2008/03/19

100th B→C(サクソフォン:大石将紀)

年度末に最も楽しみにしていた演奏会の一つ。期待以上の素晴らしい演奏を、存分に堪能した。大石将紀さんは、昨年の6月まで、パリ国立高等音楽院の第3課程で学んでいたサクソフォニスト。卒業後もしばらくフランスにとどまり、この3月から帰国されたとのこと。今回のB→Cリサイタルが、日本デビュー(?)第一弾リサイタルということになる。

…同時代のサクソフォンの地平線を、見事に描き出していた。この場に立ち会うことができて、本当に良かった!

【B→C ビートゥシー:バッハからコンテンポラリーへ】
出演:大石将紀(sax)、フランソワ・ミッシェル(gt)、望月友美(mez-sop)他
2008/3/18(火)19:00~
東京オペラシティ・リサイタルホール
全席自由3000円
プログラム:
・馬場法子「エチュード~ビスビリャンドのための」
・B.ヴィバンコス「ムスティックス・エチュード~指の超絶技巧と循環呼吸によるエチュード」
・鈴木純明「スラップスティック」
・S.ローロフ「リット・リズム」
(以上、「サクソフォンのための現代奏法エチュード」から)
・酒井健治「Reflecting space II - from Bach to Cage(日本初演)」
・J.t.フェルドハウス「Grab It!」
~休憩~
・J.S.バッハ「ソナタBWV1034~サクソフォンとギターによる」
・P.ルルー「緑なすところ - ジェラール・グリゼイへのオマージュ」
・野平一郎「舵手の書」
・藤倉大「SAKANA(委嘱作品・世界初演)」
~アンコール~
・H.ヴィラ=ロボス「ブラジル風バッハ第5番より"アリア"」

これだけの作品が並んで、日本初演と世界初演が一つずつっていうあたりに、時代の移り変わりを感じた(と言っても、現代奏法エチュードは大石さん自身が昨年に日本初演され、ルルー&野平作品作品は、昨年の7月にジェローム・ラランさんが日本初演されたばかりなのだが)。こういった作品たちを、日本で多く聴くことができるようになったことを、大変嬉しく思う。そういえば、パンフレットの曲目解説が面白かったなあ。音楽学者の、有田栄氏の手によるものだったのだが、こんな人を惹き付けるような文章、自分でも書いてみたいものだ。

さて、演奏会である。今日はドルチェ楽器への訪問の後に、オペラシティがある初台までスタスタと歩いてみた。一駅分だからすぐ到着するだろうと楽観していたら、意外と遠くて、もうゼッタイ歩くまいと誓ったのであった。また、オペラシティへと到着した後は、リサイタルホールの場所が分からず四苦八苦(最初向かってしまったコンサートホールでは、BBCフィルが来日公演中)。小走りしながらなんとか到着したのは、開場の18:30ぴったり。すでに入り口には長い列ができていた。

リサイタルホールは初めて入ったが、高い天井&低いひな壇、奏者と聴衆の距離はとても近い。開演時間が迫るにつれてぞろぞろと集まってくる客層は、関係者と思しき人が多く、異様な光景であった。見渡せば、平野さん、須川さん、原博巳さん、ふと気づけば横の席にはフェスティバル以来となる上田卓さんが!かと思えば、大石さんの親戚かとも思えるおじさん、おばさん世代の方が客層の20~30%を占める。

最初の「現代奏法エチュード」は、アルト、ソプラノ、バリトン、テナーの作品を、まるで4楽章構成の組曲のように聴かせてくれた。この作品集、これから日本でも流行りそうだなあ。アルト、ソプラノの完璧なコントロールと安定した技巧(フェスティバルでも感じたことだ)、かと思えば、バリトン作品での強烈なオープン・スラップや、テナー作品での足を踏み鳴らすようなエフェクトでは losing his temper という感じのテンション。凄い。

酒井氏の「リフレクティング・スペース II」は、サクソフォンとライヴ・エレクトロニクスがオン・タイムで互いに絡み合い、様々な音のテクスチュアを編んでいく。CAGEの音列は追えたのだがなあ、なぜか良く知っているBACHの音列を追えなかった…。「波と記憶の狭間に」よりは、比較的おとなしいイメージを受けたが(フェスで聴いた同作品は、ギッチギチに音が敷き詰められた感じを受けた)、実際はどうだったのだろうか。酒井氏の両作品は、録音媒体で聴いても面白そうだ。

フェルドハウスの「Grab It! グラブ・イット!」は、ブログを読まれている方にはお馴染みですね。テナーサクソフォンとテープのために書かれた、最も優れた作品の一つだと思う。聴きながら、その解釈いただき!という箇所がたくさん。この曲が休憩前だったのだが、客席がかなり沸いていた。

休憩を挟んで、バッハからスタート。フランソワ・ミッシェルさんは、今回の演奏会のためだけに来日されたのだろうか。ソプラノサクソフォンとギターの調べは、こんな高天井のコンサートホールに良く似合う。同時代の音楽作品の連続の中に組み込まれても全く違和感のないバッハ。あらゆる西洋音楽の始原なのだなあと、改めて感じることができた。

続いて、メゾ・ソプラノの望月友美さんが登場し、フィリップ・ルルー「緑なすところ」、野平一郎「舵手の書」を連続で…。どちらの作品も、一度聴いたことがあるため驚きはしないが、それでも演奏の鮮烈さに鳥肌が立ちっぱなし。特に、「舵手の書」では、サクソフォン(サブトーンとノーマルトーンの切り替えが面白かった)と望月さんのこの上なく官能的な声が絡んだ結果生み出されるサウンドの、あまりの恐ろしさ。曲が鳴っている間、全く動けなくなってしまった。少しでも動けば、ステージから襲い掛かる音に、精神が切り裂かれそうだった。

「人間の死の充満せる
   花籠は
 どうしてこれほど
     軽い容器なのか?(吉岡実:舵手の書)」
のひとふしが、今でも耳にこびりついたまま、どうしても離れていかない。

最後に演奏された藤倉大氏が作曲した「SAKANA」は、無伴奏テナーサクソフォンのための作品。微分音と重音を多用しながら、ごく小さい音量でもって、複雑なミニアチュアの工芸細工を組み立てていくようなイメージ。さすがに一度聴いただけだと理解しづらいので、もう一度機会があれば聴いてみたい。原博巳さんのブログ記事を読んではたと気づく。そうか、タイトルの「SAKANA」とは、大石さん自身のどんな難パッセージにおいてもしなやかに演奏をこなす姿にこそインスピレーションを受け、名付けられたのかもしれない。さかな、魚、サカナ、SAKANAか…。

アンコールに、ヴィラ=ロボスの「ブラジル風バッハより"アリア"」。さわやかな風を残し、大きな拍手に包まれて終演。

…というわけで、素晴らしいコンサートでした。次代のサクソフォン界を担う一人である大石将紀氏、これからの活動にも期待したいものです。今度は、CNSMDPでも学んだという即興を中心にしたプログラムも、ぜひ聴いてみたい(アンコールが「On Site Labo」と同じく即興演奏じゃないかなあと、密かに期待していたのです(笑))。

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