
もちろん、モダン・ミュージックに限った話ではなくて、引退せずに音楽活動を続ければ「当時サクソフォンの『可能性』と呼ばれていたものを、ミュールが自身の手によって現実化することができただろうに…」というのは、誰しもが思うことだ。
…思うに(ここからが父の考えの受け売りだが)ミュールは、続く世代のためにサクソフォンの可能性を可能性のまま「手をつけずに残しておいてくれた」のではないか。自分がやるべきことはやり、これから発展する可能性のあるものはあとは若い世代へと託したのではないだろうか。父の手紙の中からそのまま引用すると、きっとミュールはこう考えていたに違いないと:「さあ、わたしはここまでやってきた。次は君たちの番だよ、私のやってきたことを存分に吸収して、次に君たちがサックスの世界をもっと広げていってほしい」
うん、きっとそうなのだろう。きっとミュールは、当時のサックス界だけでなく、次の世代、次の次の世代までをも、一気に見通した上で自分の音楽活動をリタイアしたのだ。それはすなわち、続く世代は誰もが、ミュールの期待を背負いながらサックスを吹いている、ということになるだろうか。
天国のミュール先生、今のサックス界をどう感じていますか?あなたが残しておいてくれたことに、我々は到達することができたのでしょうか?それとも…
「1901年に生まれ、1930年代より頭角を現し、第一線の音楽家として活躍する。1958年にソロ活動引退、1967年に四重奏を解散、1968年に教授職を引退、以降サクソフォンを吹くことはなかった。2001年に逝去」というのは、言わずと知れたサクソフォンの神様、マルセル・ミュール Marcel Mule氏が辿ったタイムラインである。ミュールはこの70年弱の間に、演奏、録音、教育の分野でさまざまな功績を残した。たとえば、サクソフォンに豊かなヴィブラートを取り入れ、クラシック楽器としての定義を確立し、SATBの四重奏という形態を室内楽の編成として位置づけたことは、サックスを吹いているものならば知らぬものはいないだろう。さらに、さまざまなオーケストラへの独奏者としての客演、何十枚ものレコーディング、パリ国立高等音楽院教授としての後進の育成…宮島基栄がエッセイの中で述べているが、はたから見れば「やりたいことはすべてやってしまった」というふうである。そう、私たちの目から見れば、1968年の完全な引退までに、自分がサクソフォンを通してやりたい音楽は、すべてこなしてしまったのだろうと思える。
ミュール本人は、引退直前にどう考えていたのだろう?当時世界最先端のサクソフォン教育を行っているパリ音楽院教授のこと、サクソフォンという楽器に宿る無限の可能性を知っていないはずがない。それを知りながら、敢えて1968年で引退したのは、やや不可解にも映る。音楽界を見渡せば、ポスト・モダンにすら突入していない時代であり、かつサクソフォンの世界に至っては、モダニズムにすら飛び込んでいない(サクソフォンがモダニズムの世界へと足を踏み入れるのは、1970年のデニゾフ「ソナタ」まで待たなければいけない)。ミュールはモダン・ミュージックを見ていなかったというのか?いや、そんなはずがない。それならば、なぜサクソフォンにモダン・ミュージックを取り入れるのを待たずに、引退してしまったのだろう?
単純な趣味の問題、という話もあるが、どうだろう。「難しいことを追い求めるな、易しいことを追い求めよ」というミュール自身の言葉からは、彼が持っている往年の「趣味の良さ」的雰囲気を感じ取ることができる。確かにゲンダイオンガクには手を出さなさそうなイメージ…。モダン・ミュージックを知ったころには、テクニック的な問題から取り組むことができなかったのか?うーん、それでも、ダルムシュタットは1947年からだし、それを考えるとミュールが特殊奏法に取り組まなかったのは、ちょっと不思議だ。
もちろん、モダン・ミュージックに限った話ではなくて、引退せずに音楽活動を続ければ「当時サクソフォンの『可能性』と呼ばれていたものを、ミュールが自身の手によって現実化することができただろうに…」というのは、誰しもが思うことだ。
…思うに(ここからが父の考えの受け売りだが)ミュールは、続く世代のためにサクソフォンの可能性を可能性のまま「手をつけずに残しておいてくれた」のではないか。自分がやるべきことはやり、これから発展する可能性のあるものはあとは若い世代へと託したのではないだろうか。父の手紙の中からそのまま引用すると、きっとミュールはこう考えていたに違いないと:「さあ、わたしはここまでやってきた。次は君たちの番だよ、私のやってきたことを存分に吸収して、次に君たちがサックスの世界をもっと広げていってほしい」
うん、きっとそうなのだろう。きっとミュールは、当時のサックス界だけでなく、次の世代、次の次の世代までをも、一気に見通した上で自分の音楽活動をリタイアしたのだ。それはすなわち、続く世代は誰もが、ミュールの期待を背負いながらサックスを吹いている、ということになるだろうか。
天国のミュール先生、今のサックス界をどう感じていますか?あなたが残しておいてくれたことに、我々は到達することができたのでしょうか?それとも…
