昨年亡くなった作曲家、カールハインツ・シュトックハウゼン Karlheintz Stockhausenの、追悼演奏会を聴きに行ってきた。場所は、門前仲町の清澄通り沿いに位置する「門仲天井ホール」。日本国内におけるシュトックハウゼン作品演奏・研究の第一人者、声楽(バリトン)の松平敬氏が発起人となって開かれた演奏会。
シュトックハウゼンは生前、自身の活動の拠点としていたドイツの村、キュルテンにおいて、毎年シュトックハウゼン講習会なるイベントを開催していた。レクチャーやコンサート、マスタークラスから成るイベントで、シュトックハウゼンの音楽に興味を持つ音楽家たちが集まり、彼の音楽にどっぷりと浸かる催し。本日の演奏メンバーは、全員がその講習会への参加経験を持つ、いわばシュトックハウゼン作品演奏のスペシャリスト達であったと言える。
【シュトックハウゼン追悼演奏会】
出演:松平敬(bar.)、白井奈緒美(ssax.)、工藤あかね(sop.)、井原和子(picc.)、森川次朗(dance)、保都玲子(pf.)
日時:2008年9月12日(金曜日)
場所:門仲天井ホール
プログラム:
K.シュトックハウゼン - 7つの日の歌(日本初演)(bar.)
K.シュトックハウゼン - 友情に(ssax.)
K.シュトックハウゼン - 「ティアクライス」より"てんびん座"、"蟹座"、"いて座"(sop.)
K.シュトックハウゼン - 舌先の踊り(picc., dance)
K.シュトックハウゼン - シュピラール(bar., radio)
K.シュトックハウゼン - ピアノ曲X(pf.)
なんとなく高速バスを使用したら、首都高で大渋滞につかまってしまい、開演の1分前に会場へと飛び込んだ。50ほどの席が、ほぼ満員。どういった客層なんだろうか(シュトックハウゼンのファンとかですかね)。サックスの人はさすがにいないなー、と思っていたら、原博巳さんと佐藤淳一さんと伊藤あさぎさんに会った(^^;ああ、びっくりした。
超大作オペラ「Licht」の月曜日に歌われるという、「7つの日の歌」から始まる。私自身は、シュトックハウゼンの音楽についての知識は浅いもので、サクソフォン作品集を好んで聴いたり、「友情に」の分析公演資料を読んだことがあるくらい。そんな状態で聴き始めたのだが、これがまた面白いのだ。身体的動作を伴った7つの異なる小品が演奏され、たとえば回転しながら歌うことで音源位置の移動を表現したり、どの作品にも声楽で使われる極端な特殊奏法が使用されるなど、シュトックハウゼンが声楽で使用する要素の凝縮を見た感じだ。…いや、これでもまだ一部なのかもしれないが。声楽を聴いた、というよりも、何かひとつの舞台を見た、という印象を強くする。
2007年にパリ国立高等音楽院を卒業された白井奈緒美さんの演奏で「友情に」。今回はソプラノ・サクソフォン版の演奏。「友情に」を生で聴くこと自体初めてだったが、サクソフォンの超絶的なフレーズに加え、ほとんど極限的とも言っていいほどの身体動作による音源位置の移動。
プログラム冊子の解説を読んで知ったのだが、右下を向いて演奏されるフォーミュラの一部が低音部、前を向いて演奏されるフォーミュラの一部が中音域のトリル、真左を向いて演奏されるフォーミュラの高速な一部が高音部、という分け方で、その3つのフォーミュラが、真ん中に向かって収束していく、というしくみなのだそうだ。これには、なるほど!と思えた。Explosionあたりでの鬼気迫るテンションは、聴いてるこちらも圧倒されてしまうほど。今度はぜひ「誘拐」や、KLANGのサクソフォンのための新作あたりを聴いてみたい…。
ティアクライス。ソプラノ、と思いきやそれだけに終始せず、こちらもやはり舞台上を所狭しと動き回る。天秤座ならば、天秤をモチーフにした動きを(片足で両腕を拡げて立つ)、射手座ならば、弓を射る動きを…といった具合。もともとはオルゴールのための作品なのだそうだが、どうやったらオルゴールの作品がこんな動きのある作品に化けるんだろうか。すごかった。個人的には、本日最も印象に残った作品であり、演奏だったかもしれない。
ピッコロとダンサーのための「舌先の踊り」は、これもやはり「Licht」からの派生作品で、顔面状に並べられたオーケストラの口の部分付近で演奏されるので、「舌先の」踊りなのだそうで。この辺りまでくると、シュトックハウゼンの着想の次元が、私のような凡人とはずいぶんと違うことを感じさせる。ダンサーの筋のピンと張った動きと、ピッコロから発せられる音響が絶妙にリンクしていく。取り出してすらこんなにインパクトのあるダイナミックな作品なのだから、「Licht」の中で観ればさぞかしもっと面白いのだろう。
休憩をはさんで、短波ラジオとバリトンのための「シュピラール」。これも面白い作品だった!短波ラジオをチューニングしながら、その時々に入った音を決められて枠の中で即興的に加工して演奏するというもの。松平氏の演奏は、シュトックハウゼン講習会の演奏で、非常に高い評価を得たそうだ。まったく破綻なくして間断なく敷き詰められる音に、シュトックハウゼンのスペシャリストとしての貫録を見た。最後に演奏された「ピアノ曲X」、聴きたかったのだが帰省のバスの時間のためやむなく退散。扉の中から聴こえてきた音は、なんだか凄そうだった。25分以上に及ぶ作品を暗譜ってのもすごいなあ。
ふと思い立ってチケットを買った演奏会だが、聴くことができて良かった。シュトックハウゼンの音楽は、CDで聴くだけでなく、やはり現場で体感することが必要だと感じた。またこの手の企画があったら、積極的に足を運んでみよう。
昨晩は遠方よりご来場ありがとうございました。
返信削除大変詳細な感想、こちらも参考になります。
シュトックハウゼンの作品は音響の様々な側面、音とジェスチャーの関係など、作品ごとに多彩なアイデアを使って作曲しているので、色々とお楽しみになられたのではと自負しています。
また機会がございましたらご来場下さいませ。
> まっちゃん@シリウスさん
返信削除コメントありがとうございます。まさか演奏者の方からコメントを頂戴できるとは思わず、驚きました。
国内でこういう演奏会を聴くことができて、嬉しかったです。どの方も、シュトックハウゼンの音楽をご自身の血肉としてしっかりと取り込み、演奏されているのだと感じました。
私自身のシュトックハウゼンの音楽に対する切り口は、どうしてもサクソフォンの方面からになってしまい、CDもサクソフォン作品集くらいしか持っておりませんでした。
しかし、今回いろいろな室内楽編成の作品を拝聴することで、シュトックハウゼンの作風の多様性や、ライヴならではの身体活動的な側面を知ることができて、良かったと思いました。これをきっかけとして、ほかの作品にも興味が湧いてきました。