2012/05/24

松下洋さんリサイタルの曲目解説

松下洋さんのリサイタルに提供した曲目解説を公開する。執筆にあたってのリクエストは「kuriさん節全開で」というもの。ひと月かけて、じっくり書いてみた。

プログラム冊子には、下記の曲目解説とともに松下さんの日記風文章が並列して掲載され、読み手が対比を楽しめるように工夫されていた。実はその手法、けっこう良いのではないかな?単に情報を書き並べるだけではつまらないし、あまりに主観的すぎても実体が見えないし…思い切って2つ並べた時に、あのような効果が出るとは思わなかった。それにしても、その松下さんの文章がすごく面白かったんだよなあ…やられた!という感じ(笑)

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ディヴィッド・マスランカ「サクソフォン協奏曲」第1楽章
 キリスト教的世界観や高度な精神性を躊躇することなくサクソフォン音楽の世界に持ち込み、本来サクソフォンという楽器が持つやや低俗的なエッセンスとはかけ離れた音楽を紡ぎ出すディヴィッド・マスランカ(1943 - )。発表されるいずれの作品も、ひとところに捉えきれないスケール感を持ち、演奏者・聴衆双方から大きな驚きを持って迎えられている。
マスランカ氏の名前は、日本国内においては、雲井雅人サックス四重奏団が取り上げた「マウンテン・ロード」の初演・録音以降、幅広く認知された感がある。氏の作品をレパートリーとして取り込んでいる国内サクソフォン奏者・団体も、ここ数年で急増した。特に、1980年代から90年代にかけて制作された独奏作品群に、再評価の大きな動きがあることは、実に喜ばしいことだ。
 1999年に書かれた「サクソフォン協奏曲」は、マスランカがサクソフォンのために書いた作品の中で、最も大きな規模を持つ作品である。アルト・サクソフォンと吹奏楽のために書かれ、なんと全5楽章42分に及ぶという。本日は、情緒あふれる美しいメロディが印象的な第1楽章「地上の火」が取り上げられる。この不思議なタイトルは、マスランカが秋深まるモンタナの山中を歩いている時に目に飛び込んできた3つのイメージ…朝日を受けて輝く木、山々が冠する雪、足下の緑色の草から着想した、次の詩から取られたものである。

 地上の火/天国の雪/11月半ば、緑なすところ

ジョージ・ガーシュウィン「3つの前奏曲」
 ジョージ・ガーシュウィン(1898 - 1937)は、20世紀初期に活躍したアメリカの作曲家。主にポピュラーソングの方面で頭角を現したが、クラシック音楽にも取り組み、「古き良き」時代のアメリカ音楽シーンを一手に担った偉大な音楽家である。ニューヨークに生まれ、貧しい中独学でピアノを学び、まだ10代の頃から小さな出版社で専属ピアニストとして生計を立てていた。作曲を始めたのもこの頃だが、1919年に発表した「スワニー」の大ヒットにより、人気ソングライターの仲間入りを果たした。
 「3つの前奏曲」は、1926年の作品。およそクラシック音楽のような名前からは想像できないほど、ジャズ&ブルースの影響を大きく受けた作品。いずれの曲も2~3分程度とコンパクトな中に、聴き手を楽しませる仕掛けが満載の、とても楽しい作品だ。ピアノ独奏作品として書かれたが、この曲に魅せられた様々な演奏家達が自身の演奏する楽器のためにアレンジを行っている。サクソフォン版は、現代ロシアを代表するサクソフォン奏者、マルガリータ・シャポシュニコワによって手がけられた。

スティーヴ・ライヒ「ニューヨーク・カウンターポイント」
 ミニマル・ミュージックの先駆者として、フィリップ・グラス、テリー・ライリーらとともに「ミニマル三羽烏」とも称された鬼才スティーヴ・ライヒ(1936 - )。「カム・アウト」に代表される音素材のモアレを狙った作品や、「18人のミュジシャンのための音楽」に聴かれるような多重パルスを効果的に使用した作品等が有名である。小難しい"ゲンダイオンガク"と比較したときに耳あたりの良い響きが功を奏したのか、ジャズやロックの世界にもライヒのファンは多いと聞く。70歳を超えてなおその作曲・演奏意欲は衰えるところを知らず、2010年にはオペラシティ文化財団の招聘により国際作曲コンクール審査のために来日、それに併せて行われた東京オペラシティでのリサイタルが聴衆の大喝采を浴びたことは記憶に新しい。
 「ニューヨーク・カウンターポイント」は、エレキギターのための「エレクトリック・カウンターポイント」や、フルートのための「バーモント・カウンターポイント」とともにシリーズ化されており、いずれの作品も同一のコンセプト…演奏者が複数の自分自身と"共演"を試みる…の下に制作されている。すなわち、楽譜には12段のパートが書かれており、そのうちの11段をあらかじめ録音し、トラックを編集して重ねておく。演奏会場にはスピーカーとマイクが配置され、スピーカーからはあらかじめ録音された11パートを流し、その場で最後の1パートをマイクを使って重ねるのだ。ここから生み出されるのは、ライヒが夢見た未知の響きである。