2007/11/05
イダ・ゴトコフスキーのサックス作品
イダ・ゴトコフスキー Ida Gotkovskyはフランスの女流作曲家。公式サイトはこちら(→http://www.gotkovsky.com/)。名前から判るとおりルーツはロシアで、幼い頃より音楽に親しみ、パリ国立高等音楽院でナディア・ブーランジェに師事して卒業する。その後本格的に作曲家としてのキャリアを開始し、SACEMを始めとするさまざまな作曲賞を受賞し、国際的に認知されるに至った。1933年生まれとのことで、公式ページの写真を見てもわかるとおり、かなりお年を召されているようだが未だご健在とのこと。
ゴトコフスキーの作曲ジャンルは多岐におよび、オーケストラ作品からオペラ、バレエ、小編成の室内楽、独奏曲、歌曲までと幅広い。その作品リストの中で際立って目立つのが、サクソフォンの作品を数多く書いていることである。自作の中でクラリネットやトランペットなどの管楽器を取り上げる頻度が多く、それら楽器のための作品と比較しても遜色ないほど、たくさんのサクソフォンの作品がリストに挙がっている。
彼女をサクソフォン作品へと向かわせたきっかけはおそらく、当時パリ国立高等音楽院サクソフォーン科教授であったマルセル・ミュール氏へと献呈された「サクソフォーン協奏曲(1966)」であろう。フランス政府の委嘱による(?)同作品の第2楽章と第3楽章は、この年のサクソフォーン科の卒業試験曲とされ、4人の卒業生がこの曲を演奏してプリミエ・プリを獲得している。そしてその後もゴトコフスキーは何曲もの作品を手がけた。作曲年順にリストアップしてみよう。
・サクソフォーン協奏曲(1966)[asax, orch]
・ブリランス(1974)[asax, pf]
・エオリアンヌ(1979)[asax, hp]
・サクソフォーン四重奏曲(1983)[4sax]
・悲愴的変奏曲(1983)[asax, pf]
・叙情的詩曲(1987)[sop, bar, pf, fl, asax, bsn]
・インヴェンション(1988)[bsax, pf]
・ゴールデンシンフォニー(1991)[saxorch]
以上8作品。1983年には二つの大曲を完成させているが、突然どうしたんだろうか。これら作品のうち、「ブリランス」「悲愴的変奏曲」「サクソフォーン四重奏曲」などは、現在においてはサックス吹きが取り組むべき定番レパートリーとして、しっかりと定着している感がある。試験やコンクールなどで取り上げられることも多いと聞く。
さて、ゴトコフスキーの作風について述べたいのだが、雲井雅人氏の言葉の中にそれを著すドンピシャな言葉があったので、引用させていただきたい。「他の作曲家なら避けて通るかもしれぬストレートな感情表現を愚直なほど純粋に貫き通し」…。これは雲井雅人サックス四重奏団が第2回の定期演奏会でゴトコフスキー「四重奏曲」を取り上げたときのプログラムノートの一節。ゴトコフスキーの作品はどれもが、感情の噴出を抑えきれないといったように感じる激しいものorどこまでも叙情的なものばかり、なのである。具体的には執拗な繰り返し、クラスター的な強奏、凶悪なリズムとなって現れ、聴き手を圧倒する。時にはその音楽が、冗長に聴こえてしまうことすらあるほど。…いや、無駄な音符が存在するわけではないのだが、まあとにかくその辺りの冗長さ?も含めてが、彼女の作品のアイデンティティということになる。
さまざまな奏者がこぞって取り上げるため、録音も多いのだが、私のなかでのゴトコフスキーの印象を決定付けた音盤をご紹介しておこう。
すみません、最初からCDじゃなくてLPです。kuri_saxoのLPコーナーでも紹介している盤。演奏はあのボーンカンプ氏の師匠である、オランダの名手エド・ボガード Ed Bogaard 御大。オーケストラを従えて「悲愴的変奏曲」と「サクソフォーン協奏曲」が演奏されており、「悲愴的変奏曲」に至ってはなんとライヴ録音だΣ('□'/)/これが、凄いのですよ。最初はなんだかオケ、ソロ、聴衆共に何だかイマイチな感じなのだが、楽章が進むにつれてゴトコフスキーの音世界に(聴き手も含めて)全員まとめて引きずり込まれていくような変異が凄い。ライヴ録音ならでは…だな。初めて聴いたときは、余りの壮絶さに腰を抜かした。
こちらは、何度かこのブログでも取り上げたことがある。スウェーデンの四重奏団、サクソフォン・コンセンタス Saxofon Concentusによるサンジュレ、シュミット、ゴトコフスキー入曲の四重奏曲集「Premier Quatuor(SIMAX)」。ゴトコフスキーに限らず演奏が飛びぬけて良い。私の中でゴトコフスキーの「サクソフォーン四重奏曲」と言えば、この演奏がスタンダード。あ、年度末にコンクール会場で聴いたIBCの演奏も、忘れられませんね、あれは凄かった。
ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の名手として有名なアンドレ・ブーン Andre Beun氏のCD「Saxophonie(Corelia CC 896782)」。これも以前紹介したな。「悲愴的変奏曲」が収録されている。作曲者自身によるピアノの演奏は貴重かと(しかも、なかなか見事)。そういえばゴトコフスキーは、最初の音楽的キャリアのスタートは、オルガン奏者として、だったそうだ。
