2007/11/25

クロード・ドゥラングル教授の公開レクチャー

私がこのブログでドゥラングル氏のことを取り上げるときはほとんど、名前の後に「教授」の敬称をつけるのが習慣化している。それはもちろん、クラシック・サクソフォンの演奏者としてだけでなく、教育者や研究者としてのドゥラングル氏の顔にも敬意を払っている(つもりの)ものからなのである。今日は、その一端を垣間見ることができるのだろうな、と期待しながら渋谷のアンナホールに伺った。

今回のイベントは、次のような形式で進んだ。まずはマスタークラス。東京藝大の大学院に籍を置いていらっしゃるお二方がそれぞれ、ドゥラングル教授から公開レッスンを受けるもの。続いて(やや製品プロモーションの意味合いも含むのかな、と思うが)4種のサクソフォンと4種のマウスピースを吹き分けながら、ドゥラングル教授が実際に曲を吹くというもの。以下に、それぞれの様子を書き連ねてみよう。

ちなみに公開レッスンの受講者は、伊藤あさぎさん(東京藝大大学院)と佐藤淳一さん(東京藝大大学院博士課程)。おととい静岡でお会いしたばかり、そして今日もまた、とのことで、驚いてしまった(知らなかったのだ)。ピアノは沼田良子氏。ドゥラングル教授の通訳は、フランスから一時帰国中の大石将紀さんが務めた(大石さんの通訳が、大変解りやすくすばらしかったことを付記しておく)。

会場はどえらい混み様で、うろうろしているうちにどんどん席が埋まってしまい、仕方なく2列目へ。かなり間近で音を受けることになった(結果的にこのポジショニングは良かったと、後で思ったのだが)。

伊藤あさぎさんの受講曲は、デザンクロ「PCF」。最初にピアノつきで全曲通しで演奏されていたが、さすがというか何というか、やっぱり上手いなー。小柄な外見に似合わない(?)「プレリュード」におけるロマンティックな歌い上げと、「カダンス」での貫禄と安定性、といったところが印象に残る。音色やヴィブラートのコントロールは最近の傾向に合わせて変化が少ないが、むしろそれに伴う清潔感を獲得している感じだ。ドゥラングル教授のレッスンは、主に「フィナーレ」を中心に。…マスタークラス、と言うものを今回初めて聴いたのだが、聴き方が良くわからなかったので、なんとなく周りに合わせてメモをとってみた。

・会場の小ささによる、響きの捉え方。音のコンセントレイションを、会場に合わせて的確に拡げるべき。マウスピースを咥える深さ、ピラティス(姿勢)などを変化させることによって。
・「finale」の意味。単に終曲、というだけでなく、"heroique"とか"romantique"というような意味も含む。
・「フィナーレ」冒頭部分、弱いアーティキュレーションを基準とすることで、表現の幅を拡げることができる。
・ピアノとの(強弱の面を始めとする)繊細な対話。ピアノの色の中へ潜り込んでいくようなイメージ。

ドゥラングル教授が見本を吹いてみせていたのだが、アーティキュレーションの激的な変化や、歌い方の濃厚さを聴くことができた(実はこの点、かなり意外だった)。ヴィブラート、アゴーギクの繊細な変化は、意識下でのコントロールを行っているというのか。

続いて、佐藤淳一さんの「セクエンツァVIIb」の受講(持続H音は、伊藤さんとドゥラングル教授が担当!)。佐藤さんは、サクソフォンによるベリオ演奏のスペシャリストの一人であり、最初の通し演奏のときも、曲に対する確固たるイメージを発散させている様をうかがうことができた。また、佐藤さんのスケールに対して、会場は小さかったかなとも感じたのであった(アンナホール自体もともとかなり小さいのだよなー)。ぜひ一度大きなホールで聴いてみたいな。手元のメモは、こんな感じ。

・基準となるH音の指使いの違いによる音の変化を繊細に捉えるべき。
・イタリア→オペラ→歌。そう、この作品の本質は「歌」なのです!エレガントなフレーズの捉え方を意識する。
・自由な表現、テアトル(演劇)的な表現を盛り込む。音を一つのオブジェとみなし、再発見を行う。ベリオの、まるで料理をするかのような自由な指揮から着想を得た曲の捉え方。
・高音と重音に関するフォルテは、軽く。

私自身はこの作品に対して、かなり厳格かつ機械的なイメージばかりを抱いていたのだが、ドゥラングル教授の解説によればむしろ「歌」のイメージも同じくらいに大切であるとの事。これには目からウロコ。確かにドゥラングル教授の演奏するフレーズは、まるでオペラ歌手のような跳躍としなやかな音色、といったところが強調されていた。今後、この曲に対する聴き方が変わるだろうな。

最後に話された、作品成立の経緯も、興味深いことこの上なし…オーボエとオーケストラのCheminを聴いて編曲を開始するも、あまりの難易度の高さに一度あきらめ、「Solitary Saxophone(BIS)」のレコーディングに際して再チャレンジを行い、ベリオとの共同作業を経てついに完遂したとのこと。へえー。

マスタークラス後は、ドゥラングル教授による楽器とマウスピースを変えつつのコンサート。プログラムと楽器の対応は、以下。思い出しながら書いたので、間違っているかも。

・グラズノフ「協奏曲」:シリーズ2 GL+Vandoren A17
・ブートリー「ディヴェルティメント第1楽章」:シリーズ3 GL+Vandoren AL3
・ブートリー「ディヴェルティメント第2,3楽章」:シリーズ3 GP+Vandoren A28
・ピアソラ「エスクヮロ」:Reference+A5
・ウィリアムズ「エスカペイズ」:Reference F#なし+A5
~アンコール~
・ピアソラ「オブリヴィオン」:S.Sax

演奏に関して言えば、大きなスケールとテクニックで、曲をばったばったと切り裂いていくかのよう。ドゥラングル教授、かなり細身ではあるが、生み出されるサウンドはおそろしいまでの太さ。圧倒されっぱなしだった。このすばらしい演奏で、古典とも言うべきグラズノフとブートリーを聴けたのは、幸いだった。ウィリアムズは、吹奏楽団と共にレコーディングを行ったばかりのはず。最後は、「オブリヴィオン」にてしっとりと。

楽器による音の違いだが、私はあまり耳が良くないため、ReferenceのF#ありとF#なしの違いなどはまったく解らなかったのだが、たとえばReferenceとシリーズ3 or 2の使い分けによるサウンドの違いは、かなり興味深かった。そもそも、音が聴こえてくる場所が違うのだ。シリーズ3やシリーズ2はマットのように会場へと広がる音だが、Referenceは奏者の体の中心から聴こえてくる…といった具合。面白かったなあ。

さて、今回特に感じたのが、ドゥラングル教授の耳の良さである。はっきり言って、我々素人には理解できない別次元レベルの耳を持っているようで、こまかなニュアンスの違いや音程、楽器による音色の違い…そういった繊細なものを聞き分けて、具体的な言葉として表現していたのだ。いったいどうしたらそんな耳を持つことができるんだろうな。

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終演後は、いろんな方にご挨拶。そういえば、大石将紀さんの「B→C」チケット、買わなければ。そして佐藤さんより、大変貴重なものをいくつか頂戴したのだが、またブログ上にてご紹介します。アクタスを出て、タワレコでようやく「SAXOPET」を捕獲。こちらに関しても、またレビューします。

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