2008/01/13

1988年世界サクソフォーン・コングレスの録音

1988年8月に日本で開かれた世界サクソフォーン・コングレスを、日本のクラシカルサクソフォン界の歴史上における大きな区切りと捉える方は多いだろう。須川展也氏という新世代サクソフォニストの出現。大室勇一氏の逝去…。フランスをお手本に追いつけ追い越せとやってきた日本のサックス界が、このコングレスをきっかけとして、自立し始めたのである。

ちなみにコングレス開催への経緯は、日本サクソフォーン協会ウェブサイト内の資料が詳しい。著者は、松沢増保氏。 http://homepage2.nifty.com/jsajsa/jsa20th.htm (以下、敬称略) この資料に記載されている、1988年のコングレス最大のイベント、8月12日に神奈川県立音楽堂にて開かれた「協奏曲の夕べ An Evening of Concerti」は、当時世界を代表するサクソフォニストであったジャン=マリー・ロンデックス、デファイエ四重奏団、フレデリック・ヘムケ、ユージン・ルソーと、若き日の須川展也氏が参加し、一曲ずつ協奏曲を演奏するという、豪華な催しであった。詳細は以下。 

A.グラズノフ「コンチェルト(ロンデックス)」
R.カルメル「コンチェルト・グロッソ(デファイエQ)」
H.サンドロフ「ウィンドシンセサイザー・コンチェルト(ヘムケ)」 
B.ハイデン「ファンタジア・コンチェルタンテ(ルソー)」 
伊藤康英「協奏曲(須川展也)」 
 (大野和士指揮 東京都交響楽団) 

 なんという素晴らしい共演だろうか…。そして、驚くべきことにこの演奏会の録音が(状態は悪いものの)残っているのである。コングレスの直後、カセットテープにて一般向けに販売されたようなのだ(昨年、京青さんから教えていただいた)。そして、巡り巡って?MDになったものを、数年前より所有している。 

 これは、凄い録音だ。異常な会場のテンション、爆音、5組のソリストたちの、筆舌に尽くしがたい気迫をリアルに捉えているのだ。個人的には、サクソフォンのあらゆるライヴ録音の中で、最高のものであると思っている。 

 ロンデックスのグラズノフの演奏冒頭から、実に素晴らしい。指揮の大野氏の音楽作りは実に積極的・アグレッシヴで、音楽の流れに淀みがないのだ。終わった瞬間の盛大な拍手。あまりの客席の熱狂っぷりに、都響の団員たちはポカンとしていたそうであるが、確かにその話を裏付けるような客席の興奮した空気を、録音から感じ取ることができるのだ。 

「サクソフォーン四重奏と弦楽オーケストラ、打楽器のためのコンチェルトグロッソ」をひっさげたデファイエ四重奏団、この協奏曲演奏をもって解散(!)、という録音である。カルメルの、第1楽章の緊張感、第2楽章の爆発と続き、第3楽章の冒頭はそれまでのデファイエ四重奏団の演奏を回顧するような慈しみを感じ取ることができる。急速調でフレーズを切り倒しながら、最後に一瞬だけ見せるコラールの回帰の瞬間の感動と言ったら!このとき、彼らは何を考えながら吹いていたのだろう…。 

 ヘムケの演奏については、これもまたいろいろ話があるのだが、こちらのリンク先(ブログ内)を参照いただきたい。こんな背景があるのである。もはや冷静に聴くことなどできない。続くルソー氏の演奏は、コンサート・バンドへと編成を変えての演奏。柔らかくニュートラルな音色と、CDなどでは比べ物にならない熱さも併せ持った佳演である。客席の沸きっぷりも、異常。 

 そして、何と言ってもその巨匠たち全ての演奏を凌駕してしまうような最後のトラック。曲は、伊藤康英先生の「協奏曲」。これ、怖いです。鬼神のごときサックス独奏と、それに応える破壊的な指揮&オーケストラ。ピアノは康英先生自身の演奏。録音レベルはとうに振り切れ、音は割れまくっているのだが、この演奏の壮絶さは十分感じ取ることができる。この録音がとらえた瞬間こそが、(良くも悪くも)新世代の日本のサクソフォン界が産声を上げた瞬間なのだ。

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