最もよく演奏される「ブリランス」は筒井裕朗氏から頂戴したライヴ録音以外には、CDを持っていない。筒井氏の演奏ももちろん良いのだが、どうも「ブリランス」というとドルチェ楽器でKさんにみせていただいたデファイエの映像が凄すぎて、自分の中ではそちらが印象に残りますな。
ゴトコフスキーの作曲ジャンルは多岐におよび、オーケストラ作品からオペラ、バレエ、小編成の室内楽、独奏曲、歌曲までと幅広い。その作品リストの中で際立って目立つのが、サクソフォンの作品を数多く書いていることである。自作の中でクラリネットやトランペットなどの管楽器を取り上げる頻度が多く、それら楽器のための作品と比較しても遜色ないほど、たくさんのサクソフォンの作品がリストに挙がっている。
彼女をサクソフォン作品へと向かわせたきっかけはおそらく、当時パリ国立高等音楽院サクソフォーン科教授であったマルセル・ミュール氏へと献呈された「サクソフォーン協奏曲(1966)」であろう。フランス政府の委嘱による(?)同作品の第2楽章と第3楽章は、この年のサクソフォーン科の卒業試験曲とされ、4人の卒業生がこの曲を演奏してプリミエ・プリを獲得している。そしてその後もゴトコフスキーは何曲もの作品を手がけた。作曲年順にリストアップしてみよう。
・サクソフォーン協奏曲(1966)[asax, orch]
・ブリランス(1974)[asax, pf]
・エオリアンヌ(1979)[asax, hp]
・サクソフォーン四重奏曲(1983)[4sax]
・悲愴的変奏曲(1983)[asax, pf]
・叙情的詩曲(1987)[sop, bar, pf, fl, asax, bsn]
・インヴェンション(1988)[bsax, pf]
・ゴールデンシンフォニー(1991)[saxorch]
以上8作品。1983年には二つの大曲を完成させているが、突然どうしたんだろうか。これら作品のうち、「ブリランス」「悲愴的変奏曲」「サクソフォーン四重奏曲」などは、現在においてはサックス吹きが取り組むべき定番レパートリーとして、しっかりと定着している感がある。試験やコンクールなどで取り上げられることも多いと聞く。
さて、ゴトコフスキーの作風について述べたいのだが、雲井雅人氏の言葉の中にそれを著すドンピシャな言葉があったので、引用させていただきたい。「他の作曲家なら避けて通るかもしれぬストレートな感情表現を愚直なほど純粋に貫き通し」…。これは雲井雅人サックス四重奏団が第2回の定期演奏会でゴトコフスキー「四重奏曲」を取り上げたときのプログラムノートの一節。ゴトコフスキーの作品はどれもが、感情の噴出を抑えきれないといったように感じる激しいものorどこまでも叙情的なものばかり、なのである。具体的には執拗な繰り返し、クラスター的な強奏、凶悪なリズムとなって現れ、聴き手を圧倒する。時にはその音楽が、冗長に聴こえてしまうことすらあるほど。…いや、無駄な音符が存在するわけではないのだが、まあとにかくその辺りの冗長さ?も含めてが、彼女の作品のアイデンティティということになる。
さまざまな奏者がこぞって取り上げるため、録音も多いのだが、私のなかでのゴトコフスキーの印象を決定付けた音盤をご紹介しておこう。
すみません、最初からCDじゃなくてLPです。kuri_saxoのLPコーナーでも紹介している盤。演奏はあのボーンカンプ氏の師匠である、オランダの名手エド・ボガード Ed Bogaard 御大。オーケストラを従えて「悲愴的変奏曲」と「サクソフォーン協奏曲」が演奏されており、「悲愴的変奏曲」に至ってはなんとライヴ録音だΣ('□'/)/これが、凄いのですよ。最初はなんだかオケ、ソロ、聴衆共に何だかイマイチな感じなのだが、楽章が進むにつれてゴトコフスキーの音世界に(聴き手も含めて)全員まとめて引きずり込まれていくような変異が凄い。ライヴ録音ならでは…だな。初めて聴いたときは、余りの壮絶さに腰を抜かした。
こちらは、何度かこのブログでも取り上げたことがある。スウェーデンの四重奏団、サクソフォン・コンセンタス Saxofon Concentusによるサンジュレ、シュミット、ゴトコフスキー入曲の四重奏曲集「Premier Quatuor(SIMAX)」。ゴトコフスキーに限らず演奏が飛びぬけて良い。私の中でゴトコフスキーの「サクソフォーン四重奏曲」と言えば、この演奏がスタンダード。あ、年度末にコンクール会場で聴いたIBCの演奏も、忘れられませんね、あれは凄かった。
ギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団の名手として有名なアンドレ・ブーン Andre Beun氏のCD「Saxophonie(Corelia CC 896782)」。これも以前紹介したな。「悲愴的変奏曲」が収録されている。作曲者自身によるピアノの演奏は貴重かと(しかも、なかなか見事)。そういえばゴトコフスキーは、最初の音楽的キャリアのスタートは、オルガン奏者として、だったそうだ。
