2008/03/08

「レシテーション・ブック」、名曲です

すでに雲井雅人サックス四重奏団の演奏・録音等で、ディヴィッド・マスランカ David Maslanka 氏の新作「レシテーション・ブック Recitation Book」に触れられた方も多いことだろう。この作品、昨年5月の東京文化会館での日本初演以来、聴く人のほとんど魅了しているのではないだろうか。技巧的には決して真新しいことをやっているわけではないのだが、ぐいぐいと惹きこまれてしまう。いろいろな意味で、こんな作品は今までになかったよなあ。

…「レシテーション・ブック」、作品・演奏とも、想像をはるかに超えた強靭さと、美しさを兼ね備えたものだった。ホールの中に凄いことが起こったのは覚えているのだけれど、あれはいったい何だったんだろうか。究極の慰めの表情から、天地がひっくり返って世界が終わってしまうのではないかというような狂気の渦、そして昇華。本当の音楽は、私たちを日常から切り離し、はるか彼方へ連れ去ってしまうのだな、と実感した瞬間。

私が最初に聴いたときは、この曲に対して書いた感想である。なんとか文字で表そうと書いてはみたものの、こういった"言葉"を鼻の先で吹き飛ばすような作品であることは間違いない。何せ、タイトルから連想されるキリスト教的な世界観といったものは単なるフレームワークに過ぎない、というのだから。作品のコアは、もっとずっと作曲者の内面に近いところにあるのだそうだ。それは、次のように名づけられた楽章ごとのタイトル(「瞑想曲」が3つも!)からも感じ取ることができる。

打ち砕かれた心:コラール旋律「三つにして一つなる汝」による瞑想曲
序奏/コラール:「イエスよ、わが喜びよ」による瞑想曲
ここで死にゆく!(ヴェノーサ公ジェズアルド、1596)
グレゴリオ聖歌「おお、救い主なるいけにえよ」による瞑想曲
ファンファーレ/変奏:「アダムの罪によりて」による

使用されているメロディは、以前このブログでも取り上げたように賛美歌(Hymn)から引用したものばかりである。中には、第2楽章のコラール(「Sehet, welch eine Liebe hat uns der Vater erzeiget(見よ、いかなる愛を父はわれらに示されたるか)」の第8曲「イエスよ、わが喜びよ」)やカルロ・ジェズアルドのマドリガルのように、コラールの音符の一つ一つそのままを使用したものもある。神道や仏教徒である我々にはなじみが薄いはずのメロディだが、なかなかどうして、どのメロディにも懐かしさ・親しみを覚えるのは、ちょっと不思議な気もする。

もちろん、単純な引用だけであればそれだけの音楽にしかならないのだが、単旋律のメロディにインスピレーションを得て、この巨大な作品を構成してしまうのが、マスランカ氏のすごいところだ。独自の和声感覚による、クラスターとテンションと三和音の絶妙な混合。ロックにも通じるような現代的なリズム。奏者に対して過酷な楽器のコントロールを強いる、幅の広いダイナミクス。

大変幸運なことに、つい最近自分たちの手で演奏する機会を得ることができたが、スコアを眺めてまず驚いたのが、音符の数がとにかく少ないこと。第5楽章ですら、アルト・テナーはそこそこ黒い楽譜だが、ソプラノやバリトンはむしろ白丸が目立つほど(ただし、難所も多いといえば多い)。これがどうやったらあんな音楽に化けるのだろうと訝しがりながら音を出してみると、驚きの音が響きわたるのだ。ヒイヒイ言いながら練習し、なんとか形にして人前に出した演奏会では、演奏中もかなりの手応えを感じ、終演後には多くの人からの好評を得た。まだ、取り組む団体はごく僅かではあるが、この曲がサクソフォン音楽の重要なレパートリーとして定着する日も、そう遠くはないだろうと感じることができた。

2/27に発売されたばかりの雲井雅人サックス四重奏団の最新アルバム「レシテーション・ブック(Cafua CACG-0108)」に、同曲が所収されている。CDとしては珍しい、かなりダイナミック・レンジの広い音作りをしており、マスランカ「レシテーション・ブック」の音世界を存分に感じ取ることができた。紙一重の場所で激走を続ける、ハイ・テンションさも存分に伝わってくる、素晴らしい演奏だ。まだ聴いたことのない方には、一聴をおすすめする。

2 件のコメント:

  1. 先日は素晴らしいものをありがとうございました!

    5月の雲カル演奏会に行ったのですが、終演後に何だかわけのわからない感覚に陥っていました。

    巨大なエネルギーの塊がたたきつけるように向こうからやってきて、どこかに吹っ飛ばされるような。

    フィナーレの、西尾さんのボルテージが凄まじいことになっていたあたりで「意識でももっていかれるんではないか」とか思ったことも、鮮明に覚えています。


    CDも、某アルファベット3文字のオンラインショップで1ヶ月以上前に予約注文したんですが、まだ届いておりません!
    速くして頂きたいものです・・・。

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  2. > Pさん

    コメントありがとうございます。Pさんも東京文化会館で聴かれていたのですね。あの演奏会の後の聴衆の興奮は、凄いものがありました。私ももちろんその一人です。

    知的、というよりも、かなりエモーショナルな音楽なのかなあという気がします。そういった意味でも、こういう曲がレパートリーとなったことを嬉しく思います。マスランカ氏と、雲井雅人サックス四重奏団に感謝せねばなりません。

    HM○、まだ入荷していないのですか…あそこのサイトは、在庫の有無の差が激しいのかな、とも思います(笑)

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