広島県にお住まいのH様より、大変貴重な情報を教えていただいたので、ご紹介したい。私自身のきっかけは、ロバート・ムチンスキーの「Fuzzette - The Tarantula(1962)」の作曲経緯を疑問に思ったこと。H様は、Young Composer Projectの研究者であり、同曲がそのプロジェクトの中で書かれたものということで、詳しい作曲経緯を教えていただいた。
実に興味深い内容。ぜひ、とお願いしたところ、快く公開のお許しを頂いた。以下、お送りいただいた原文のまま掲載する。YCPについては、H様がおっしゃるとおり、ほとんど知られていないのでは。こういった意義のある・意味のある活動が、アメリカの音楽教育黎明期を支えていたと思うと、とても興奮する。
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1950年代後半のアメリカでは、スプートニクショックに起因する大規模な教育改革が実施されていました。公立学校の音楽科においてもそれは例外ではなく、バンドやオーケストラ、合唱といった特定の演奏媒体による特定のレパートリーの演奏に必要な技術獲得、という過度な実践主義を見直し、音楽の多様な側面、具体的にはそれまで軽視されていた作曲や現代音楽、あるいはそれらを含めた音楽の知的側面を強調しようとする動きがありました。
その最たる例が1959年に発足したYoung Composer Project(青年作曲家計画、以下YCP。Kuriさんもベンソンのインタビューに関する記事で触れられていたContemporary Music Projectの前身です)です。これは若い作曲家を特定の公立学校に派遣し、そこの生徒のために曲を書かせる、というもので、作曲家は自分の作品の音を出してくれる特定の演奏グループを持つことができ、生徒は現代音楽やその創作過程に直に触れることができる、といういわば一石二鳥の利点をねらったものでした。
そして、ご想像の通り、YCPに選出された作曲家の1人がムチンスキーであり、その際に作曲したのがFuzzetteというわけです。彼がこのような編成で作品を書いた詳細な意図はわかりませんが、派遣された学校の実態に合った、特定の教育目的を有した作品であることは間違いないでしょう。タランチュラという副題についての詳細はわかりませんでしたが、テネシー大学の音楽学部がAmals of the Worldと題したコンサートで取り上げていることからも、単なる暗喩ではなく動物としての蜘蛛をモチーフにした作品であることが推測されます。
余談ですが、このプロジェクトには、ベンソン、ハイデン、ダール、バセットといったサックス吹きにはお馴染みの作曲家に加え、なんとフィリップ・グラスやドナルド・アーブ、ノーマン・デロ・ジョイオといった著名な作曲家が関与しています。サキソフォン関連では、アーブがこのプロジェクトでフルート、アルトサックス、トランペット、トロンボーン、チェロ、ピアノのためのHexagonという作品を書いており、どのような作品か気になっているところです。他にもJoseph Pennaという作曲家がFl,cl,saxs,percという編成でThe Snakesという曲を書いているようです。
アメリカでは作曲で生計を立てている作曲家が公立学校の音楽科教育に関与していたという事実は非常に興味深いですね。むしろ、音楽の専門教育というよりも音楽の先生になるための教育を受けた学生が学校で教える日本のシステムの方が特異なのかもしれませんが・・・。
【参考文献】
Contemporary Music Project / MENC
Contemporary Music for School(1965)
YCPで作曲された作品の目録です。CMPと並んで著者になっているMENCとはMusic Educators National Conferenceの略で、アメリカの音楽教育に最も影響力のある組織です。
Contemporary Music Project / MENC
Creative Projects in Musicianship(1966)
先述の著書と同じCMPシリーズです。CMPシリーズは他にも幾つかあります。この著書は現代音楽の作曲テクニックを音楽専攻の学生や現役の教師に教えることを目的としたパイロットプロジェクトの報告書で、ベンソンが監修しています。内容は現在検討中で、ベンソンの音楽観、あるいは音楽教育観を見ることができるかと思っています。
Music Educators National Conference
The Contemporary Music Project for Creativity in Music Education
Music Educators Journal, Vol.56, 1968, pp.41-73.
米国を対象とした音楽教育学の歴史研究ではよく取り上げられるMusic Educators Journalという米国の音楽教育雑誌の記事です。CMPがYCP時代までさかのぼって特集されています。
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