最もよく演奏される「ブリランス」は筒井裕朗氏から頂戴したライヴ録音以外には、CDを持っていない。筒井氏の演奏ももちろん良いのだが、どうも「ブリランス」というとドルチェ楽器でKさんにみせていただいたデファイエの映像が凄すぎて、自分の中ではそちらが印象に残りますな。
2007/11/04
「おやつはチョコケーキ」が素敵
香川県を中心に活躍するアマチュアのサクソフォンアンサンブル、ダッパーサクセーバーズさんのブログ「ダッパーサクセーバーズな毎日(→http://dapper.jugem.jp/)」を毎日楽しみに読んでいる。ダッパーさんはつい先日毎年恒例の演奏会を開いたばかりとのことで、最近は演奏会レポートが主たる記事の内容。
その演奏会で、エスポワール・サクソフォーン・オーケストラのGGさんという方が作曲したバリトンサックス5重奏「おやつはチョコケーキ」の再演を行ったらしいのだ。その演奏会の模様として、昨日の記事にその演奏の録音がフルバージョンで公開されていた。よもやアマチュアの手によるものとは思えぬ、大変素敵な曲なので、ぜひ一聴をオススメしたい。ついでに演奏しているB-FIVE(ダッパーの方々周辺、ということになるのかな?)なる団体の上手さにもびっくり。
http://dapper.jugem.jp/?date=20071103
(パーマネントなリンクを張ることができなくて焦り、dateフィールドに日付を突っ込んで無理やりリンク作成。後から気付いたが、jugemのブログはエントリIDで各記事が管理されているのか…つまり、eidフィールドへ412を入れてもOKとのことだ)
http://dapper.jugem.jp/?eid=412
(つまり、↑こういうこと)
爽やかなメロディと和声進行、サックスならではの機動性を生かしたモチーフの展開…後半のテーマの展開?変奏?部分のズンズカズンズカした感じは、バリトンサックスならではですな。ちなみにワタシャ作曲に関しては完全なド素人だが、各パートの音域の使い方が本当に上手いなと思う。それぞれに魅せ場も用意されており、感心しきり。
----------
(追記)
そういえば、バリトンサックス5重奏という編成って存在するのかなと、目録をひいて調べてみた。うん、やっぱりなさそうだ…もしかして世界初?(笑)。私も、バリトンサックス4重奏のオリジナル作品(マーク・エンゲブレツォンの「熊」)が入ったCDは持っているけど、それ以上の編成は聴いたことないなあ。ソプラノサックス6重奏とかは、ふつうに作品として存在するのだが(ちなみに、作曲はジョン・ハール)。
その演奏会で、エスポワール・サクソフォーン・オーケストラのGGさんという方が作曲したバリトンサックス5重奏「おやつはチョコケーキ」の再演を行ったらしいのだ。その演奏会の模様として、昨日の記事にその演奏の録音がフルバージョンで公開されていた。よもやアマチュアの手によるものとは思えぬ、大変素敵な曲なので、ぜひ一聴をオススメしたい。ついでに演奏しているB-FIVE(ダッパーの方々周辺、ということになるのかな?)なる団体の上手さにもびっくり。
http://dapper.jugem.jp/?date=20071103
(パーマネントなリンクを張ることができなくて焦り、dateフィールドに日付を突っ込んで無理やりリンク作成。後から気付いたが、jugemのブログはエントリIDで各記事が管理されているのか…つまり、eidフィールドへ412を入れてもOKとのことだ)
http://dapper.jugem.jp/?eid=412
(つまり、↑こういうこと)
爽やかなメロディと和声進行、サックスならではの機動性を生かしたモチーフの展開…後半のテーマの展開?変奏?部分のズンズカズンズカした感じは、バリトンサックスならではですな。ちなみにワタシャ作曲に関しては完全なド素人だが、各パートの音域の使い方が本当に上手いなと思う。それぞれに魅せ場も用意されており、感心しきり。
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(追記)
そういえば、バリトンサックス5重奏という編成って存在するのかなと、目録をひいて調べてみた。うん、やっぱりなさそうだ…もしかして世界初?(笑)。私も、バリトンサックス4重奏のオリジナル作品(マーク・エンゲブレツォンの「熊」)が入ったCDは持っているけど、それ以上の編成は聴いたことないなあ。ソプラノサックス6重奏とかは、ふつうに作品として存在するのだが(ちなみに、作曲はジョン・ハール)。
ふと気が変わる
サクソフォンフェスティバルに参加しよう!とか、2008/3/1につくば市のアルスホールでサックスコンサートをしよう!とか、サクソフォーン協会のコンクールに参加しよう!ということで、いろいろな曲の練習を進めている。今日は「Heartbreakers」の合わせ。…うーん、まだまだです。
練習の合間の休憩に、ちょっと外の自販機へとお茶を買いにふらふら歩いていったら、なぜかシューマンやりたいという気持ちがふつふつと湧き出して、歩みを数歩進めた後には、あ、「Grab It!(ほぼさらい終えている)」じゃなくて「アダージョとアレグロ」か「幻想小曲集」吹きたい、という気持ちがいっぱいになってしまった。ふしぎ。
