2008/01/22

微妙なニュアンス

聴き分けることは、難しい。

吹き分けることは、もっと難しい。

…いや、別に何でもないだけど(笑)ここ最近は一日一通くらい、英語を使ってメールをやり取りしたり、SOTWのフォーラムに一日に何回も出入りしているのだけれど、微妙なニュアンスを読み分けるのは難しいし、書き分けるのはもっと難しいな、と思いまして。やっぱあれか、一年くらい海外に住むしかないのかしらん(←非現実的)。何でも良いから、今日送ったメールには返信があるといいなー。グラズノフ絡みなのだ。

楽器も同じ。ま、そんなこと言う前に楽譜に、書いてあることをきちんとできるようになれ、って話だが。ワタシャあんまり耳が良くないので、吹くより先に聴き分けられないとどうしようもない、という話もあり。

そういえば、自分のテナーの音の響き方が、最近不思議な感じ。これが良いことなのか、悪いことなのかは、ちょっとよくわからない。リードのせいなのかなあ。

2 件のコメント:

  1. メールに添付していただきましたアドレスから伺いました。

    音を聴く・・・
    音を聴きわける・・・

    どちらも難しいことですね。
    音にならない音に耳を澄ますことも。
    沈黙もまたひとつの音だと思います。

    今朝は深々と雪が降っています。
    雪が全ての音を吸い込んであたりは静寂の世界。この雪の音が聴きたいと思います。
    音を飲み込んで降る雪の中では、さまざまな音が眠っているような気がします。

    って、勝手なこと書きましたが、私は耳が悪いです(笑)。自分で楽器を演奏することは無いのが救いかもしれません。
    楽器なら何でもこなしてしまう友人がおりますが、その人の耳はすごい。同じ耳だとは思えないくらい。でもその分、音楽に対して厳しくならざるを得ない。
    ノーテンキに音楽を楽しんでいる私のほうが幸せかもしれません。

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  2. > aostaさん

    コメントありがとうございます。

    沈黙も一つの音である、という考えは興味深いですね。

    音楽を奏でることと、耳を鍛えることは、切っても切り離せない関係である、ということを、(遅いですが)ごく最近になって気づきました。

    私の周りにも、音楽を専門としている方など、大変良い耳をお持ちの方がいます。特に、即興演奏をされる方の耳は凄いです。

    また、あるプレイヤーがサックスを学ぶために留学して、テクニック・音楽性よりなにより、フランスで学ぶことにより「"耳が変わった"ことを実感した」、という話を聞いたことがあります。

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