2006/11/19

スタイルのるつぼ

 平野公崇氏、雲井雅人氏のアルバムを買うのが楽しみでならない今日この頃。雲井氏のアルバムが発売(12/20)されてから、まとめて買ってしまおうかな。

日本には、本当に多種多様なサクソフォニストが活躍しているものだと思う。CDショップの棚に並んだCDを一枚一枚手にとって、プログラムを見ていくだけで、奏者たちが取り組むレパートリーの多様さに驚き、いざ音を耳にすれば、その音楽的アプローチの違いや、音色の違いに驚く。

何年か前のサクソフォン・フェスティバルのメインプロで、雲井雅人氏、平野公崇氏、原博巳氏がそれぞれ、自分の好きなプログラムを持ち寄って、30分程度の演奏を行う、という企画があった。いずれも日本を代表するサクソフォニストということで、どの演奏も鮮烈な印象を受けたものだったが、それ以上にここまで各個人で演奏スタイルが異なるものかと、驚いた。

しかしこのレベルになってくると、既にサックスをコントロールする技術云々とか、普段私たちが気にしているつまらないことよりも、演奏家の個性というものが重要になってくるのだと感じた瞬間だった。目を閉じて聴いても誰の演奏か判るとは、まさにこのこと。

そのフェスティバルの催しをさらに面白くした要因が、曲の選択をプレイヤーに一任したことだったと思う。雲井氏=マズランカ、平野氏=ローバ&ヒンデミット、原氏=フランク、これほどツボにはまる組み合わせをまとめて聴く機会も、なかなかないのでは。演奏家の個性は、演奏そのものだけではなく、その人の音楽活動全てに表れる。

さて、まさにサックスの「るつぼ」である日本のサクソフォン界の現状を作り出した原因は何か?というと、フランス、アメリカ等への留学文化の賜物だろうか。 海外の特定の国のサクソフォンは、例えばフランス、イギリス、アメリカなどは、自分自身のなかでは「こういうものだ」という定義みたいなものを連想してしまうのだが、その特徴がそのまま日本に持ち帰られて、国内にエクスクラーフェンのような海外サックスのミニ文化を作り出したのだろう。

そういったところで、多種多様性ばかりで日本のサックスの独自性は?と言われると、「そういえばどこにあるんだろう??」と答えざるを得ない。その辺は、今後に続く奏者たちが創り上げていくのだろうか。

なんだか読み返してみると、ずいぶんまとまりがないぞ(汗)。

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