何にせよ、そういう古典的なスタイルの曲をひとつ、ピアノとアンサンブルしてみたい、という願いは昔から持っている。シューベルトのアルペジョーネはEs管でないと音域がイマイチだしなあ。シューマンも良いけど、他にちょっとヴィオラの楽譜を漁ってみようかな。
練習の合間の休憩に、ちょっと外の自販機へとお茶を買いにふらふら歩いていったら、なぜかシューマンやりたいという気持ちがふつふつと湧き出して、歩みを数歩進めた後には、あ、「Grab It!(ほぼさらい終えている)」じゃなくて「アダージョとアレグロ」か「幻想小曲集」吹きたい、という気持ちがいっぱいになってしまった。ふしぎ。
何にせよ、そういう古典的なスタイルの曲をひとつ、ピアノとアンサンブルしてみたい、という願いは昔から持っている。シューベルトのアルペジョーネはEs管でないと音域がイマイチだしなあ。シューマンも良いけど、他にちょっとヴィオラの楽譜を漁ってみようかな。
ヤフオクに"Quest"チケットが出てます
11/23(金・祝)に静岡音楽館AOIで開かれるクロード・ドゥラングル サクソフォンライヴ"Quest"は、今年一番楽しみにしている公演だ。ある意味、2007年における最も注目すべきサックス関連のコンサートということになる。
そのコンサート、そのハードな内容にしては意外と売れ行きが良いらしく、わりかしチケットが売れているという話を聞くのだが(完売かどうかは知らない)、皆さん入手されただろうか?買っていない方へ朗報。ヤフオクでこんな売り出しがされていた。
http://page4.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/d80339195
"Quest"のペアチケット。1階N列だそうだ。
そのコンサート、そのハードな内容にしては意外と売れ行きが良いらしく、わりかしチケットが売れているという話を聞くのだが(完売かどうかは知らない)、皆さん入手されただろうか?買っていない方へ朗報。ヤフオクでこんな売り出しがされていた。
http://page4.auctions.yahoo.co.jp/jp/auction/d80339195
"Quest"のペアチケット。1階N列だそうだ。
2007/11/03
ノバホール(ちょっと)批判
後輩Kim氏(日本人です)のブログ、不言不実行内のこの記事へコメントしようとした内容。文字数が多すぎるとlivedoor Blogに怒られてしまったので、こちらにコメント内容と追記を載せます。リンク先の記事内容と関連しているとは思えないけれど(その時点ですでにコメントではないが)、あくまでインスピレーションを受けた結果、独自に建てた雑感です。
-----コメントここから-----
もしかして関連するかもしれないので、ちょっと場所を借りて記しておきます。最近のノバホールの予約の難しさに関することです。
「ノバホールの管理者が自治体から財団に移行するというのは、こういう形で表層化してくるのかあ」と、去年の今頃からようやく判ってきました。財団が振興させたいのは、あくまで都市の一機能としてのホールであって、特定の市民の活動ではないのですよね。それに、資金を運営していかなければ財団は成り立たないことだし、入場料をとる催しのほうが使用料が高いのだから、財団としては有難いのでしょう。あー、でも財団の自主公演だと使用料ってどうなるんだろ。その場合は入場料が財団に入っていくのかな。
何にせよ、ノバホールは変わってしまったなあ。自治体の手を離れたその瞬間から、市民のためのホールから財団のためのホールになりつつあるのですね。
いっそのこと、国にホール作ってもらったら、国立大学のサークルは優先してホールを予約できますよ!…と思ったけれど、良く考えたらすでに大学も国家の機関ではない(独立行政法人)のであった。あらら。
場外ホームラン的コメントかもしれないが、お許しください。
-----コメントここまで-----
つくば市が擁する最大のホールに、「ノバホール」と呼ばれるつくばセンター前のホールがある。1000席超、シューボックス型?のホールで、そのアクセスの良さと規模から、さまざまな催しに使われている場所なのだ。近隣の小中高校、大学、アマチュアの演奏団体がこぞって利用し、特に休日の予約はいつも満杯。かく言う私も、大学時代に定期演奏会というハレの場として、何度もステージを踏みしめたクチである。
そのノバホールの管理団体が、近年つくば市からつくば都市振興財団へと移行した。それは私たちの引退公演の直後であったため、身をもって体感したわけではないのだが、ホールの予約に関して、最近明らかな変化が見られるとの由。
「芸術の秋」とも言われる11月の土日の予約が、大変取得しづらくなっているというのだ。1年後のホール使用予定月初日の予約抽選会に行くと、すでに「ホール自主予定」として使用不可能とされてほとんど埋まった土日…。毎年11月に定期演奏会を開いていたウチの団が、12月へと開催期日を追いやられたのは、おそらく今年が最初なのではないか?
