2010/02/14

ジョン・ハール「恐怖と壮麗」

今も現役のプレイヤーで、世界で一番好きなサックス吹きは?と訊かれたら「ジョン・ハール John Harleかクロード・ドゥラングル Claude Delangle、どっちかは決められない」と答えると思う。他にもいろんなプレイヤーがいて、それぞれの方がそれぞれの演奏の魅力を持っていると思うのだが、この二人は別格。

その大好きなサクソフォン奏者、ジョン・ハールの実質的な代表盤が、この「Terror and Magnificence(Argo POCL-1681)」。「恐怖と壮麗」という邦題で呼ばれることもある。極端にコンセプチュアルなアルバムで、中世的な音楽・詩をベースに、現代の楽器やテクノロジーを使って新しい世界を構築したものだ。ハール自身は、ハリソン・バートウィッスルやドミニク・ムルドウニーの影響によって、中世の素材に可能性を見出したと語っている。

(すべてジョン・ハールの作曲)
Mistress Mine ああ我が恋人
Terror and Magnificence 恐怖と壮麗
The Three Ravens 三羽の鴉
Hunting the Hare 野兎狩り
Rosie-blood 薔薇色の血

ジョン・ハールによって創り出されたその新しい世界は、エルヴィス・コステロやサラ・レオナルド、アレクサンダー・バラネスク、アンディ・シェパードといった最高の歌い手と演奏家たちを迎えて、未だ誰も見たことのない地に向かって大きく羽ばたいた。発売は1996年ということだが、今聴いても、その魅力はまったく色褪せていない。「恐怖と壮麗」の世界は、このCDから始まり、このCDで終わっているのだ。タイトル曲「恐怖と壮麗」のテキストが、「Ma fin est mon commencement, et mon commencement ma fin(私の終わりは始まり、始まりは終わり)」というくだりから始まっているのが、偶然ではないようにも思える。

初めて手に入れた時から、いったい何回聴いただろうか。魅力的な演奏と曲に、すぐにノックアウトされてしまったのを思い出す。冒頭の(ほぼ)無伴奏の即興のサックスは、まるで中世からの遠い叫び声のよう。これを皮切りにして、一曲目「ああ、我が恋人」のシェイクスピアの詩に乗せて、エルヴィス・コステロの甘い歌声が聴こえてくる。間奏で挿入されるハールのサクソフォンが、コステロの歌声にそっと花を添えている。

「恐怖と壮麗」は、なんと20分にも及ぶ大曲だが、フランス語のテキストとサクソフォン、キーボード、パーカッションとコーラスが、即興を挟みながら暴れまくる。完成されたサウンドと構成感が強烈な印象を残す。特に、最終部で炸裂する40本のソプラノ・サクソフォーンは、聴きごたえがあるなあ。変に現代的ではなく、あくまで中世の音楽をベースにしているためか、ポップな感覚で聴ける。

「三羽の鴉」は、3つの曲がアタッカで演奏される。これは第3曲の「本当の恋人をどうして見分けましょう?」がトヨタ・クラウンのCMに使用されていたこともあるので、耳にされたことのある方も多いはず。サラ・レオナルドの透明感ある歌声、そしてストリングスがメインの編成は、歌詞の内容に実にマッチしていると思う。やられたな!と思ってしまうのが、「三羽の鴉」から「野兎狩り」へのシーケンス。これはぜひ実際に聴いてみてほしい。

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