2008/05/21

Vincent David「Berio - Boulez」

サックスのCDをポツポツ買っていると、たまに手放しで推薦したくなるアルバムが出てくる。久々にそんなアルバムに出会ったぞ、という感じだ。それが今回紹介するヴァンサン・ダヴィッド氏のアルバム「Berio - Boulez(aeon)」。

ダヴィッド氏は、現在のサクソフォン界で最高のヴィルトゥオーゾの一人と言われるほどの実力を持った奏者なのだが、日本での認知度はいまひとつ。まずは彼の経歴をおさらいすべく、ライナーノートのプロフィールを翻訳してみた。

ヴァンサン・ダヴィッド Vincent Davidは、1974年、フランス・パリ生まれのサクソフォン奏者。1996年にパリ国立高等音楽院のサクソフォン科を卒業し、続いて第三課程を修了した。1994年、第1回アドルフ・サックス国際コンクール(ディナン)で第1位に輝き、さらに、1995年のジュネーヴ国際音楽コンクールで第3位、1996年には第1回ジャン=マリー・ロンデックス国際コンクールで第2位を受賞する。この頃から、アンサンブル・アンテルコンタンポラン Ensemble InterContemporain にサクソフォン奏者として呼ばれ、ピエール・ブーレーズ、ディヴィッド・ロバートソン、ジョナサン・ノット、ピーター・エオヴォスといった著名な指揮者と共演を重ねた。2001年にはブーレーズ「二重の影の対話」サクソフォン版の初演を果たした。また、ブルーノ・マントヴァーニがダヴィッドのために書いた「第3ラウンド」をTM+アンサンブルとともにaeonレーベルに録音するなど、作曲家とのコラボレーションも多い。
ヨーロッパやアジアで積極的にマスタークラスを行うなど、教育活動にも余念がない。レパートリーは現代音楽からトランス物まで広範。Quatuor Arcanes, Court-circuit, TM+ Ensembleといったアンサンブル団体での演奏、またピエリック・ペドロン、クリストフ・モニオ、ジャン=シャルル・リシャールとの共演など、活動は多岐に渡る。
現在はヴェルサイユ音楽院のサクソフォン科教授を務める。また、ビヨード出版の監修を行っている。


…というわけで、パリ国立高等音楽院のドゥラングルクラスを卒業したサクソフォン奏者である。これまでにリサイタルやコンクールなどで来日を果たしているのだが、まだ実演を聴く機会は訪れない。CDもほとんどなく、実際にどんな演奏をする奏者なのか、というのは、ずっとわからなかった。初めてダヴィッド氏の演奏をマトモに聴いたのは、このYouTubeのムービーによって、だ。

・ブーレーズ「二重の影の対話」サクソフォン版 2006年にスロヴェニアで行われたサクソフォン・コングレスにおけるライヴ演奏


これを聴いて、ぶっ飛んでしまったのだ。もともとはクラリネットに書かれた曲で、クラリネットで演奏するのも相当至難であるはずなのに、それをアルトサックスでやってしまっているのですよ!耳がついていけないほどの超々高速フレーズ、そのフレーズに当たり前のように組み込まれているフラジオ、技術に留まらない豊かな音楽性…。

その「二重の影の対話」が収録されたCDが発売されると知ったときは嬉しかったなあ。しかも、世界初録音となるルチアーノ・ベリオの「Chemins IV」と「Récit/Chemins VII」まで収録され、私が愛してやまないアントン・ヴェーベールンの室内楽曲「Quartett Op.22」で締めくくられているという…。個人的にはもちろん買いだったが、実際に聴いてみると予想以上に素晴らしく、まわりにオススメしたくなったという次第。全体のプログラムは、以下(タイトルはフランス語表記とした)。

Luciano BEIRIO - Chemins IV
Luciano BEIRIO - Cinq Duos
Pierre BOULEZ - Dialogue de l'ombre double
Luciano BERIO - Cinq Duos
Luciano BERIO - Récit/Chemins VII
Luciano BERIO - Quatre Duos
Anton WEBERN - Quatuor Op.22

サクソフォンの演奏はヴァンサン・ダヴィッド氏だが、弦楽オーケストラはRenaud Déjardin指揮Ensemble Quaerendo Invenietis。アーティスクック・ディレクターとして、ブール=ラ=レンヌ音楽院教授のエルワン・ファガン Erwan Fagant氏の名前もクレジットされている。

ベリオの「Chemins IV(シュマン)」「Récit(レシ)/Chemins VII」はそれぞれ、「Sequenza VIIa」「Sequenza IXb」の注釈として作曲された作品だ。聴きなれたセクエンツァが、いったいどういう意図で書かれているのか(和声構造、リズム、旋律線 etc...)ということをベリオ自身が弦楽オーケストラという形で再提示した作品ということになる。

ヴァンサン・ダヴィッド氏のソロは、もちろん技術的な制約を飛び越して、曲の音程的拡大と縮小を見事に再現した演奏だと感じた。タンギングの絶妙なニュアンスがかなり聴きものであるほか、音量の変化がかなりダイナミックで、かなりの熱演。実演での素晴らしさが想像できる演奏だ。生で聴いてみたいなあ。「Récit/Chemins VII」のほうは、かなりじっくり・ゆっくりと曲が開始されるが、徐々に興奮を帯びてくる様子が◎。ゲンダイオンガクが苦手な方でも、まるで協奏曲のように聴くことができるのではないかな。

かねてから楽しみにしていた「Dialogue de l'ombre double(二重の影の対話)」も、素晴らしい演奏だ。上のムービーで聴けるものよりも、ほんのわずかに遅い気がするが、聴き進めていけばそんなモヤモヤも吹っ飛んでしまう。クラリネットの地味な音色に比べて、サクソフォンは輝かしい音を振りまきながら疾走するが、ブーレーズ自身はどういった音楽を想定していたのだろうか。気になるところだ。ヴェーベルン「四重奏曲」は、MA EnsembleやEnsemble InterContemporainの演奏がセダンだとしたら、こちらはスポーツカーのような演奏。初めて聴き終えたときの爽快感といったらなかった。

大曲の間に挟まれているデュオは、ベリオの2艇のヴァイオリンのための「34のデュオ」を抜粋したものだそうだ。ヴァイオリンとサックス、サックス2本(アルトだったり、ソプラノだったり…)による演奏。分かりやすくてお洒落で様々なスタイルがあって、目の前に散りばめられた宝石の煌きを眺めるようだった。

iTunes Storeでも買えるようだが、もちろんCDとしてamazonなどでも取り扱っている。タワレコとかにはあるのかなあ。クラシック・サクソフォンのCDとしては久々のヒットなので、広く流通して欲しい。

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