いろいろ原因はあろうが、その要因の一つとして明らかに「管理団体の移行」が挙げられるのではないか、と昨年頃から考えるようになったのだ。すなわち、つくば市からつくば都市振興財団への移行。スタッフの入れ替え、そして自主公演内容の抜本的な見直しが行われたのだが、いまいち利用者としては自覚がなかったところ、まさかこのような形で返ってくるとは思わなかった。
都市振興財団は、この設立趣旨「筑波研究学園都市の振興・発展を目指して、地域情報の収集提供や芸術・文化・スポーツの振興活動さらに在住外国人に対する支援活動を行うことにより、住民の豊かで魅力ある都市生活の向上に寄与する事を目的として、設立された法人です。 」にあるとおり、住民の文化活動の発展を促進しているわけではないのだ。財団が振興したいのはあくまで都市機能の一部としてのホール、であり最終目的はあくまで学園都市の発展、なのである。
その目的に沿うならば、財団の自主公演を増やして有名プロ奏者をたくさん呼び、たくさんの入場者を得、入場料をたくさんとってゆけば確かにゴールは達成されよう。だが、そこでは真の意味での文化活動(=市民の自由な芸術活動を含む)がなされているとは言い難いのではないか。
財団には、市民が本当に望んでいるホール運営のあり方を読み取ってもらって、ちょっと方向性を吟味しなおして欲しいなあ。吟味した上で、市民⇔財団の利害のトレードオフから最適な場所を見つけるのが良いと思うのだが?しかし市民グループの催しばかり組み込んでいったら、今度は財団の懐が危うくなるわけで、それはそれでまずい。私の小さなノウミソでいくら考えても結論は出ないまま。何とも難しい問題ではある。
…というか、すでにつくば市に来て4年以上経つけど"つくば都市振興財団"が何なのか、イマイチわかっていないところがあるのが、何となくモヤモヤするなあ。
----------
上に挙げた内容は、何も予備調査をせずに書いた内容で、言ってしまえば推測の域を出ていない。こんな無責任な記事をネットに上げるのはどうかと思うが、今までノバホールを存分に利用してきた一市民としての、単なるフテクサレだとお考えいただきたい。この事柄に関して、何か調べることはしようとも思わないし、何か行動を起こそうとも思わないし…これ以上でもこれ以下でもなく留めておくこととしよう。
-----コメントここから-----
もしかして関連するかもしれないので、ちょっと場所を借りて記しておきます。最近のノバホールの予約の難しさに関することです。
「ノバホールの管理者が自治体から財団に移行するというのは、こういう形で表層化してくるのかあ」と、去年の今頃からようやく判ってきました。財団が振興させたいのは、あくまで都市の一機能としてのホールであって、特定の市民の活動ではないのですよね。それに、資金を運営していかなければ財団は成り立たないことだし、入場料をとる催しのほうが使用料が高いのだから、財団としては有難いのでしょう。あー、でも財団の自主公演だと使用料ってどうなるんだろ。その場合は入場料が財団に入っていくのかな。
何にせよ、ノバホールは変わってしまったなあ。自治体の手を離れたその瞬間から、市民のためのホールから財団のためのホールになりつつあるのですね。
いっそのこと、国にホール作ってもらったら、国立大学のサークルは優先してホールを予約できますよ!…と思ったけれど、良く考えたらすでに大学も国家の機関ではない(独立行政法人)のであった。あらら。
場外ホームラン的コメントかもしれないが、お許しください。
-----コメントここまで-----
つくば市が擁する最大のホールに、「ノバホール」と呼ばれるつくばセンター前のホールがある。1000席超、シューボックス型?のホールで、そのアクセスの良さと規模から、さまざまな催しに使われている場所なのだ。近隣の小中高校、大学、アマチュアの演奏団体がこぞって利用し、特に休日の予約はいつも満杯。かく言う私も、大学時代に定期演奏会というハレの場として、何度もステージを踏みしめたクチである。
そのノバホールの管理団体が、近年つくば市からつくば都市振興財団へと移行した。それは私たちの引退公演の直後であったため、身をもって体感したわけではないのだが、ホールの予約に関して、最近明らかな変化が見られるとの由。
「芸術の秋」とも言われる11月の土日の予約が、大変取得しづらくなっているというのだ。1年後のホール使用予定月初日の予約抽選会に行くと、すでに「ホール自主予定」として使用不可能とされてほとんど埋まった土日…。毎年11月に定期演奏会を開いていたウチの団が、12月へと開催期日を追いやられたのは、おそらく今年が最初なのではないか?
いろいろ原因はあろうが、その要因の一つとして明らかに「管理団体の移行」が挙げられるのではないか、と昨年頃から考えるようになったのだ。すなわち、つくば市からつくば都市振興財団への移行。スタッフの入れ替え、そして自主公演内容の抜本的な見直しが行われたのだが、いまいち利用者としては自覚がなかったところ、まさかこのような形で返ってくるとは思わなかった。
都市振興財団は、この設立趣旨「筑波研究学園都市の振興・発展を目指して、地域情報の収集提供や芸術・文化・スポーツの振興活動さらに在住外国人に対する支援活動を行うことにより、住民の豊かで魅力ある都市生活の向上に寄与する事を目的として、設立された法人です。 」にあるとおり、住民の文化活動の発展を促進しているわけではないのだ。財団が振興したいのはあくまで都市機能の一部としてのホール、であり最終目的はあくまで学園都市の発展、なのである。
その目的に沿うならば、財団の自主公演を増やして有名プロ奏者をたくさん呼び、たくさんの入場者を得、入場料をたくさんとってゆけば確かにゴールは達成されよう。だが、そこでは真の意味での文化活動(=市民の自由な芸術活動を含む)がなされているとは言い難いのではないか。
