2022/08/21

日下瑶子氏の博士論文(マスランカのサクソフォン作品を題材として)

昨年度、国立音楽大学大学院の音楽研究科の博士課程を終了された日下瑶子氏は、作曲家ディヴィッド・マスランカ氏の作品やその作曲プロセスを研究されていた。博士論文のタイトルは「デイヴィッド・マスランカのサクソフォーン作品における表現の根源——作曲プロセスの考察を通して——」というもの。この度、最終稿前のバージョンをご厚意で送っていただくことができた。

先行研究のレビューとマスランカ氏の生涯、諸作品の統計、サクソフォンのために書かれた時代別各作品の概説(譜例を引用しつつ続くセクションへの足がかり)、マスランカ氏の作曲プロセスとして重要な側面である「メディテーション」の詳細、そして関連するコラール旋律の引用について、さらに、マスランカ氏とサクソフォンの関わり、初演の演奏者との関わりを明らかにして、結びへとつなげる…という内容。合計350ページの大作だ。

取り急ぎ、4時間ほど使って速読してみた。公開前ということで、あまり詳細な部分まで述べることはできないのだが、日下氏の研究成果を詰め込んだ壮大な内容。内容の詳細はまたの機会(公開後)に譲るとして、3点ほど印象的だった箇所について書いておきたい。

1つ目:これまで私が持っていた疑問…なぜ、コラール旋律はこんなに人の心を捉えるのか、なぜ私はキリスト教徒ではないのにこの旋律に心惹かれるのか、という疑問があった。マスランカ氏が「コラールは『魔法の石』のようだ」コメントしている中で、まさにその理由について直接的に触れている箇所があり、その内容を読んで、長年の疑問が氷解するかのようであった。

2つ目:「レシテーション・ブック」について、雲井雅人サックス四重奏団が初演に至るプロセス、マスランカ氏との邂逅におけるやり取りがつまびらかにされている。極めて個人的な思いだが、その下りを読んでいて、10年以上前にこの作品を何度も(聴衆の前で抜粋含めて6回演奏している)演奏していた時のことを鮮やかに思い出し、また、なかなか納得して演奏できるようにならなかった頃のことを思い出して、ちょっと冷静でいられなくなってしまうほどだった。ダイナミクスやテンポについては佐藤渉さんから受けたレッスン、そのものだ。当時頻繁に活動していたTsukubaSQでの、音を出した時の異常な集中力、練習での試行錯誤、聴衆からの反応は、何物にも代えがたい経験だ。

3つ目:サクソフォンの様々な側面における柔軟性・適応性は、マスランカ氏の各作曲時期のいずれにおいても、ピタリと当てはまるものであったのだ、という、これまで持っていた朧げな印象が、体系的・具体的にまとめられていて、とても嬉しい気持ちになった。

…2つ目は、思い入れが強すぎて、だいぶ論文の内容とはかけ離れてしまったが…。

論文は、1年以内には正式版としてオンライン公開される予定とのことで、そのあかつきにはぜひ多くの方に読まれてほしい。そして、マスランカ作品演奏における日本語で書かれた水先案内の書として、極めて重要な位置を占めることになるだろう。

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