ジョン・マッキー・スペシャルステージ
 フィラデルフィアに生まれ、ジュリアード音楽院、クリーヴランド音楽学校を卒業したのち、めきめきと頭角を現したジョン・マッキー(1973 - )。すでに人気作曲家の仲間入りを果たし、オーケストラ作品から吹奏楽、室内楽作品にいたるまで、世界中の演奏家のために作品を提供している。時にジャズやロックの要素を取り込みながら、いずれも非常に技巧的かつ演奏効果の高い作品を発表し続けており、その人気の高さも頷けるというものだ。
 今回は、松下洋が作曲家とのコラボレーションのもと準備を進めたスペシャル・ステージが披露される。果たして、どんな曲、どんな編成、どんな演奏が飛び出すのか!?

ジョン・ウィリアムズ「エスカペイズ」
 誰もが知る映画音楽の大家として、ポップス・オーケストラの指揮者として、八面六臂の活躍を続けるジョン・ウィリアムズ(1932 - )。キャリア初期にはアメリカ空軍の音楽隊で指揮者・編曲家として活動、除隊後にTV・映画へのサウンドトラック提供の分野へと活躍の場を移し、才能を開花させた。多才な音楽家の一人として活動を続け、今なお多忙な日々を送りながら、世界の音楽界に貢献し続けている。厳格なクラシック音楽の形式を保ちながらも、提供先の映画やアトラクションにフィットした派手な音響効果を編み出す手腕は「スター・ウォーズ」「E.T.」などのフィルムスコアや、「ロサンゼルスオリンピック・テーマ」などの超有名ファンファーレでもおなじみ。アカデミー賞5回、グラミー賞18回という受賞歴にも、納得である。
 スティーブン・スピルバーグ監督の映画「キャッチ・ミー・イフ・ユー・キャン(2002)」は、逃亡する天才詐欺師とそれを追うFBI捜査官の姿をコミカルに描いた作品。レオナルド・ディカプリオとトム・ハンクスが共演し、映画としても高い評価を得ている。同作品のフィルムスコアのほとんどは、実質的なサクソフォン協奏曲として書かれている。その中から組曲として3曲を取り出し、編み直したのがこの「エスカペイズ」である。

ロベルト・モリネッリ「ニューヨークからの4つの印象」
 ロベルト・モリネッリ(1963 -)はイタリアで活躍する音楽家。ボローニャ室内管弦楽団の芸術監督や、ペスカーラ音楽院のヴィオラ科講師を務める傍ら、作曲家・アレンジャーとしても活動し、世界的に知られている。サクソフォンのための作品は、2001年に発表した「ニューヨークからの4つの絵」のみであるが、サクソフォン界における同曲の人気の高さは相当なもの。オーケストラ版のほか、ピアノ版、弦楽合奏+ピアノ版などがあるが、本日演奏されるのはサクソフォン12重奏の版。強力なバックアップを得て、20分に及ぶこの大曲を松下洋が華麗に歌い上げる。
 第1楽章「夜明け」は、大西洋から昇る朝日を想起させるような暖かい音楽…どこか日本的な旋律も垣間見える。第2楽章「タンゴ・クラブ」は、タンゴの情熱的なリズムに乗せてサクソフォンが砲哮する。第3楽章「センチメンタル・イヴニング」は、テナーサックスの甘いメロディが、夕日に沈むマンハッタン島を想起させる。第4楽章「ブロードウェイ・ナイト」は、リサイタルの最後に相応しく、華やかに疾走する音楽。全編と通して楽しさに満ちた音楽の裏に、世界中の人々がアメリカに対して抱く複雑な感情…ひとことでは言い表すことのできない、アメリカに対する情熱・憧憬・嫉妬・畏怖が混ざった感情が体現されていると感じるのは、私だけだろうか。

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