財団には、市民が本当に望んでいるホール運営のあり方を読み取ってもらって、ちょっと方向性を吟味しなおして欲しいなあ。吟味した上で、市民⇔財団の利害のトレードオフから最適な場所を見つけるのが良いと思うのだが?しかし市民グループの催しばかり組み込んでいったら、今度は財団の懐が危うくなるわけで、それはそれでまずい。私の小さなノウミソでいくら考えても結論は出ないまま。何とも難しい問題ではある。
…というか、すでにつくば市に来て4年以上経つけど"つくば都市振興財団"が何なのか、イマイチわかっていないところがあるのが、何となくモヤモヤするなあ。
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上に挙げた内容は、何も予備調査をせずに書いた内容で、言ってしまえば推測の域を出ていない。こんな無責任な記事をネットに上げるのはどうかと思うが、今までノバホールを存分に利用してきた一市民としての、単なるフテクサレだとお考えいただきたい。この事柄に関して、何か調べることはしようとも思わないし、何か行動を起こそうとも思わないし…これ以上でもこれ以下でもなく留めておくこととしよう。
2007/11/02
廃盤、復刻して廃盤
1990年代初めの東芝EMI、山野楽器、さらにそれに続くClarinet Classicsやグリーンドア音楽出版によるマルセル・ミュールの演奏の復刻は、日本のサクソフォン界に衝撃を与えたといって良い。それまでほぼごく少数のSP、もしくはLPでしか存在しなかったミュールの演奏を、誰でも手軽に聴けるCDという媒体として(状態にばらつきがあるものの)復刻した功績は、大変大きいものだ。
さまざまなレーベルの努力により、ミュールの演奏に関しては、ほぼ復刻が完了したといっても良いのではないだろうか。あと未復刻なのは、1950年代~1960年代にDeccaに吹き込んだ四重奏曲集くらいじゃないのか。そこらへんは、まだまだレーベルが権利を所持しているのだろうか、一筋縄では復刻が実現するとも思えないが。
2007年、つまりあの奇跡的的とも言えるコンチェルティーノ・ダ・カメラの録音から、70年近くが経過しようとしている現在、驚くべきことに、amazonで2、3回ボタンをクリックするだけで、ミュールあの神懸かり的演奏をすぐに自宅で聴けてしまうのだ。なんだか、不思議な感じもする。
そんなわけで、久々にamazonのミュールのCDページ…2000年頃に「マルセル・ミュールの至芸」としてギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団関連の音盤がEMIから一挙20枚復刻されたうちの3枚のページ…をふと訪問したのだが…。え?廃盤?…そう、知らないうちに廃盤になっていたのだ。一度手に入れてしまうと、そのCDが売っているかどうかなんて、普通は気にも留めないからなあ。
そういえば、いつの間にかEMIの3枚組「サクソフォーンの芸術」も廃盤になっていたし、「La Legende」も手に入りにくくなってしまったし、なんだかなあ。せっかく復刻されたのに、寂しいことこの上ない。
(後で追記します)
----------
飲み会から帰還(*・ω・)ノ割と酔ってます。あー、楽しかった。カラヲケも行きたかった、というか、マイナスターズを歌いたかった。ローソンで買ってきた野菜ラーメンをつつきつつ、続きを書きます。
で、復刻されたのに廃盤になってしまう、ということは、良くあると思うのだ。いろんなところに問題があって、我々アマチュアがもっと盛り上げていかなければいけいない(本当は、復刻を待つのではなく署名運動をするくらいの覚悟は必要かも)、レコード会社ももっと売り出していかなければならない(需要は少ないとはいえ、明らかに供給が少なすぎる)、など。
クラシック・サックスに携わる人たちに、もっと先人の演奏のすばらしさが浸透すれば良いのにな(つまり、需要の観点)。マルセル・ミュールやダニエル・デファイエという名前を出して、果たして何%のアマチュアサックス吹きが反応するのだろう。彼らの演奏を知らないのは、クラシックサックスに身を置くものとしては恥ずべきことであるし、実際スバラシイとしか形容できないのだから、もっと多くの人に知ってもらいたい。
そんな中で、自分は何ができるのだろう。所詮このブログだって、観てくれている方は限られている。変な話、中高生にミュールのすばらしさを知ってもらうには、自分はどうすればよいのか。…わりかし昔から考えていることではあるが、未だに答えは出ず。
そんなことを書きながら、ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団のイベール「コンチェルティーノ・ダ・カメラ」を聴く。独奏はミュール。ついでに、デファイエのブートリー「ディヴェルティメント」に、さらにさらにデファイエ四重奏団の最後のライヴ演奏(カルメル)を聴く。うーん、もろ手を挙げて「すばらしい!」と叫びたいぞー!何ですかこの完璧なまでの響きは。これらの演奏を知らずにサックスを吹いているのは、誤解を恐れず言えば、"あってはならない"ことだ。
さまざまなレーベルの努力により、ミュールの演奏に関しては、ほぼ復刻が完了したといっても良いのではないだろうか。あと未復刻なのは、1950年代~1960年代にDeccaに吹き込んだ四重奏曲集くらいじゃないのか。そこらへんは、まだまだレーベルが権利を所持しているのだろうか、一筋縄では復刻が実現するとも思えないが。
2007年、つまりあの奇跡的的とも言えるコンチェルティーノ・ダ・カメラの録音から、70年近くが経過しようとしている現在、驚くべきことに、amazonで2、3回ボタンをクリックするだけで、ミュールあの神懸かり的演奏をすぐに自宅で聴けてしまうのだ。なんだか、不思議な感じもする。
そんなわけで、久々にamazonのミュールのCDページ…2000年頃に「マルセル・ミュールの至芸」としてギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団関連の音盤がEMIから一挙20枚復刻されたうちの3枚のページ…をふと訪問したのだが…。え?廃盤?…そう、知らないうちに廃盤になっていたのだ。一度手に入れてしまうと、そのCDが売っているかどうかなんて、普通は気にも留めないからなあ。
そういえば、いつの間にかEMIの3枚組「サクソフォーンの芸術」も廃盤になっていたし、「La Legende」も手に入りにくくなってしまったし、なんだかなあ。せっかく復刻されたのに、寂しいことこの上ない。
(後で追記します)
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飲み会から帰還(*・ω・)ノ割と酔ってます。あー、楽しかった。カラヲケも行きたかった、というか、マイナスターズを歌いたかった。ローソンで買ってきた野菜ラーメンをつつきつつ、続きを書きます。
で、復刻されたのに廃盤になってしまう、ということは、良くあると思うのだ。いろんなところに問題があって、我々アマチュアがもっと盛り上げていかなければいけいない(本当は、復刻を待つのではなく署名運動をするくらいの覚悟は必要かも)、レコード会社ももっと売り出していかなければならない(需要は少ないとはいえ、明らかに供給が少なすぎる)、など。
クラシック・サックスに携わる人たちに、もっと先人の演奏のすばらしさが浸透すれば良いのにな(つまり、需要の観点)。マルセル・ミュールやダニエル・デファイエという名前を出して、果たして何%のアマチュアサックス吹きが反応するのだろう。彼らの演奏を知らないのは、クラシックサックスに身を置くものとしては恥ずべきことであるし、実際スバラシイとしか形容できないのだから、もっと多くの人に知ってもらいたい。
そんな中で、自分は何ができるのだろう。所詮このブログだって、観てくれている方は限られている。変な話、中高生にミュールのすばらしさを知ってもらうには、自分はどうすればよいのか。…わりかし昔から考えていることではあるが、未だに答えは出ず。
そんなことを書きながら、ゴーベール指揮パリ音楽院管弦楽団のイベール「コンチェルティーノ・ダ・カメラ」を聴く。独奏はミュール。ついでに、デファイエのブートリー「ディヴェルティメント」に、さらにさらにデファイエ四重奏団の最後のライヴ演奏(カルメル)を聴く。うーん、もろ手を挙げて「すばらしい!」と叫びたいぞー!何ですかこの完璧なまでの響きは。これらの演奏を知らずにサックスを吹いているのは、誤解を恐れず言えば、"あってはならない"ことだ。
素朴な疑問(グラズノフの作品関連)
グラズノフ晩年の作品、「サクソフォーン協奏曲」と「サクソフォーン四重奏曲」って、なぜどちらとも「作品109」なのだろうか。違う作品なのに同じ作品番号が付与されることって、良くあるのかな?そういえば、よくよく聴いて、さらに楽譜を見てみれば、音形的にも、構成的にも似てるところがたくさんあるよなあ。
※この件、解決しました。下に追記してあります。
「サクソフォーン四重奏曲」はミュール率いるギャルド・レピュブリケーヌ四重奏団に、「サクソフォーン協奏曲」はシガート・ラッシャーに、それぞれ献呈されている。完成時期は、やや「サクソフォーン四重奏曲」のほうが早い。グラズノフの「四重奏曲」については、以前Saxophone Journalの記事を翻訳してブログ上で公開したっけ(内容的にけっこうおもしろい)。
何というか、作曲当時のグラズノフの健康状態を考えると、聴きながら背筋を伸ばしたくなりるなあ…。今聴いているのは、アレクサンドル四重奏団の演奏。音色は一癖あるけれど、どこまでも濃密な時間が流れている。ハバネラの神懸り的なライヴ演奏とはまた違った良さがあり、個人的に甲乙つけがたいところ。
----------
(追記)
この件に関して、mckenさんよりご指摘いただきました。ありがとうございます:協奏曲に109という番号が割り振られているのは「表記の誤り」だそうで。慌ててロンデックスの目録「Comprehensive...」をひいてみると、ホントだ、109という作品番号は「四重奏曲」にのみ割り振られており、「協奏曲」には作品番号が付与されていないじゃないか。
※この件、解決しました。下に追記してあります。
「サクソフォーン四重奏曲」はミュール率いるギャルド・レピュブリケーヌ四重奏団に、「サクソフォーン協奏曲」はシガート・ラッシャーに、それぞれ献呈されている。完成時期は、やや「サクソフォーン四重奏曲」のほうが早い。グラズノフの「四重奏曲」については、以前Saxophone Journalの記事を翻訳してブログ上で公開したっけ(内容的にけっこうおもしろい)。
何というか、作曲当時のグラズノフの健康状態を考えると、聴きながら背筋を伸ばしたくなりるなあ…。今聴いているのは、アレクサンドル四重奏団の演奏。音色は一癖あるけれど、どこまでも濃密な時間が流れている。ハバネラの神懸り的なライヴ演奏とはまた違った良さがあり、個人的に甲乙つけがたいところ。
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(追記)
この件に関して、mckenさんよりご指摘いただきました。ありがとうございます:協奏曲に109という番号が割り振られているのは「表記の誤り」だそうで。慌ててロンデックスの目録「Comprehensive...」をひいてみると、ホントだ、109という作品番号は「四重奏曲」にのみ割り振られており、「協奏曲」には作品番号が付与されていないじゃないか。
そろそろ一周年…いや、まだか
このブログdary.kuri_saxoって、こんなに"まにあくー"な内容の割には、一日に100人+αほどに読んでいただいているようだ。ところで、10月21日以来訪問者が突然30%ほど増えて驚いた。…なぜ突然増えたんだろ。統計を見る限り、その21日に新たに訪問してくれた方が妙に多いようなのだが。
ちなみに今月中にブログ移行一周年を迎える。読んで頂いている方への感謝をこめて、何かできないかなー、と企画を考え中。
ちなみに今月中にブログ移行一周年を迎える。読んで頂いている方への感謝をこめて、何かできないかなー、と企画を考え中。